はぐれDEATH[20]はぐれは胡座(あぐら)をかく
── 藤原ヨウコウ ──

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ボクの普段の座り方のバリエーションは結構ある。胡座、正座、べべちゃんこ(女の子座り)、三角座り(体育座り)、結跏趺坐、ヤンキー座り等々。これらのどれかで普通に座るのだが、一番多いのは胡座(あぐら)であろう。椅子の上でも胡座。仕事中も胡座。とにかく胡座。さすがにそれなりの席ではきちんと正座しますが。

椅子の上で胡座、というのは妙に聞こえるかもしれないが、実際そうなってるのだから仕方がない。家にはハーマンミラーのアーロンチェアがあるのだが、この椅子でも胡座である。人間工学を完全に無視した座り方になってしまうので、椅子とデザインをした人には大変申し訳ないと思うのだが、ハタと気がつくと椅子の上で胡座をかいているのである。

胡座というのは上半身を強固に支える際、極めて有利である。座面の面積が広くなる上に関節への負担も少なく(個人差にもよる)長時間の作業にはうってつけである。ボクのように絵を描く仕事をする者には便利この上ない。そういえば、日本の伝統工芸の作業場でも胡座はよく目にするなぁ。多分、それなりに理に適っているのだろう。科学的根拠は皆無だが。

椅子の上での変な座り方と言えば、わざわざ正座をすることだろう。父方の祖母がそういう座り方をしていたので「お年寄りはそうなのかしらん?」とボケッと思っていたのだが、娘がこれをいつの間にかし始めたときにはびっくりした。娘に聞いたら「なんとなく」らしい。つまらん遺伝をしたもんだ。





椅子に座る生活習慣が生む最大の弱点は、股関節の可動域が少なくなることである。胡座を組めばすぐに分かると思うのだが、股間の内側の筋がかなり引っ張られる。この筋が硬いと胡座をかいた時の膝の位置が床から離れてしまい、長時間安定して座ることが出来なくなる。逆に膝の位置が低いと安定感が増して、長時間座ることが楽になる。

ちなみにべべちゃんこ(女の子座り)は、更に股関節の柔らかさが必要になる。大腿部の裏と下肢をひっつけて、足の裏全部だけで座るのである。本当か嘘かは知らないが、男性でこの座り方が出来る人は少ないらしい。ちなみにボクは余裕です。

胡座に関しては古今東西を問わない。エジプトのミイラが出土したときに、大腿骨が内にゆったりと湾曲していることから、胡座をかいて作業していたと推測されたそうだ。

うろ覚えなので正確かどうかは分からないが、筆記具も同時に発掘されたので、常時座り作業で筆記をしていた役人か、その類のモノと推測されているらしい。椅子という道具が発明されてから、この湾曲が徐々になくなっていく。もちろん、椅子のない地域や環境は除外である。

ちなみにボクの胡座は、赤ちゃんや猫にとっては極楽・安心らしい。もちろん、娘も乳児の時はボクの胡座でくーすか寝てた。しかも仕事中である。気色悪い絵を描いている時(骸骨とか蛾とか蜘蛛とか)に、ボクの胡座の中で赤ちゃんが機嫌よく寝ている風景というのも、なかなかシュールであろう。猫のももちも同様にくーすかである。どうやらはまり具合が絶妙らしい。

最初に気がついたのは、福山にいたとき飼っていた猫。中2の時にご近所さんから母がもらい受けて、生後まもなくの頃に来た。自分が稀代のネコたらしであることに気がついたのもこの子の時だ。

女の子だったのですぐに手なづけてしまったのだが、ボクが座るとぴょこぴょこ寄ってきて、胡座の中に潜り込んでくる。最初は「?」と思ったのだが、座る度に胡座の中にくるので、どうやらお気に入りの場所なのだろうと思った。

もっともこの子の場合は、とにかく引っ付きたがる。母から聞いた話なのだが、夜に変な唸り声がするので見に来たら、寝ているボクの首を横断するようにして、身体を伸ばしてぐっすり猫が寝ていたそうだ。

要するに、ボクはこいつの重みで窒息しかけてうなされていたのだ。ボクは寝ているときは微動だにしないそうだ。その代わりと言ってはなんだが、いびき、歯ぎしり、寝言がすごいらしい。殊に寝言に関しては、変な会話をよくするそうだ。

話が逸れた。娘は生まれて3か月ぐらいまで、お腹が一杯になるとボクの胡座の中で機嫌よく寝ていた。こうなるともうほとんどベビー・ベッドである。レンタルでちゃんとしたベビー・ベッドは借りていたのだが、とにかく娘は寝相が悪い。

