ショート・ストーリーのKUNI[254]【番外編】あの日に帰りたくない
── ヤマシタクニコ ──

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今回、またしても番外編です。番外ばかりで、番外三唱になってしまいそうです。

先月、仕事で韓国に行ってきました。それがどうした? 今どきそんなもん珍しないわ?!ですか? まったくその通りです。実際デジクリの執筆者でも、ちょくちょく海外のどこそこに行ってきてどうだったとかいう話を書いてる人がいたりするし。マイルがたまりまくって困ってるとか。

そんな時代に海外は海外でも、よりによって一番近い韓国に行ってきたからといって、それがどうしたのというのでしょう。たちまち、掃いて捨てられそうです。

いや、でも、ここだけの話、ヤマシタさんって今まで海外旅行したことなかったんですよ! パスポートも持ってなかったんですよ! おそらく国外に出たこともなく一生を終えるのであろうと誰もが噂していたという、あのヤマシタさんですよ! 飛行機に乗るのさえ今回が生まれて3回目という、その人が海外なんですよ。どうです、すごくないですか?!

とはいっても、仕事がらみで行ってきたので、詳しいことを書いても面白くないに決まってるし、あんまり書くことないんだけどねー。




ところで私、最近はおっちゃんナビ、もしくはおばちゃんナビにはまっております。単におっちゃんやおばちゃんに道を聞くだけの話ですが。

GoogleMapのナビって、以前より使いにくくなったと思いませんか。私だけですか。自分がどっちを向いてるのか訳が分からず、スマホの画面で例の、ポコポコした丸をつないだようなあの線がゴロンゴロンの団子になってて、使い物にならなくなってしまうのは。

少し前に用事があって○○区役所に行ったときもそうでした。実は○○区役所には以前、3回くらい行ったことがありまして、駅からせいぜい5分くらいだったということは覚えています。その程度だったら適当に歩けば着くんじゃないかと思いますよね、普通。行ったことあるわけだし。

ところが、歩き出すとやっぱり迷ったのです。自分がどっち向いてるのか分からなくなったんです。さすが私です。駅までもどってみて出直したりしているうちにいよいよ泥沼。その日は暑かったこともあって、もううんざりしてしまいました。

そこでおっちゃんナビです。ちょうどハーフパンツにランニング姿で植木に水をやってるおっちゃん発見! 推定年齢73歳。いい感じです。

「すいません、○○区役所はどこですか?」
「はあ?!」
「○○区役所はどこですか?」
「わし、耳が・・・」
「○○区役所は、どこ、ですかあ?!」
「ああ。そこや。見えてるわ」

確かに住宅と住宅の隙間から5~6階建くらいのしっかりしたビルが見えている。一発やん。やっぱりおっちゃんナビや。

「あ、ほんまですね! なーんや。ほなあれを目指して行ったらいいんですね、ありがとうございました」
「そこのな、そう、そっちに道があるんやけどな。その道よりこっちの方が近い。そこの、ほれ、人間一人分くらいの道があるやろ」
「はあ・・・」

おっちゃんの説明が実はよくわからなかった私は、中途半端な返事でごまかしました。区役所の現物は見えてるわけだから、もう着いたも同然。そっちに向かう道が見えたら入っていけばいいわけだし。

それで、歩き出して、適当なところで向こう側に通じていそうな道に入ろうとすると、背後から「ちゃう!」

振り返るとおっちゃんがこっちに向かってダメ出しをしているのでした。どうもこいつ、わかってなさそうだと思ってじーっと見てたのでしょう。そっちじゃなくて、こっち! と手で指し示すので、そのほうを見ると、確かに住宅とマンションの間に人間一人分しかない薄暗~い「通路」が。そこを入っていくと、本当に目の前が○○区役所でした。おっちゃんナビ素晴らしい!

