ショート・ストーリーのKUNI[244]他人の木
── ヤマシタクニコ ──

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兵藤くんは自宅のベランダに放置状態の苗木をみつめ、悩んでいた。

黒いビニールのポットに入ったままの苗木である。何の木なのか知らない。植物に関する興味も知識もない兵藤くんには「ふつうの葉っぱとふつうの枝があるふつうの木」としか思えない。買ったのではなく、もらったのだ。

「あーどうしよう。ちゃんとした植木鉢と土を買ってきて植え替えたらたぶん、すくすくと育つんだろうな。でも、なんだかめんどくさいな」

兵藤くんはかれこれ3か月ほどもそうやって悩んできた。といっても毎日ではなく、思い出したときだけだけど。思い出しては「あーどうしよう。めんどくさいなー」と悩む。

ポットのままなのに枯れたりしおれたりせず、植物ってのはすごいなと感心するが、それだけに悩みもずるずると長引くのだ。

ある日、兵藤くんはふと思い立ち、夜半に300メートルばかり離れた家の軒下に、それを持って行って置いてきた。

「この家には見るからに親切な老夫婦が住んでいる。きっとおまえのことをかわいがってくれるだろう。実際、この軒下にはほかにもいろんな鉢植えがあるじゃないか。味噌の容器や洗剤の空き缶も鉢としてのことだけど」

兵藤くんは自分で自分に言い聞かせるようにつぶやいて、うん、うんとうなずき「じゃあな。達者で暮らせよ、太郎」と言って立ち去った。太郎という名前をつけていたのがおどろきだ。育てる気もなかったのに。




明くる日、何食わぬ顔で兵藤くんはぶらぶらとそのへんを散歩した。

「まあ、おじいさん。こんなものが」
「おお、これは……何の苗木だろうな」
「なんでしょうね」
「おや、なんか土に刺さっている。クリーム色のプラスチックの……ああ、マーガリンの容器のふただ。マジックで何か書いてあるぞ……なになに……わけあって育てられません。よろしくお願いいたします。へたくそな字だな」
「捨てられたのね、かわいそうに。じゃあうちで育てましょう」
「そうだな。ひょっとしたらおいしい実がなるかもしれないし」

単なる通行人のふりをして聞いていた兵藤くんはよしよし、と思った。それから兵藤くんは毎日の散歩ついでに、こっそりと太郎の様子をみることにした。

太郎はポットから大きな鉢に植え替えられ、どんどん成長した。せいぜい15センチくらいで、何本かのひょろひょろした枝に葉っぱがぱらぱらっとついていただけだったのに、幹も枝もしっかりして、葉っぱはつやつや、肉厚になってきた。

「おばあさん、この子がこんなにたくましくなったよ」
「ほんとにねえ。世話のしがいがあるというものよねえ」

老夫婦の会話を聞くと、兵藤くんはなにやらいいことをしたような気持ちになった。

木はどんどん大きくなった。あっという間に1メートルを超え、大人の背丈ほどになった。老夫婦は次々に鉢を大きなものに買い換えていったが、それでも根の圧力がすごく、鉢が割れそうであった。

それはもう、おそろしいというか、すさまじいというか、まさに怪物的という成長ぶりだった。枝にはびーっしりと葉がつき、老夫婦の家の中はたぶん、昼間でも暗いはずだ。

兵藤くんは夜ふけに木の前に立ち、感慨をこめて言った。
「太郎、大きくなったなあ!」
木は無反応だ。なんだこのおっさんはという風情である。
「おまえは知らないだろうが、実はここへおまえを持って来たのは、この私なんだ」

枝がちょっと揺れたような気がする。

「すまない。甲斐性なしの私を許しておくれ。おまえを育てる自信がなくて、親切なだれかに預けようと決めたんだ。ここの老夫婦はおまえの育ての親なんだ。私はおまえを捨てたことになるのかもしれない。でも、私にも生活があるんだ。わかってくれ、太郎」

