装飾山イバラ道[66]キティちゃんの厳しい指導
── 武田瑛夢 ──

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文化祭シーズンも終わり、休みでほどけた頭をまた引き締め直さなければならない。それは学生も私も同じだ。

大学の「コンピュータデザイン基礎」の授業では、入門向けのMicrosoft OfficeからAdobe Illustrator、Adobe Photoshopなどを教えている。Adobe Illustratorは初めて使う人も多いので、数回に分けて徐々に上達できるように指導する。中でも一番気合いを入れて教えているのが「ペンツール」で線を描くこと。線の大切さは全ての絵の基本だし、初めて使ってみる人たちだからこそ、順序だてて吸収してもらう良いチャンスなのだ思う。



●基本の線の練習

ペンツールは知らないままに使ってしまうと、インクがかすれるボールペンで絵を描くように、最初は思うようにいかないストレスを感じてしまうだろう。ペンツールでの直線はクリックをつなげていけばいいので、何も問題ない。しかし、曲線を描き始めると、ドラッグによってのびて来る方向線の扱いに戸惑い始める。私はよくこれを「孫の手で絵を描く」ような感じと言う。最初は大変だけれど、長さと角度に慣れれば背中もかけるのだ。

そして、直線と曲線が連続して組み合わされる線の描画を数通り練習する。これは習字で言えば「永」の字のようなもので、トメ、ハネ、ハライなどの字を構成する要素を全部含むような線の練習だ。「地味だけれどもう少しの辛抱!」と励ましながら、基本の線を最低限は使えるようになってもらう。

こういった作業はテニスのサーブ練習のようなもので、まずは構え方、ボールの投げ方やラケットの使い方、身体の向きなどをひとつひとつ教えてからいよいよ全てを組み合わせる練習に入るようなもの。早くサーブをかっこよく打ちたくてウズウズしているだろうけれど、個々の動作がとても大事なのだ。

基本のパス数種類の練習が終わったら、ハートの形などのシンプルな図を描いて、皆がどの程度慣れてきたかを確認する。こういった操作の基本を覚えても、うまく使えるようになるのはこれからの練習次第だし、それはテニスの素振りや打ち込みのようなものだ。鍛錬の回数はどうしても必要になってくる。

●線が作り出す夢いっぱいの世界

ここまででけっこう皆疲れてきているのがわかるので、ブラウザを起ち上げてもらいサンリオのページやかわいいキャラクターの会社のページへ飛んで行く。

・サンリオ
< http://www.sanrio.co.jp/
>
・キャラクター
< http://www.sanrio.co.jp/characters/
>

さっきまでの修行のような画面とは違う、夢のようなかわいい世界。女子からキャッキャッとした声が聞こえてくる。そして今日皆が初めて練習した数種類のパスの線だけで、ここにあるほとんど全てのキャラクターの基本ラインは描くことができますよーということを伝える。

実際にキャラクターの中で生きている線を見れば、ペンツールの鍛錬にも身が入るというもの。自分のイメージを思うままに描けるようになりたいと思うはずだ。皆にはまずは自分の気に入ったキャラクターの模写を勧める。

サイトの画面を横に開いておいて、見よう見まねで手前に開いたAdobe Illustratorの画面にペンツールでそっくりに描いていくという手法。1時限目の授業に比べると、かなり自由にやってもらう雰囲気になる。

皆それぞれ好みのキャラクターを描き始める。なかなか思うようにはいかないけれど、意味のない直線や曲線を描くのではなく、顔のラインや耳のかたちを描くのだから楽しそう。

少し時間を置いてから、私もお気に入りのキャラクターを選んで、ペンツールで描いて見せる。教師用のパソコンは大きなプロジェクターで映されているので、描写の段取りが見えるのだ。ここからはさっさとサンプルを仕上げたいのと、スピードを見せたいのと両方の意図があるのでガンガン仕上げてしまう。まだ教えていない機能も使い、色も線の太さも実際のキャラクターとそっくりになるように描く。

操作に慣れたら何の苦もなく描けるんだというのを、実際に見てもらうことが狙いだ。だからなるべく失敗せずに描いて見せなくてはならなくて緊張するけれど、失敗も一瞬で直すのでバレてないはずだ(笑)。

下書きをなぞるのではなく、横にある絵を見ながら描くというのも実はすごく意味がある。昔から絵の練習というのは、まずは白い画面に線を描き出すことで始めたはずだから、コンピュータでも白い画面で始めるのがいいと思う。もちろんなぞるより難しいけれど、自分が主導で最初の一歩をはじめたほうがいいのではないだろうか。

●キティちゃんの指導?

