装飾山イバラ道[192]緊張しているあなたに/武田瑛夢

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昨年末に大学の卒業制作審査会に参加した。デザイン系の作品だけでなく、立体や平面のアートもあった。基本的には一人ずつ作品の横に立って、持ち時間の中でプレゼンテーションするスタイルだ。先生や同級生たちの前で行うのでみんな大変みたいだ。

人前で話すことに慣れていない学生の緊張感が、こちらにまで伝わって来る。初々しいなぁと思ったけれど、こちらが心配してしまうほどガチガチだった人もいて、どうしたらもっと楽にしてあげられるだろうかと考えた。

人は慣れていないものには緊張するけれど、初めてなので「慣れ」という技は使えない。私自身も人前で話すことは苦手だし、また自分が何に対して苦戦するかは、体験してみないとわからないだろう。

そんな中で気がついた、今すぐにできる緊張に打ち勝つ方法は、不必要に恐怖を増やさないことだ。

なんだかわからないけれど怖いものからは目を背けがちで、さらにその実態を掴めないまま怖い状態から抜けられない。二つの方法で考えてみよう。

〈方法1〉いっそのことしっかり見てしまう
〈方法2〉別のことを考える




●〈方法1〉いっそのことしっかり見てしまう

私は大の虫嫌いだけれど、意識で増大してしまった怖いイメージって、自分が最も嫌いなルックスと動きで巨大なものになっている気がする。直視してみたらたいしたことなかったということも多いのだ。

もちろん、虫はよく見てみても大嫌いだけれど、虫だって生きるのが大変で、暖かくて食べ物がある場所を求めている。以前ここでも書いたけれど、虫の生態のテレビ番組で高解像度の“どアップ”で見てみると、虫に対するネガティブなイメージをきれいで繊細な魅力へ移行できるかもしれない。

発表中に自分を見ている先生と目があうのは怖いだろうけれど、何を言いたいのか聞いてくれているだけなので心配することはない。友達も同じで、一人ひとりは普通にいつもいる人なのだ。

聞くときにうなづく人もいるだろうから、その人に向けて伝えれば良いと割り切ってしまうのも手だ。大きなステージに立つ人であっても、具体的にあそこのあの人へ向かって話そうと決めている人も多いらしい。

●〈方法2〉別のことを考える

人がたくさんいてこちらを見ていることが怖いならば、時間のことに集中するとか、意識を別の物事に移してしまう方法だ。発表前に「人」という字を手のひらに書いて飲み込むという昔からの方法も、その行為に意識を移している間に少し気持ちを休ませることができるからではないだろうか。

怖いことのターゲットをずらすことも効果的だ。自分を見られる恥ずかしさよりも、しっかりとこの場を進める「責任」の方が大きいことに気づくと、自分の態度の細かいことは気にならなくなる。

見ている人に理解してもらいたいなら、伝えたいことを絞って発言できていればいい。内容をどう思うかは見ている人次第なので、発表の最中には自分から出て行く言葉に集中して良いのだ。

言葉や視線には矢印のような方向性があって、言葉を発している人から外へ向かう矢印、聞いている人が見ている視線がこちらに向かう矢印、隣同志で話し合う矢印などがある。

自分の順番になり発表が始まって名前を名乗ると、聞いている人の視線の矢印が一気にこちらに向かって飛んでくるような気がする。これが慣れていないとなかなか強い力に感じてしまうのだ。

もちろん、その直前に名前を名乗ったから皆が見てくれただけなので、何も矢で射抜かれたようにダメージを受ける必要はないのだ。注目してくれた人々は、とりあえず仲間だと思うしかない。

緊張緩和法で観客をジャガイモだと思えばいいという人もいるけれど、発表中にジャガイモだと思うのはやっぱりなかなか難しい。たぶん、うまくいった発表の後で、見ていた人のことを思い出す時に「そういえばゴロゴロっといっぱいいたな」という程度のことを、人はジャガイモと言っているのだ。

結局は、目的に注意を向けると自然とそれ以外が消えるということだ。

発表の中身を吟味してきたなら、それを伝えれば十分なのだ。〈方法2〉の別のことの中身を、本来のテーマで伝えるべきことにできるのが一番いいと思う。つくづく伝えたいと心から思えるまで考えておけば、くっついた熱意が離れることなく、聞いている人にも伝わると思うのだ。

そして「緊張」そのものは恥じる態度ではないと思う。私たちって「緊張している人」を見た時には、真面目に一所懸命にやろうとしていると感じるものだ。「緊張しすぎる」とオヤオヤっと心配してしまうけれど、ほどほどの「緊張」なんかは可愛いものなのだ。

初めての手汗の量、感じたことのないほどの鼓動、聞いたことのないようなトーンの自分の声。どれも初めてだと、何が起こっているのかわからないだろうけれど、その体験がいかに素晴らしかったかは、ずっと大人になってわかる。

緊張を伴う発表の機会は、その時にしかできない貴重な体験なのだ。


【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
http://www.eimu.com/

鳥インフルエンザで休園していた東山動植物園が再開されたというニュースを見ていて、テレビに一瞬ゴリラが映った。「あっ、シャバーニだ。そうか東山動植物園ってシャバーニがいるところだったんだ。」私がゴリラの映像を見て、個体識別できたのは多分初めてだ。色々な動物を流すように写していただけのシーンだったのに。やっぱり特徴として強くイケメン感が脳裏に残っていたのだな(笑)。