装飾山イバラ道[10]ロートレック展 六本木ムーラン・ルージュ
── 武田瑛夢 ──

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ロートレック―世紀末の闇を照らす (知の再発見双書 133)ロートレック展を見るために、東京ミッドタウンのサントリー美術館に行ってきた。広々とした空間のとてもリッチなビルに、心も躍る。
< http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/08vol01lautrec/
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エスカレーターで上ると天井から吊るされたロートレックのポスター。するどくこちらを見据える女性がかっこいい。顔に描写の密度を集中させて、周囲をさらりと描いたような、すばらしく大人っぽい画風。力んで描いてないように見せて、最適な頃合で仕上げられている。


私は高校で美術科だったのだけれど、ロートレックはその頃から大好きだった。油画専攻で美大受験をするために予備校へ通っていたので、ピカソやクリムト、ルドンなどの画集を集めて参考にした。考えてみれば相当贅沢だけれど、当時は巨匠を参考にすることに躊躇はなかった。最高のものを見た方がいいに決まっているのだ。

ロートレックの作品は美大受験を志す者にとって、学ぶところが非常に多い。何と言っても人物の動きや表情を瞬時に捉えているので、時間制限のある受験で必要な狙いを定めたスピーディな描写は憧れだったのだ。

今回の展覧会でも、厚紙にグァッシュ(絵の具)をダイレクトに塗る手法の作品が多かった。人物のスケッチを、厚紙の地色を生かして絶妙な塗り残しで仕上げている。

私も若い頃に油絵の具でこの手法のものをたくさん描いた。いわゆる油彩クロッキー。布のキャンバス地は値段が高く、時間をかけて塗り重ねるタイプの絵に向いている。一方厚紙は値段が安いわりに豚毛などの硬いブラシでもしっかりと絵の具をのせることができて適度に吸い込みも良いので、すばやく筆を走らせるクロッキー、スケッチ類にはもってこいなのだ。

クロッキーのスピードで(一枚を10分程で)描くわけだから、厚紙は一日に何枚も用意する。この方法はお金がない受験時代にもとても経済的。乾けば重ねて保存もできる。

ロートレックは裕福な家庭に生まれているけれど、彼の描写のスピードを生かすためにも厚紙が向いていたのだと思う。

そして絵の題材とされたきらびやかなパリの夜の世界は、なんと魅力的なのだろう。展示されていた当時の写真や動画から、人々の娯楽にかける情熱に驚く。店の象徴となる赤い風車や、巨大な象の人形、店内装飾、着飾った人々。

ロートレックは多くの女優を描いたけれど、その顔がその内面をストレートに捉えたものだったことから、時には嫌がられることもあったという。きれいに描いて欲しい女心はわかる。でも私がもしその時代にいたら、女優に耳打ちしたい。「描いといてもらわなきゃ損。もしかすると100年後にあなたの顔がポスターやハンカチになっているかもしれないから。」

実際に、今回は女優のプリントされたハンカチをおみやげに買った。展覧会記念グッズだ。当時の有名な女優だから絵になっているけれど、ロートレックの絵だから東京のミッドタウンでハンカチになったのだ。

今回の展覧会はグッズが充実していてグッズ好きには楽しい。買ったのはクリアファイルとか、ハンカチとか、メモとか。ファンシーグッズ的でもある。ロートレックの絵は計算された黒のシルエットが美しいので、遠目が効いて力強くて商品にプリントしてもとても映える。

そしてロートレックと言えばリトグラフのポスター作品。初期の印刷技術が生かされている。私は多摩美時代に油画専攻だけれど、3、4年で版画クラスを選択して卒業制作がリトグラフだった。なんだか時代は違うのに、絵を学ぶって通る道は狭いのかな。

版画は最初から構図を決めて作っていくので、スケッチとは少し温度が異なる作業になる。ある意味計画性がないと辛くなってしまう。紙相手に色をすり重ねるのは、思いつきや偶然性ではないステップを踏んだ作りこみの世界だ。

そういう職人的な割り切りもうまいのが、ロートレックの凄さだと思う。ポスターだから絵に文字も入り、もちろんグラフィックデザインでもある。その文字の魅力も遊び心満載だし、時代を感じさせてかっこいい。絵、版画、グラフィックデザイン。今の時代に彼が人気があるのも納得だ。

展覧会の終盤は晩年の作品が展示されていく。病床の彼の写真もある。なんと37歳でその生涯を終えたというのには、今更ながらショックだった。自分はもうその歳を過ぎている。

受験の頃こそ、昔の偉い画家だと思って画集にかじりついていたけれど、全作品が37歳までに作られたものだったのだ。それはあまりにも若いし早い。

日本の美術も好きで、浮世絵や美術品に影響を受けていたというロートレック。本人が殿様のような日本の衣装で写真に写っているのも有名。後ろを通り過ぎた女性が「コスプレだ」とつぶやく(笑)。

世界のいろんなところが多様に美術を生み出して、それぞれが影響しあっていたのは今も昔も変わらなかったんだな。

旅行でちょうどパリに行く予定になっていたので、東京のロートレック展を先に見た。このコラムが掲載される時には、実際のパリのムーランルージュにも行って来たはず。トラブルがなければ。想像と実際にはどのような違いがあるか確めたい。

【武田瑛夢/たけだえいむ】 eimu@eimu.com
ロートレックの時代は日本では江戸から明治へと変わる頃。100年ちょっとでこうも時代が変わると思うとおそろしい。

装飾アートの総本山WEBサイト“デコラティブマウンテン”
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武田 瑛夢
エムディエヌコーポレーション 2007-09

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ロートレック (アート・ライブラリー)
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ロートレック―世紀末の闇を照らす (知の再発見双書 133)
クレール・フレーシュ ジョゼ・フレーシュ 山田 美明
創元社 2007-03

ダリ―シュルレアリスムを超えて (「知の再発見」双書)

by G-Tools , 2008/03/18