こんにちは。もじもじトークの関口浩之です。
今月は天候が目まぐるしく変化しましたね。雪が降ったかと思えば、このところ20度を超えるポカポカ陽気が続いています。みなさん、体調を崩してないですか?
今日は3月29日。あれっ、2018年が始まったばかりと思っていたら、もう、3月の月末ですね。この調子でいくと、年末があっという間にやってくるような気がしてならない……。
さて、今日のお題は「フォントソムリエ」です。
数年前から、「絶対音感」ならぬ「絶対フォント感」という言葉を耳にするようになりました。
名付け親は誰だかよくわからないのですが、デザイン専門誌「MdN」2015年7月号で『絶対フォント感を身につけよう』という特集号が発売されました。すごい人気で、すぐに売り切れました。
僕、三冊持ってます。その後、「2,000以上のフォントを見分けられる絶対フォント感を持つ男」とか、「デザイナーは絶対フォント感が重要」とかのキャッチコピーを見かけるようになりました。
絶対フォント感とは、「目にした書体が何かを言い当てられる能力」ということです。
絶対フォント感があると、書籍の本文を見て「この文庫本は秀英明朝だけど、こっちは本蘭明朝だね」とか、マツコの知らない世界のテロップを見て「くろかねがたくさん使われてる」とか、街中のポスターを見て「これは游ゴシックだな」とか、見分けることができます。
僕も、結構、絶対フォント感はあるほうだと思います(笑)
絶対フォント感を身につけることも大事ですが、
・フォントの特徴を理解して、コンテンツや文脈に合わせたフォント選びができること
・文字や活字の歴史、言語や言葉の文化を理解すること
・文字を制作した書体デザイナーの想いや制作の意図を知ること
などを学ぶことも大事だと考えます。
それぞれのフォントの特徴を理解して、適材適所で、制作物やWebコンテンツに相応しいフォント選びができる感覚を、「フォントソムリエ感」と名付けたいと思います。
例えば、クライアントから「高級感をアピールしたいけど、身近に感じてもらえる優しさが欲しい」と言われたら、それに相応しいフォントを提案でき人が「フォントソムリエ」ということです。
最近、僕、フォントおじさんと呼ばれていますが、いつかは、優秀なフォントソムリエと呼ばれたいと思っています。でも、今は、フォントおじさんが気に入っています!
フォントという素材の特性を理解して、デザインという料理の美味しさや見た目を演出することは楽しいことですね。
そっか、毎週のようにフォントに関する講演やセミナーに出演したり、勉強会を主催したりしているのは、料理教室を開催しているのと同じですね。
僕もまだまだ、素材の見分け方、味付けや盛り付けについては修行中でして、諸先輩から技を盗んだり、参加者と一緒に料理を学んでいます。フォントやタイポグラフィの学びには終点がありません。
では、フォントソムリエ感を磨くための例題といくつか紹介します。
●バスケットシューズに相応しいフォントは?
ナイキのシューズ、大好きなんですが、例えば、このシューズを新製品として発表するとしたら、どの書体をロゴとして使用しますか?
http://bit.ly/2pO1xMG
よく使用される有名な欧文4書体を並べてみました。では、それぞれのフォントの成り立ちを簡単にまとめてみました。
Helvetica(ヘルベチカ)
世界でもっとも有名なサンセリフ書体と言えるでしょう。スイスのハース社が20世紀半ばにNeue Haas Groteskで発売し、それが原型となり、後にHelveticaになりました。
馴染みのある書体ですから安心感があります。キャンバス地のシンプルなスニーカーなら、この書体が似合うのではないでしょうか。
Baskerville(バスカヴィル)
18世紀にイギリスのジョン・バスカヴィル(John Baskerville)が制作した書体です。伝統と高貴さを感じさせる書体です。高級ビジネスシューズに似合うのではないでしょうか。
Didot(ディド)
19世紀初期にフランスのファルマン・ディド(Firmin Didot)が制作した活字を基に、デザインされた書体です。女性雑誌『VOGUE』のロゴで使用されていることで有名です。女性的で優美さを感じさせる書体です。高級ハイヒールに似合うのではないでしょうか。
Frutiger (フルティガー)
空港のサイン用としてデザインされた書体のため、視認性に優れ、明るい印象を受けます。アドリアン・フルティガー(Adrian Frutiger)によりデザインされ、1976年、Linotype社からフルティガーの名で発売されました。
Frutiger 76 Black Italicを使うと、スピード感とスポーティ感がでるので、バスケットシューズには似合うのではないでしょうか。
これが絶対に正しいということではありませんが、それぞれの書体が持つ特徴を理解し、実際に文字を置いてみたり組んでみると、適材適所の感覚の引き出しが増えるのではないでしょうか。
●止まれの道路標識のフォントは?
