◎女王陛下のお気に入り
英題:The Favourite
公開年度:2018年
制作国・地域:アイルランド、イギリス、アメリカ
上映時間:120分
監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:オリヴィア・コールマン、レイチェル・ワイズ、エマ・ストーン、
ニコラス・ホルト
◎だいたいこんな話(作品概要)
18世紀の初め、フランスと戦争中のイングランド。国内外の情勢が厳しさを増すなか、女王アンは、側近のサラに公私の境なく支えられていた。政治顧問で幼馴染でもあるサラは、女王を意のままに操り、国家の実権をほぼ握っている状態だった。
そんなサラの元に、従姉妹で没落貴族のアビゲイルが職を求めてくる。初めは召使の仕事しか与えられなかったアビゲイルだが、女王のために薬草を集めてきたことでサラから認められ、侍女に昇格する。直接、女王にお目通りがかなうようになったアビゲイルは、貴族に戻る野心を抱くようになっていた。
サラは、夫のモールバラ公爵が総指揮官である戦争を継続させるため、政治的手腕をふるい続ける。その裏でアビゲイルは、講和派のハーリーの後ろ盾も得ながら、少しずつ女王のお気に入りへと登り詰めて行くのだが。
◎わたくし的見解/里帰りしたオカンに魔女がめっちゃ怒られる話
実は、「聖なる鹿殺し」のヨルゴス・ランティモス監督の新作というだけで、劇場へ足を運びました。決して、エマ・ストーンのおっぱいが目的ではありません。
今回はコスチュームプレイ。これまでの作品群からみると意外でしたが、それがかえって興味をそそられました。
そのため、一体どの時代のどこの女王様なのか、私は初め分かっていませんでした。しかし、事前情報をきちんと把握していなくても楽しめる、日本の時代劇にもあるような、宮廷ドロドロ〈家政婦は見た〉的人間ドラマなのです。
女王のお気に入りの二人(サラとアビゲイル)は美しく、どちらも非常に賢く強い女性です。けれども女王のアンは、サラが言う通りアナグマ似で外見もパッしない。子供じみた我儘を振りかざす無能な権力者のような描かれ方。権力者と、それを利用しようとする者の、力量の逆転や対比が見事です。
その中で、女王アンとサラの関係は興味深いものでした。幼馴染のサラは、アンが権力を手にする前からの付き合いのせいか、女王に対してお世辞めいたことや綺麗事は一切言わず、むしろ厳しい言葉と態度で向き合います。
誰もが自分を持ち上げてくる権力の頂点にいるからこそ、女王はそのような存在を欲していて、サラは巧みにそこにつけ込んでいるとも受け取れます。ただ、この二人の場合は単純な利害関係に留まりません。
特に、サラは常にアンを操っているかに見えて、時折自分の出過ぎた振る舞いを詫びる様子は絶妙です。アメとムチの使い分けの上手さもありますが、それ以上に、二人のお互いへの支配欲や、ある種恋愛の駆け引きを仕掛けているところもある。
これと比べれば、女王とアビゲイルの関係は極めてシンプルで、つきつめると利害関係のみ。女王とサラ、女王とアビゲイル、それぞれの関係性やアプローチの違いも対照的です。
立ち回りが派手な、お気に入りの二人(サラとアビゲイル)と比べると、やや地味な印象のアン女王ですが、実は、この人物がしっかり物語の柱になっています。
女王アンは、知性ではサラに劣っているかに見えます。しかし、腐っても鯛。
精神的に不安定であるところは、おそらく病弱な体質に起因するもので、自分の置かれている立場を、良くも悪くも嫌になるほど把握している点に、この女性の芯の強さをうかがい知ることが出来ます。
時に周囲を困惑させる我儘な言動は、決して逃れることの出来ない女王としての責務や、そのくせ簡単に引きずり下ろされる可能性のある立場の危うさを、すべて理解した上でなされている。そこに、母として17人の子供を失い、愛する夫にも先立たれた哀しみまで、きちんと落とし込まれた人物像が、この作品では見事に確立していました。
アン女王を演じたオリヴィア・コールマンは、多くの映画賞において主演女優賞を総ナメにする勢いですが、納得の演技力。圧巻です。
作品全体としては、時代物でありながらも、衣装に現代的な素材を用いたり、台詞回しに従来の作品ではあまり見られない、Fワードの連呼があったりと、さり気なくポップな作り。ストーリー展開も小気味良く、コメディのような印象を受けます。(Fワード:使ってはいけない表現)
ただ本作では、市原悦子さんが狐とタヌキの化かし合いを暴露してくれませんし、名家をしっちゃかめっちゃかにした後、家政婦商会の仲間と談笑する場面もないので、ラストに向かうに従って突如、軽快さは失われます。
女王は、お気に入り達から、いいように利用されているだけの愚かな存在に見せながら、最終的には自らが絶対権力であることを誇示して幕を閉じる。そこには、権力者ゆえの孤独や虚しさが際立ちます。
はじめは少し唐突に感じたラストですが、この部分に最も、ヨルゴス・ランティモス監督らしさが出ていると感じました。ちょっと意地悪と言うか、皮肉が効いていると言うか。
ヨルゴス・ランティモスのクセの強さと、監督としての力量(映画を面白く撮れる)とのバランスが秀逸でした。次回作への期待も高まりましたし、前作と比べると、人にお勧めしやすい映画に仕上がっていたことが、最大の功だと言えるでしょう。
【カンクロー】info@eigaxavier.com
映画ザビエル
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映画については好みが固定化されてきており、こういったコラムを書く者としては年間の鑑賞本数は少ないと思います。その分、だいぶ鼻が利くようになっていて、劇場まで足を運んでハズレにあたることは、まずありません。
時間とお金を費やした以上は、元を取るまで楽しまないと、というケチな思考からくる結果かも知れませんが。
私の文章と比べれば、必ず時間を費やす価値のある映画をご紹介します。読んで下さった方が「映画を楽しむ」時に、ほんの少しでもお役に立てれば嬉しく思います。