サンプル用の模写の実演が終わったら、少し解説をする。より自由な描画を目指すならサンリオキャラの模写よりも、オリジナルキャラクターの制作をさせればいいように思えるかもしれない。しかし、線のコントロールをシビアに練習させるには、彼らはまだペンツールに対して未熟すぎるのだ。

慣れていない時に線を描くと、例えばオリジナルキャラクターの耳のかたちが「今の自分の力量で描ける耳のかたち」になってしまって、本来イメージした理想のキャラクターとはかけ離れていくことがある。優れたイメージがあったのに、劣った技術で描く現実の線の方がいつのまにか最終形態になってしまうのは悲しいことだ。

その点、完成されたキャラクターの模写では妥協がきかない。なんとなくキティちゃんを選んだ学生は、それがライン的にどれだけむずかしいバランスの猫かということを、描きながら知ることになる。見本となる本物のWEB画面のキティちゃんと、自分の描くAdobe Illustrator上のキティちゃんを見比べれば、「わたしってそんな耳?」「わたしってそんなアゴ?」と本物のキティちゃんがダメ出しをするのだ。

ここからはもう本人と、絵の世界の根気比べだと思う。納得のいくレベルの模写になるまでがんばってもらう。わりとここの辛抱はきくみたいで、皆真剣にやっている。目的のラインを目指して、パスを整えていくことが自然にできている。

後半はキティちゃんや自分の選んだキャラクターが、私のかわりに学生に厳しく指導してくれるわけだ。この授業をすると「えぐれた形はどうやって描けばいいですか?」とか「洋服の塗りがうまく入らない」とか、目的があっての質問になってくるのが一つの変化だ。「これが描きたい→だから覚えたい」というのが一番覚えられる方法だと思う。欲求を作り出せれば自発スイッチが入るというようなもの。

そして、最初は簡単に見えたキャラクターたちが、いかに考えられたバランスでまとめられているかに気づいてほしい。シンプルな図にとって曲線の勾配はほんの少しが命取りになる。

Adobe Illustratorの授業としては数回目だけれど、ペンツール1回目の練習では山やハートが描ければ十分だと思う。そこをキティちゃんまで描くレベルにいけるなら、それはすごいことだ。だって、キティちゃんはもしかしたら日本で一番製品化されているベジェ曲線だもの。言わばベジェ曲線の稼ぎ頭だ。

●一番大事なものは上達した後の自分に任せる

学校ではまた一週間も経つと、せっかく覚えた手の動きを忘れてしまうのでおさらいをすることになる。繰り返し繰り返し身体に覚えさせる作業は、もっと連続した授業日程の方が有効だけれど、忘れる現実を知るのもまた勉強になると思う。私も覚えたての当初は、3歩歩いて何歩下がるんだと言うくらいに、すっかり操作を忘れている自分に愕然としたことがある。

これは趣味の時間でやってもロスが相当あるだろうから、仕事にして毎日やるのが一番だなと思った。

WEBにつなげば教材の宝庫だというのも羨ましい時代だし、自発的に取り組めばなんでも勉強になりそうだと気づいてもらえば嬉しい。たくさん鍛錬した後に、自分が頭の中で大事に温めたオリジナルキャラクターを、スルスルとストレスなく描けるようになるのが理想。オリジナルデザインが大切だと思うからこそ、上達した後の自分に描いてもらって妥協のない作品にして欲しいと思う。

【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
< http://www.eimu.com/
>

先日タップダンスを教えているという人とお茶をした。私と言えばダンスはテレビ番組で楽しむ程度なので、踊りや舞台の仕事としての苦労があまりリアルに想像できない。自分が作ったタップダンスの振り付けは、生徒に踊って見せながら振りつけるとのこと。過去に作ったダンスは、踊りをビデオに撮影したもので保存するのだそう。ほほう、そりゃそうか。私はなんとなくモールス信号などの記号のようなもので、曲の楽譜上にステップを記録したようなものがあるのかと思っていた。すっごいややこしい図解になりそうだけれど。

そしていよいよ今週末までとなりましたが、多摩センターで21日(日)まで開催されている展覧会に一点出品中ですのでよろしくお願いします。

「Print Composition 2010 多摩美術大学版画の40年」
会期:2010年10月23日(土)〜11月21日(日)10:00〜18:00 火休
会場:多摩美術大学美術館(東京都多摩市落合1-33-1)
< http://www.tamabi.ac.jp/museum/exhibition/next_default.htm
>