もじもじトーク[71]でお話しましたが、「止まれ」の看板の文字は丸ゴシック体が使われていました。
http://bit.ly/2pQRVAu
復習になりますが、逆三角形の赤い無地の看板の中に、「明朝体(マティス)」「角ゴシック体(ヒラギノ角ゴ)」「古印体」のフォントを配置して、どれが相応しいか比較してみましょう。
明朝体でも「止まれ」と理解できますが、ちょっと違和感があります。iPhoneで見慣れているヒラギノ角ゴで「止まれ」を表現しましたが、なんか違う気がします。僕が大好きな古印体で表現してみたら、思わず、ブレーキを踏みたくなりました。
明朝体は、線の太さに強弱があります。また、「ウロコ」と呼ばれる飾り(欧文だと「セリフ」)があります。メリハリがあるため、読みやすく、長時間読んでも疲れない書体です。
文庫本の本文には明朝体が使われていることが多いのはそのためです。「可読性」が高い書体といわれています。
ゴシック体は、線の太さが均一で、明朝体のようなメリハリは感じられません。欧文の「サンセリフ」に該当します。「サン」はフランス語で「〜のない」という意味なので、「サンセリフ=飾りがない」ということなのです。
ゴシック体は、見やすさが特徴なので、案内板や標識などのサインシステムで使われることが多いのです。「視認性」が高い書体と言われています。つまり、パッとみてすぐに判断できる書体なのです。
●古印体(こいんたい)というフォント
先ほどの例題で、「古印体」を使った看板を作りました。思わず、「怖〜い」と、みなさん、思ったはずです。
でも、こちらをご覧ください。
http://bit.ly/2J2irQv
ぜんぜん、怖くないでしょ! 赤い古印体文字を、赤い丸枠で囲むと、印鑑になります。
古印体は、隷書体をもとに日本独自で作られた印鑑用文字です。歴史としては、奈良・平安時代まで遡り、鋳銅製の印章として使われました。鋳造によって生じた線の切れ目や墨溜まりが特徴です。
とはいえ、書体の適材適所を間違うと大変なことになります。3年前のまとめ記事ですが、当時、SNS上で話題になりましたね。たしかに、場違いなところで、古印体が使われているのを何度も見たことがあります。
なぜこのフォントなのか、シュールすぎる「場違いな古印体」
http://bit.ly/2pOVDdY
次回も、フォントソムリエのテーマでお送りします。
【せきぐち・ひろゆき】sekiguchi115@gmail.com
Webフォント エバンジェリスト
http://fontplus.jp/
1960年生まれ。群馬県桐生市出身。電子機器メーカーにて日本語DTPシステムやプリンタ、プロッタの仕事に10年間従事した後、1995年にインターネット関連企業へ転じる。1996年、大手インターネット検索サービスの立ち上げプロジェクトのコンテンツプロデューサを担当。
その後、ECサイトのシステム構築やコンサルタント、インターネット決済事業の立ち上げプロジェクトなどに従事。現在は、日本語Webフォントサービス「FONTPLUS(フォントプラス)」の普及のため、日本全国を飛び回っている。