こんな風に気軽におっちゃんナビやおばちゃんナビを駆使できるようになったのは、年取って見知らぬ人にでも気軽に話しかけられるようになったからなんですね。そういうことを前も書いたと思いますが。私も一人前になったあかしなんですね。

え、それって、単なるおばはん化やん、何がうれしいん?! と、まあ人生の何たるかがわかってないようなガキンチョは言うかもしれませんが、言わせておきましょう。私としては「おっちゃん・おばちゃん語」をマスターできた気になっているのです。

新しい言語を習得するのって、やっぱり色々メリットありますよ。世界がパーッと開けたように感じるじゃないですか! リンスのいらないメリットならさらに良しです。

人はこうして、コンプレックス満載の時期を脱却して行くのですよね。長生きしてよかった。二度と子供時代になんか戻りたくありません。

ところが、年を取っても簡単になくならないコンプレックスがあって、私の場合、それが「食べ物の好き嫌いが多い」ということなんです。もっとはっきりいうと、私は「ニンニクが食べられない」のです。これは年をとると自然に食べられるようになる・・・ものではなかった。なので、韓国に行くときもひそかに不安に思っていたのがそのことでして。

多分、外国旅行に行くとき、一番役に立つのは「ニンニクが食べられること」じゃないかと思えるくらいです。もしニンニクが普通に食べられたら、これもまた、一つの言語を習得するのと同じくらい、いやひょっとしたらそれ以上に意味があると思うのです。ニンニクが食べられるか食べられないかの問題の前では、関係代名詞もリエゾンも半過去もどうでもよくないことないですか。

韓国について最初の日のお昼はゆっくり店に入る時間がなく、空港内のコンビニで調達。おにぎりやキンパ(のり巻き)がいろんな種類あって、これなら手軽にいけそう。でも、おにぎりの中身が何なのかわからなくて韓国語ネイティブの人に聞くと「これはプルコギ、これは・・・」て感じで、うーん、まあ、大丈夫?

しかし大丈夫じゃなかったのです。やっぱり一口食べただけでギブアップ。ご飯全体に私には無理な味・香りが施されていて逃げようがありません。そんなこともあろうかと、おにぎりと同時に購入したおやつ(チョコ餅みたいなの)で済ませました。

その夜はいかにも由緒ありそうなお店での会食。海に近い街なので、メニューは魚介類が中心。その店だけなのか韓国全般の傾向なのか知らないけど、ほとんど説明がありません。

日本なら「こちらが何を何した○○でございます。こちらが○○で、これはあれをこうしてどうしたものになります」等々、丁寧なようで別に心のこもってなさそうな一本調子の説明が入るところだけど、そういうの一切なし。

とにかくどんどん新しい料理を論評抜きで出していくだけなので、これは何?とまた韓国語ネイティブの人に聞くと、「あー、これは○○を半分腐らせて、こうしたものだそうです」とかいう答えが返ってきます。おお・・・ハードル高そう。

アワビの何かとか、干鱈をどうかしたやつとか、どれもこれもテーブルに並んだ料理はきちんとした伝統を踏まえたものらしい雰囲気に満ち満ちているのですが、それはつまり「ヤマシタおよびでない」感であったりします。

居並ぶ料理どもがこっちを見てだれじゃ、こいつ・・・。ここはお前などの来る場所ではないわっ! そんな声が聞こえたような。

いや、それでも、せっかく来たのだから私だって口に入れてはみました。食べず嫌いはよくないです。はい。その土地その土地の文化を知ろうと思えば、そこはやはり「食」からですよ。ヤマシタ、何を恐れる! ええいっ! なんとか・・・なるよ・・・なんとか・・・ならなかった。

ああ、そなた達に言っておく。人生、やる気さえあればなんとかなるなんて幻想。どんだけやる気があっても、どんだけ努力したって無理なこともいーっぱいあるのじゃ。そういう時は早めに退散するしかないのじゃよ・・・。

とりあえずその場で食べられたのはイシモチ(魚のね)の丸焼きにしたやつと、なぜか唐突に出てきたような気がするサツマイモの天ぷら(うちの近所のスーパーで買ってきたのかと思えるくらい、普通のサツマイモの天ぷらだった)だった。

翌朝はホテルの朝食バイキング。朝からあんぱんやソンピョン(半月形のお餅)が並んでいるのはなんとなく楽しいのだけど、前の晩で疑心暗鬼になってる私としては、サラダの生野菜をてんこ盛りにしてもいざドレッシングを選ぶときになって「待て。どんな香辛料が使われているやら・・・」とびびって結局選べず、何の味もしない紫キャベツをぼそぼそと食べてたりします。私を救ってくれるのはコーヒーと目玉焼きだけでした。

