装飾山イバラ道[117]プレパフォーマンス・ルーチンという魔法
── 武田瑛夢 ──

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新学期が始まる前にいろいろと医者通いを済ませてしまえと、歯科などに通っていたけれど、健康診断というものも年度の3月中までが期限なので行ってきた。注意書きには3月は混み合うので早めに検診に行くように書いてあるけれど、それを読むのが2月3月なもんだからしょうがない。

自らギリギリを選んでいる訳ではないはずけれど、ギリギリになってしまうのだ。ギリギリになりがちな学生たちへのアドバイスがあるとしたら「ギリギリでもいい、決して遅れるな。」だと思う(笑)。自分がギリギリをよくやるから、ギリギリの良さも危うさもわかるのだ。

健康診断は最近多い検診専門のセンターに行ったので、段取りも素晴らしくスムーズに運びすぎて、待ち合い室の「婦人画報」がじっくり読めなかったのが不満なくらいだ。

検診着の下はパンツだけとか、ここからはスリッパとかのルールさえきっちり緊張して聞いておけば恥をかくこともない。今年は運動測定系はない普通の健康診断に行ったので、あっけなく終わってしまった。結果はまだ出ていない。




●歯医者さんのルーチン

私が行っている歯医者さんはとてもせっかちで、先生一人で4台くらいの診察台をまわっている。予定時刻に行っても、自分の診察が始まるまでに時間がかかるタイプだ。

たぶん歯科医は一人しかいなくて、他の歯科衛生士さんと手分けしているのだろう。先生の歩きやしゃべりは2倍速で、診察台に来ると4倍速くらいで動作する感じだ。

昨日も、横に先生と助手のお姉さんが来て「さて始めます」とやっと私の番になった。診察台を倒してイザ歯を削る体制に入ったと思ったら、さっと別の患者さんのところへ行ってしまった。先生の中で何かの順番が狂ったのだろう。しょうがないので待つ。

しばらくして先生が戻って来て「はい、じゃあ一回口をすすいで下さいねっ」私は一回口すすぎ。その間に先生は手を洗いに行ったみたいだ。そして戻ってくると「はい、じゃあ一回口をすすいで下さいねっ」と言うので「今しました」と伝えると、「......もう一回して下さいねっ」。

私はまぁ別にいいかと思ってうがいをしていると、となりのマスク姿の助手のお姉さんの肩が笑ったように揺れた気がした。

助手のお姉さんもせっかちな先生の数倍速の動きには、たまに「無駄」が発生していることに気がついているようだ。きっと、先生独特のリズムを開始するための初期動作が整わないと、すべては始まらないのだ。私はおっとり系なのでそんなの全然かまわないけれど、おっとりしている間にこうして観察しているのでいろいろと面白い。

助手のお姉さんが歯に詰めるペーストを練るのに少しでもモタモタすると、先生は道具置きの机の上の確認作業と、金属棒を完璧な角度で手に持つ動きをもう一回やっている。ただでさえ忙しいのに、何度も確認するのは大変なように思うけれど、作業を始めるタイミングのすべてをピタっと揃えるためのようだ。

私も自分でジェルネイルをするので、液体のジェルペーストを爪にのせて硬化用のライトにあてるまでの動作に流れが必要なのはよくわかる。他には、例えばハンダごてのハンダ。液体が固くなるまでにかかる時間が短いので、一瞬の集中のクオリティが肝心だ。一瞬なのに、固まった後は形として残り続けるのだからとても大事な瞬間なのだ。

歯科の先生のように、「瞬間を固定する」作業の人の前後の動作が少々不思議だとしても、しょうがないと思う。それはガラス工芸や飴細工などでも同じで、体をリズムにのせて作業のピークを完璧に持って行くための儀式のようなものなのだから。

●大丈夫、こうすればいつも通り

歯科の先生も作業の前には無駄に思える繰り返しがあっても、作業自体は無駄のない完璧さで治療をこなしているのがわかる。実際、すごく優秀な先生だと思っている。こういった作業の前の繰り返し動作は他の職業でも必要なようだ。

野球の選手が、打つ前や投げる前に行う一定のルーチンの動作を「プレパフォーマンス・ルーチン」と呼ぶのだそう。イチローにもバットを立てる特徴的な動きがあるし、体操の内村航平が跳馬の前に腕をのばしてチョイチョイやるあれもそうだ。独自のクセのように見えるその動きは緊張を解きほぐしたり、どんな場所でもいつもの自分の場所にする効果があるように見える。

自分の最も良い状態を呼び出すための動きは人それぞれで、当たり前だけれどルーチンだけをマネしても、パフォーマンスの結果はマネできない。練習で筋肉や神経に結びつけた心の糸は、その練習を積んだ人だけが引っ張り出すことができるのだ。

日本語だと「げんかつぎ」とも通じると言うけれど、肉体的な動きだけでなく、心の安心のためでもあるのだから近い要素もあるのだろう。

いずれにせよ「がんばろう」としている姿であるには違いないので、人の目には魅力的に映る。「私は今がんばろうとしています」と見る人にも伝わるので、応援している人を落ち着かせる効果もあるのだと思う。

フィギアスケートの真央ちゃんも、リンクに上がってから自分のポジションに立つ前に腕を横に出してシュっと握るような動作をよくしている。私はそれを見るたびにいつも通りにがんばろうとしている気持ちをはっきりと確認することができるし、きっと大丈夫だと思えるのだ。

それに気づく人たちが一斉に安心して作り出す空気も大切な要素だと思う。「大丈夫、こうすればいつも通り」という魔法。そんな魔法が必要なほど真剣になる瞬間を持ってみたいなと憧れる。

【武田瑛夢/たけだえいむ】eimu@eimu.com
装飾アートの総本山WEBサイト"デコラティブマウンテン"
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すごい吹雪の映像があったかと思えば、東京では桜も散る勢いで季節が入り乱れている印象だ。pm2.5も心配だけれど、うちには震災の時に買ったN95マスクがある。苦しいから使わないでいたけれど、たぶんもう期限切れだ。花粉マスクとN95マスクの中間くらいの精度のマスクがあればいいのにな。