映画ザビエル[95]:『小説』ザビエル 歪んだエリート意識
── カンクロー ──

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◎作品タイトル
彼女は頭が悪いから

◎作品情報
著者:姫野カオルコ
出版社:文藝春秋
単行本:473ページ
発売日:2018/7/20

◎だいたいこんな話(作品概要)

ごく「ふつう」の家で育ち、子供の頃に「ふぞく」と付く名前の学校に進学した幼馴染のことを雲の上の存在だと考えて生きてきた、女子大に通う神立美咲。東京都渋谷区で申し分のない環境で育ち、有名進学校に通い、両親の期待どおり東京大学理科1類に合格した竹内つばさ。ふたりは偶然出会い、恋に落ちたはずだった。

2016年の東大生による集団強制わいせつ事件を土台にして書かれた、フィクション。ただし、警察での取調べや公判中で確認された事実については、ほとんど記録にあるとおり描かれている。平成31年度東京大学入学式祝辞で取り上げられたことから、「東大で最も売れた本」として注目された。





◎わたくし的見解/彼らは頭が良すぎるの?!

大変に不快な内容です。作者の姫野カオルコさんは、日本の最高学府の生徒が起こした犯罪であることが創作の動機ではないと述べていて、実際に小説の冒頭にそれは明記されていました。作者を動かしたのは、この事件が報道された際、加害者ではなく被害者が、世の中から強くバッシングを受けたことへの違和感でした。

バッシングの発端、火付け役になったインターネットでの書き込みについては、小説の終盤部分で、事件同様に詳細に取り上げられています。簡単に言ってしまうと、思慮に欠ける子供の書き込みが引き金になって、雪だるま式に被害者への攻撃が勢いを増し、個人情報が晒されるまでになってしまったのです。

今となっては、インターネット上のそのような書き込みを公衆便所の落書き程度にとらえて、便乗しないスタンスの人も多いはずですが、それでもまだ、その見極めを誤るケースが少なくないのも事実です。

便所の落書きならば、その字体などから書いた人の悪意や同時に幼さも露見しますが、ネットでは内容がどれほど稚拙でも「活字」で人目に触れるせいか、子供あるいは極めてリテラシーの低い人物によるものだと、瞬時に判断しづらいのかも知れません。

とにかく、その当時ネットに書き込まれた被害者への批判について、作者は当事者一人一人の経緯があったはずだと物語ることで反論していきます。事件当時、同席していたもう一人の女性が加害者の男子生徒たちに「こんなの犯罪だ」と言い、裸にされた被害者に対して「(一緒に)帰る?」と尋ねたとき、被害者の女性は何も応えず帰りませんでした。

ネットでは、なぜ被害者がその場に残ったのかについて「女にも非がある」など厳しい意見が挙がったようですが、冷静に考えてみると姫野さんが指摘するように、被害者は応えなかったのではなく「何も言えなかった。そして、動けなかった」と捉える方が自然です。

また、加害者の学生の一人と被害者女性は以前に肉体関係があったことも、槍玉に挙げられました。しかし、これも被害者がセックスにだらしないと見るよりも(女性からの一方的な感情だったかも知れないけれど)かつて交際していた相手から誘われたから、事件の飲み会に参加したと言えないでしょうか。そのような恋愛における、ささやかな期待や行き違いはどこにでもあるはずです。

何よりも、加害者の男子学生が取調べ等で述べた「女性の方が下心があった」という考えの方が疑問です。なぜなら、被害者女性は「東大男子」を高らかに掲げる飲み会に、一度も参加したことはなかったから。確かに、東大生と既成事実を作りたいと考える「下心」を持つ女性が世の中に少なくないでしょう。けれども、そうではない女性もいくらでも存在するのです。

個人的な見解としては、作者同様にこの事件が「東大生」によるものという点に、あまり関心はありません。その証拠に、実際の事件の報道について、ほとんど記憶にないからです。

もともと、(ストレスになるので)ワイドショーが飛びつきそうな事件に目を向けないようにしていることも要因ですが、残念なことに、この手の事件は後を絶たないため印象に残りにくいのです。常にどこかでネームバリューのある学校の特定のクラブやサークルの学生が、事件になるもの、ならないもの含めて似たようなことをやっている印象があります。

様々な捉え方があるでしょうが、厳密にはこの事件ではレイプは行われていません。性的な目的はなかったという点では、おそらく加害者も被害者も意見が一致している。ただし、レイプと同等の、あるいはそれ以上の辱めであることに揺らぎはありません。

加害者が「悪ふざけが過ぎただけ」「悪気はなかった」「嫌がっているとは思わなかった」との意見を貫いたことからも分かるように、これは、いじめとまったく同じ構造です。

彼らの主張が裁判を有利に進めるためのものではなく、心の底からの感覚であったなら、そして、どうしても東大生であることにこだわるならば、そんなに頭が良いのに、そんなことも本当に分からないのという驚きは、もはや恐怖の領域です。

東大入学式の祝辞で上野千鶴子さんが述べられた「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください」という一節は、胸に突き刺さるものであり、救いでした。

【カンクロー】info@eigaxavier.com

映画ザビエル
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映画については好みが固定化されてきており、こういったコラムを書く者としては年間の鑑賞本数は少ないと思います。その分、だいぶ鼻が利くようになっていて、劇場まで足を運んでハズレにあたることは、まずありません。

時間とお金を費やした以上は、元を取るまで楽しまないと、というケチな思考からくる結果かも知れませんが。私の文章と比べれば、必ず時間を費やす価値のある映画をご紹介します。読んで下さった方が「映画を楽しむ」時に、ほんの少しでもお役に立てれば嬉しく思います。