ずばばばばっ! と木のてっぺんに一瞬、稲妻のような閃光がきらめいた。木の枝という枝ががぶるんぶるん、ばしばしっ!と動いた。風もないのに。

「な、なんだこれは」

兵藤くんはにわかに恐ろしくなって、あわててその場を離れ、家まで全速力で逃げ帰った。

翌朝、老夫婦は玄関の引き戸を開けてびっくりした。軒下のゼラニウムや小菊、サザンカ、ツワブキの鉢、松の盆栽、何も植えてない土だけのプランターなどいっぱい並べていた鉢がひっくり返り、割れ、土がこぼれてものすごい惨状を呈していたのだ。

「ばあさんや、えらいことになっておるぞ」
「おおおお、おじいさん、こここれはもしや」
「そうだ、この木だ。こいつが悪さをしたのだ。間違いない! どうしたんだ、今まで素直にすくすく育っていたのに!」
「私たちは何かまちがったんでしょうか」
「わからん……わしらにはわからん……」

木は何も知らぬという風に立っていたが、枝ぶりがむちゃくちゃになっている。どうみても、夜中に暴行を働いたしるしである。葉っぱも路上一面に散乱しているし。

真夜中、兵藤くんは目撃した。老夫婦がこっそり、ふたりで前後に分かれて木を脇に抱きかかえ、よたよたしながらどこかへ運んでいくのを。時々根から土がぼろ、ぼろっとこぼれる。

「ばあさんや、だいじょうぶか。膝が悪いのに」
「だいじょうぶですよ、おじいさんこそだいじょうぶですか、腰が悪いのに」
「ああ、だいじょうぶさ。しかし、つらいなあ」
「つらいですねえ」
「せっかく大きくしたのになあ」
「大きくしたのにねえ」

二人とも涙声だ。兵藤くんはいたたまれない気持ちで、それでも気づかれないよう要所要所で自販機の陰にさっと隠れたり、工事現場の塀に張り付いて標識のふりをしたりしながら尾行した。

やがて二人は公園に行き着いた。真夜中でだれもいない。外灯だけが青っぽい光を放ち、「あいさつすればたのしいこのまち」と書かれた小学生の手作り看板を寂しげに照らし出している。

「どこがいいかしら」
「このケヤキのそばはどうだろう」
「あそこにキンモクセイの並びのほうがいいんじゃない」
「時計台のそばはどうだ」

二人はあっちだ、いやこっちだと木を抱えながら真夜中の公園内をさまよい歩いた。そして、にぎやかなところのほうが寂しくなくていいだろうと、公園の中心部の遊歩道脇に場所を決め、持って来たシャベルで穴を掘り出した。兵藤くんはそのあたりでめんどくさくなり、まあこれでだいじょうぶなようだと、家に帰った。

元妻が兵藤くんを訪ねて来たのは、それから何か月か後のことだ。

「あれ? あんた、あれはどうしたの? あれ」
「あれって?」
「私が持って来たあの苗木」
「ああ。あれは……いま公園にいるよ」
「公園?! どういうこと?!」
「いや、植物の世話ってむずかしそうだし……」
「なんで公園に? なんで? なんで?! 意味わかんない!」
「怒るなよ。だいじょうぶだよ、ちゃんと他の木といっしょに元気で暮らしているはずだから。それよりあの木、何の木なんだ?」

「何の木でもいいじゃない! 知らないわよ! そうじゃなくて、公園に持っていけなんて言わなかったでしょ、私! あんたにあげたのよ、あんたがさびしいかと思って。性悪女にふられていじけてたでしょ。あの女のせいで私たちが離婚することになったんだから私としてはどうでもいいわけだけど。でも、あんたのことが気になって、ちょっとでも心がいやされるかなと思って、あげたんじゃない、あの苗木を! なのに、なんで公園なんかに!」
「怒るなって。心配しなくていいってば! これからいっしょに行ってみよう!」

しかし、行ってみると件の場所に木はいなかった。

「どこなのよ」
「おかしいなあ」
「やっぱり、あんたってそんな男なのよ! なんでもいい加減で、やる気がなくて、めんどくさがりやでなげやりで、その場しのぎで、おまけにうそつき!」
「ごめん。いや、確かにここだったんだけど。うそじゃないさ」

兵藤くん自身もちょっとショックを受けていた。兵藤くんはあまりいろんなことを深く考えない。本気でだいじょうぶだと思っていたので。

しょげている元妻とコンビニに入って、一番高価な弁当を買った。それを持って帰って、ふたりで食べようとすると元妻は急にぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「どうしたんだよ」
「これ……きっと、あれよ。あの苗木がこれになっちゃった……」
妻はコンビニでもらった割り箸を手にして言ってるのだ。

