映画ザビエル[96]軽妙洒脱なスケベじじい
── カンクロー ──

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◎作品タイトル
運び屋

◎作品情報
原題:The Mule
公開年度:2018年
制作国・地域:アメリカ
上映時間:116分
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、アンディ・ガルシア

◎だいたいこんな話(作品概要)

2011年、DEA(連邦麻薬取締局)は黒いリンカーンのSUVを検挙し、追い続けていたコカインの運び屋を逮捕した。その時、末端価格3億円にもなる100kgものコカインを載せていた運び屋は、なんと87歳だった。

運び屋は退役軍人で、デイリリーを栽培する園芸家。品評会で数々の賞を受賞し、愛好家からは巨匠として称えられていたが、2000年代に入ると農場は経営に行き詰まり、手放さなければならなくなった。

80代で運び屋を始めたレオ・シャープという実在の男性をモデルに、名匠クリント・イーストウッドが「グラン・トリノ」以来約10年ぶりに、監督・主演を果たした作品。





◎わたくし的見解/余韻の湿度が丁度いい

クリント・イーストウッド監督の作品は、ハズレがない。もっと強い関心を持って作品をずっと追いかけている監督は他にいるが、ほどほどの思い入れのイーストウッド作品の方が手堅い。(妙ちくりんな監督に注目しすぎなのが原因でもあるが)

今回も、それほど瞬発力を持って食指が動いた作品ではなかったが、やはり安定感のある良作、秀作、佳作、とにかくそういうものだった。前回、監督と主演を務めた「グラン・トリノ」の時も、あゝおじいちゃんになったなぁ、と感慨深かったのだが(ただし、べらぼうに格好の良い爺さんだった)、今回はさらに、うわぁ年を取ったなぁ、と感嘆できる。

すでに「グラン・トリノ」の時の超絶レイシスト(絶対にトランプ支持派だなって感じの高齢者、もちろんライフル協会会員)のクソじじいぶりも眩かったが、今度は、あらあらその御年で現役とはお見それしました感がハンパない。大迫くらいハンパない。

えらいもんで、クリント・イーストウッドだと何かしら(スタア感とかハンサム指数とか)が桁違いなのだろう。このスケベじじい! とかエロじじい! てな悪態ではなく、素敵ですね、セクシーですね、と褒め言葉が自然と出てきてしまう。

硬派で気難しい印象だった前者に対して、本作で彼が演じるアールというご老体は大変に気さくで社交的で、常に優男で朗らかなキャラクターだ。しかし、デイリリーという一日でしぼんでしまう百合の花の、品種改良や栽培に人生を捧げた結果、元妻や娘とは疎遠で、一見賑やかな交友関係とは対照的にある意味孤独だった。

それでも、運び屋としての雇い主である、メキシコの麻薬カルテルの連中やボスまでもが、アールの肩の力の抜けた生き様に、いつの間にやら心を許し「タータ(スペイン語でおじいちゃん)」と呼んで親しむようになる。

そのような高齢者の運び屋がいたことは事実なのだが、彼の映画でのキャラクターはフィクションとのことで、そうなると、どうしてもクリント・イーストウッド自身と少なからずリンクしているのではと想像せざるを得ない。

実際に、絶縁中の娘アイリスを演じているのは、イーストウッドの実娘アリソン・イーストウッドなのだから、やはり多少なりとも彼自身の人生の集大成と言ってもいいように思えてくる。

イーストウッド曰く、彼の世代は、仕事に執心するあまり家族を顧みない男性がほとんどだったと。だが、時代と共に(家族観のみならず)価値観は変化しているとも。

イーストウッドは主人公アールを通して、自身が取りこぼしてきた何かへの想いを描いているようにも見えた。後悔や懺悔というと少し大袈裟すぎる気がする。ただ、その何かを取り戻そうとすることを決して否定していない。

同時に、主人公のモデルとして取り上げた運び屋が、どれほどチャーミングであっても犯罪者であることに変わりない物語の結末を、このような形にしたあたりが、やはりイーストウッドの映画だなぁ、と痺れる。

彼の作品は、視点が常にニュートラルなのだ。いつも過剰なエモーショナルは存在せず、かと言って救いがないほどドライにも描かない。

公開する際に、「イーストウッド最後の作品」みたいな取り上げ方をしていたような気がするが、宮崎駿監督と同じで、ほぼ毎回、これが最後と言っているし、思っているらしい。年齢を考えれば当然の心境だろう。

それでもなお、もっとヨボヨボになって、たとえ寝たきりでも、彼にしかできない人物を演じる姿を見せて欲しい。監督としても俳優としても、どちらでも良い。イーストウッドには、映画の中で人生の幕を閉じて欲しいのだ。


【カンクロー】info@eigaxavier.com

映画ザビエル
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映画については好みが固定化されてきており、こういったコラムを書く者としては年間の鑑賞本数は少ないと思います。その分、だいぶ鼻が利くようになっていて、劇場まで足を運んでハズレにあたることは、まずありません。

時間とお金を費やした以上は、元を取るまで楽しまないと、というケチな思考からくる結果かも知れませんが。私の文章と比べれば、必ず時間を費やす価値のある映画をご紹介します。読んで下さった方が「映画を楽しむ」時に、ほんの少しでもお役に立てれば嬉しく思います。