映画ザビエル[91]おぞましくも、ある種のセラピー
── カンクロー ──

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◎作品タイトル
ミッドサマー

◎作品情報
原題:Midsommar
公開年度:2019年
制作国・地域:アメリカ、スウェーデン
上映時間:147分
監督:アリ・アスター

出演:フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー、ヴィルヘルム・ブロングレン、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー

◎だいたいこんな話(作品概要)

親元から離れて大学生活を送るダニーの元に、妹テリーから不吉なメールが届く。双極性障害のテリーは、その日メールの文面通り、絶望から両親を巻き添えにして無理心中してしまった。

傷心のダニーを恋人のクリスチャンは放っておけず、大学の男友達と行くはずだった旅行に一緒に連れて行くことにした。行き先は、仲間の一人ペレの故郷スウェーデンの奥地で、これから90年に一度の祝祭が開かれると言う。

当初は男同士の気の置けない旅行のはずが、精神的に不安定なダニーが同行したことで、ぎくしゃくした空気になってしまうが、辿り着いた先には美しい自然が広がり、ペレの家族(コミューン)の人々にも歓迎される。

文化人類学を専攻するクリスチャンたちは、自分たちの論文のために、そこでの祝祭に興味を示すが、9日間に渡って繰り広げられる儀式は想像を絶するものだった。





◎わたくし的見解/白夜白昼夢悪夢

色とりどりの花が咲き誇る美しい草原と、その中で真っ白なワンピースを纏い、まばゆい金髪を花かんむりで飾った可憐な娘たちが輪になって踊る様子は、北欧の短い夏を満喫し明るい太陽に感謝する、伝統的な「夏至祭」というイメージにぴったり。

ところが、ジャンル分けするとフォークホラーと呼ばれるものに属するだけあって、明度の高い映像の中で惨劇が繰り広げられるため、注意が必要だ。確かに、ホラー映画としては毛色の変わった作品だが、一般的なそれよりも明瞭にグロテスクなビジュアルを目の当たりにすることになるので、そもそも苦手な人は避けて通るべきと言える。

それにしても昨年の「ジョーカー」といい、基本的には大衆受けしないはずの、後味の悪い作品がヒットする不思議な現象が続いている。監督のアリ・アスターは若手の注目株と評されるが、どちらかと言えば取っつきにくい作家性の強い作風なのに、これだけ興行的な成功を収めている点は興味深い。

確かにホラーは予算を抑えられるので、興行収入の面では(下品な言い方をすると)ボロいのだが、上映期間中にディレクターズ・カット版の上映も始まるのは異例と言える。

実は鑑賞直後は、私も年齢的にこういうのはもう無理だな。なんで、こんなもの(過剰なまでの残酷描写)を映画館まで足を運んで観てしまったのだろう。と後悔と言うよりは疲弊しきって感想も何も無かったのだが、時間が経ってみると、この監督の次回作は必ずチェックするに違いないと、すっかり心境が変化してしまった。

理由としては先に挙げた、作家性の強さにじわじわと気付かされたからだろう。初めは、儀式の一つとして行われた顔面粉砕の映像につくづく気分が悪くなり、もう嫌だ二度と嫌だ、とショックを引きずっていたのだが、比較的予定調和で進んでいくストーリーなのに、147分をあまり長く感じなかったのは何故だろうと考えていくうちに、アリ・アスターの上手さに感心してしまったのだ。

予定調和とすると悪く聞こえるが、とてもきめ細かく伏線が張り巡らされている点が見所の一つだ。とくに、ルーン文字を始めとする北欧に古く伝わる風習や信仰を散りばめ物語を展開させることで、深読みが大好きなタイプの鑑賞者の好奇心をくすぐりまくっている。

これは制作サイドの狙いであることが明白で、公式サイトの中に「閲覧は必ず鑑賞後に」として、伏線回収のための豆知識がかなり丁寧にまとめられていることが、その証左である。

そういった、フォークホラーの「フォーク(民俗)」要素への神秘性だけでなく、ホラーとしての定石を踏んでいることも、ただ小難しいだけのマニアックな印象を払拭して、ポップな側面に繋がっている。つまり、セックスしたら死ぬ、品行が悪いと死ぬ、パニクって騒ぐと死ぬ、などのお約束を何気にしっかり押さえているのだ。

個人的に、監督の次回作へと期待を覚えたのは、古い風習や信仰に知識も持たず理解も示さないアメリカ人が、北欧のカルト集団に(文字通り)完膚なきまでにやっつけられるストーリーのようでいて、本当は極めてパーソナルなお話なのではと感じられた部分にある。

ヒロインが内心、面倒な存在だと感じていた妹が両親を道ずれに死んでしまったことへの後悔や苦しみ、また上辺では心配して見せても本心から寄り添うことはしてくれない恋人への不信感。それらから解放されるために、個人としての自分を捨て集団の一部になってしまう結末は、ヒロインにとって本当に良かったのか悪かったのか、判断つきかねる。

しかし、そんな精神科医やセラピストの前で告白するようなトラウマを、作品として成立させてしまうあたりが、この監督が注目される所以ではないかと推察する。

同じように、創作自体が自身への癒やし(セラピー)と言っても過言ではないラース・フォン・トリアーの映画を、しんどいなぁと愚痴りながら観てしまう者にとっては、本作のアリ・アスターは確かに目の離せない注目株となった。


【カンクロー】info@eigaxavier.com

映画ザビエル
http://www.eigaxavier.com/


映画については好みが固定化されてきており、こういったコラムを書く者としては年間の鑑賞本数は少ないと思います。その分、だいぶ鼻が利くようになっていて、劇場まで足を運んでハズレにあたることは、まずありません。

時間とお金を費やした以上は、元を取るまで楽しまないと、というケチな思考からくる結果かも知れませんが。

私の文章と比べれば、必ず時間を費やす価値のある映画をご紹介します。読んで下さった方が「映画を楽しむ」時に、ほんの少しでもお役に立てれば嬉しく思います。