「え、え? いや、そうかな? なんでこれがあの苗木だと思うんだ?」
「そんなこと、見ればわかるわ。私はあの苗木の母親……じゃないけど、あれを選んで、あんたにあげたのよ。あの木のことはよくわかってるわ! いま、このお箸を割ったとき、なんか感じたもん! 絶対、これがそうよ! あの子はこんな、こんな割り箸になっちゃったのよ! ひどい、あんたのせいで!」

元妻はわあわあ泣き出した。いったいそう思う根拠は何なのか、割り箸になるのは木としてそんなに不幸なのかどうか、いろいろ聞き出したいような、聞き出したくないような気持ちが入り乱れ、結果、兵藤くんはただその様子をぼんやり見ているだけだった。とりあえずタオルを探して手渡すと、元妻はさらに、手がつけられないくらい泣きわめいた。

さらにひと月くらい後。また元妻がやってきた。

「ごめんね、あれ、私の勘違いだった」
「あれって?」
「割り箸があの苗木だと思ったこと」
「ああ。そうなんだ」

別にたいして気にしていなかったが、聞いてほしそうだったので「なんで勘違いだったとわかったんだ?」と聞いてみる。

「あれから公園に行ってみたの。ひさしぶりだったし、ぐるっと全体をまわってみた。そしたら、あの木、いたのよ。あんたが言ってたとこじゃなくて、奥のほうの、池のそばに一本だけ、ぽつんと植わってた」
「えっ、そんなとこに。いや、でも……そのぽつんと一本だけ植わってたのがあの苗木だと、どうしてわかった?」

「ふと見上げたら木の高いところに何かクリーム色のものが見えたの。もう、10メートル近くもある大きな木になってて、葉っぱもすごく茂ってるから目立たないんだけど、たまたま見えたのね。で、何だろうと思って、持ってたデジカメの望遠で撮ってみたら。ほら」

元妻はコンパクトデジカメのモニタ画面を見せた。そこに写ってるのはマーガリンの容器の蓋にマジックで書いて、ポット容器に突っ込んだものだった。

「わけあって育てられません。よろしくお願いいたします。hiroshi1018って、こんなとこにハンドルネーム書く?! それもしっかり誕生日までわかるような」

兵藤くんは目をまんまるにしてしばし見入った。確かに自分の書いたものだが、それが木の幹に。おそらくは急激な成長の過程で、木がマーガリン容器の蓋を巻き込んでしまったか。そういえば、木の幹にフェンスが食い込んでいる、いや、木がフェンスを巻き込んでる写真を見たこともあった。木というやつは時にそういうことをするのだ。

「もしもし、○○市の公園管理課さんでしょうか」
「はい、そうですが」
「あのう、○○公園の奥のほうの、池のそばに最近、大きな木が植えられている、とかいないとか、その、まあ、うわさで聞いたんですが。いや、あの、別に、ちょっとお聞きするだけなんですけどもね」
「ああ、あの木ですか」

電話の向こうの男は、軽く舌打ちした。回転式チェアの動く、ぎいという音がする。

「もとは別のところにあったんですが、あっというまに信じられないくらい大きくなって、住民から『まわりの木がかわいそうだ』『なんだか不気味だ』という苦情が相次ぎましてね。中には『隣の木を殴ってるのを見た』という人もいて、いや、さすがにそれはないだろうと思いましたがね。ははは」

いや、ありうるぞ……。

「それで、とりあえず移植したんですが、でかいので大変でしたよ……そもそも、過去にあんな木を植えたという記録もこちらにはないし、何の木なのかも皆目わからないんですが……。ひょっとして、あなた、あの木に心当たりが?」
「いいえ、とんでもない! 全然知りません!」

兵藤くんは思い切り否定して電話を切った。


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梅田でポケGOをやってみたらさすが都会。短時間のうちに3回もレイドバトルができて、しかもあっという間に勝った。地元ではこうはいかない。それに、みんなミュウツーとかグラードンを普通に持ってるんだ。ドサイドンなんか出してる自分があわれ……。