さらに昼食は大人数が集まってのビビンパ。大広間で大人数が一斉に食べる様は壮観としか言いようがありませんが、私は自分の顔色がみるみる曇っていくのがわかりました。

そのときの私は、コンプレックス満載の、引っ込み思案で人見知りがひどくて自信なさげだった子ども時代に猛スピードで戻って行きつつあったのです。や、やめてくれ! そっちに引き戻すな! 戻りたくない!

ああ、悔しい。ニンニクさえ食べられたら。銀色のスッカラ(スプーン)でビビンパを混ぜて混ぜて、湯気とともにニンニクの匂いをもうもうと立ち上らせて、美味しい美味しいと言いながら笑いながら、あっという間にビビンパを完食できたら、どんなに愉快でしょうか。

もしそんな私なら韓国でなくても、いろんなところで自信満々に生きていけるに違いないとさえ思えてきます。ああ情けない。やっぱり私はダメなやつや。あかんたれのヘタレの、ビビりや・・・。

私は敗北感にまみれて、ぼそぼそと、なんとか食べられる範囲のビビンパを少しずつ、ゆっくり食べるのでした。多分、「なんやあの人、えらいまずそうに食べてるなあ」と思われたと思います・・・。


とかなんとか書くと、本気で心配してくれる読者もいるかもしれません。ご心配なく!

二日目の晩はみんなに誘われて、飲食店が立ち並ぶ街の一角に連れて行ってもらったのですが、入った店で食べたものは全部おいしかった。

何を食べたのかというと、えーっと、フライドチキンと、なんか、こう、卵をほろほろにしたやつと、あと、真っ黒の貝殻の貝やエビ、野菜を炒めてとろみをつけたのが麺の上に載ってたやつで、途中でお店の人がお皿ごと持って行ったので「あ、まだ途中なのに」と思ったら、全部を焼きそばみたいにしてまた持ってきてくれた・・あれは何というのかな(ひどい説明)。

夜店で売ってた栗も美味しかったです。これは天津甘栗みたいなのじゃなく、普通の栗を炒ったものだったんですが。一袋5000ウォンでした。

そうそう、高速のSAではホットク(モチっとした薄甘いお焼きみたいなもの)や日本のベビーカステラにくるみとあんこを入れたようなのを売ってて、どっちも焼きたてアツアツで、おいしー。

帰りの飛行機を待つ間に仁川空港内のフードコートみたいなところに入りましたが、ここでは自分で注文することもできました。メニューに写真が付いてたのでわかりやすかったこともありますが、そこに書かれたハングルが読めた(簡単なものは読める)ので「セウウォンタンミョン」と言ったら、ちゃんと通じたのです。透明なあっさりしたスープに、ストレートな細い麺とエビワンタンが入ったものでした。これもgood。

てことは、多分、「高級料理には気をつけろ」ってことでしょうか? 私みたいな人間は。

ちなみにSAではおうどんとかトンカツもあるらしい。まあ、なんとかなりそうですね?「食べられるものだけ食べて、残せばいいのよ!」と言ってくれた人もいたし。そう。もう子どもじゃないんだし、いちいち怖い先生に宿題を命じられたみたいに悩むこともないよね。

とりあえず生まれ変われるとしたら、次は「ニンニク大好きな人」になって、ニンニクが食べられなくて泣きそうになっている人を見つけたら、ここぞとばかり罵る・・・ではなく! やさしくアドバイスできるようになりたいと思います。


【ヤマシタクニコ】koo@midtan.net
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というわけで、はじめての韓国体験は右往左往してる間に終わりました。ちなみに、目的地は仁川からリムジンバスで、なんと4時間。本当はもっと近い空港があるのですが、最近の情勢を受けて減便になった影響のようです。

まったく人まかせなのでよく知りませんが。本当は大阪に行きたいけど、便がないので浜松で降りてそこからバス・・・みたいなもんですか。早く元のように便利になりますように。