奥さんに言わせると「お腹の中にいるときから」だそうだ。足癖の悪さはピカイチで、病院の新生児ベッドが並んでる部屋を眺めればすぐに娘がどこにいるか分かった。

娘だけ上掛けを足で蹴り出して、グチャグチャにしているのである。分かりやすいにも程がある。ベッドから蹴り出して、床に上掛けが落ちているのを見たときはある意味かなりショックだったのだが、まぁ仕方なかろう。生まれたばかりの子にしつけなど出来るわけがない。

娘の寝相に関してはちょっと逸話がある。娘は逆子で産まれたのだが、もちろん奥さんは逆子体操で通常の位置に戻そうと、それは一生懸命努力したのだ。出産予定があと二か月くらいに近づいた頃、ある日「ついにぐるっと回った」とドヤ顔で教えてくれた。

苦労していたのは見ていて知っていたので、ボクも諸手をあげて喜んだ。奥さんは自信満々で次の検診に臨んだのだが、結果を聞いて二人でがくっときた。本来なら水平軸に対して180度回るはずなのだが、垂直軸で180度回っただけだったのだ。どうやら子宮口の凹みにお尻をのせて落ち着いていたようだ。

足癖の悪さはお腹の中にいるときからのものらしく、逆子体操をし始めると中から蹴って抗議をしていたそうだ。どんだけ強情やねん。

とにかくお尻が落ち着かないことには安心出来ないらしい。これはただの推測だが、娘の寝相の悪さはお尻の安定感を欠いているところに遠因があるのではなかろうか。

ボクの胡座の中だと、もちろんお尻が落ち着くポイントは簡単に見つかるので、それほどごそごそしなかったし。周りがなんとなく囲まれているような感じがするのかもしれない。この辺は乳児に聞いても分からないし、今の娘に聞いてももちろん分からない。本人が憶えてるわけないからだ。

とにかく酷い寝相で、奥さんが朝目覚めたらお布団から遥か遠くでくーすか寝てるなど日常茶飯事だったようだ。こうなると下手に襖も開けられない。実際、玄関口のところまで転がっていって、あわや土間に落ちかけそうな所で寝ていたこともあるのだ。寝てるからといって安心して目を離せない子だったのだ。

この辺でやめておこう。娘が読んだら絶対に怒る……

ももちもやっぱり胡座の中に潜り込む口である。ちなみに中書島に来てから手なづけた野良の親子ネコも、最近そろって胡座の中に潜り込んでくる。潜り込むのはイイのだが、場所の取り合いで親子喧嘩をされるとかなり困る。とにかくお互いにベストな位置を確保しようとしているようだ。まぁ平和と言えば平和な光景なので黙って見ているが。

きゃつらの行動パターンを観察していると、どうやらボクが微動だにしないのが良いらしい。まぁ、胡座をかいてドタバタしろという方がどうかとは思うが。「動かない=安心」なのだろう。ことごとくくーすか無防備に寝よる。

で、こうした彼女たちの行動パターンをボクが嫌がるかというと、それはまったくの間違いである。むしろこっちもホッとするのだ。胡座の中で寝る子達を眺めたり感じたりするのは、本当に気持ちがいい。あたたかいし。

とにかくボクがほっこりリラックスしてしまうのだ。台座(ボクのコトだ)がリラックスすると、中に入る子達も安心する。安心して寝る子達を見てこっちも更にリラックスする。リラックスしすぎて下手をするとボクまで寝落ちしかねない。

つまらんネタかもしれないが、愚図る子を寝かしつける際には、こっちも本気で寝る気になって相手をしてやることである。もっともグズる原因がはっきりしている場合は、そっちを先に解決してしまう。お腹が減ってグズってるとか。

「眠たい波」が伝わると、赤ちゃんや猫はそっこーで寝る。更に突っ込むと、呼吸を合わせてやる。最初は赤ちゃんの呼吸に合わせておいて、段々こっちが呼吸をゆっくりさせていくのだ。大抵この手に引っ掛かってことんと寝る。もっとも自分も一緒に寝いってしまう可能性は大だ。実際ボクなど寝かしつけていて、いつの間にか寝落ちして、奥さんに起こされたことが度々ある。

ちなみにももちは最初から警戒心を抱いていないので、胡座の中だろうがボクの布団の中だろうが、ずんずん潜り込んできては寝る。ももちが一番分かりやすかったな。とにかくボクがじっとしていればくーすか寝るのだ。

ボクの胡座はそういったものらしい。ハタから見ればさぞや珍妙な風景だろうとは思うのだが、両方ともそれで満足しているのだ。むしろ胡座を奨励したいぐらいである。しないけど。

なぜなら、現代人にとって胡座という座り方はハードルが高いものになりつつあるからだ。これは生活習慣に寄るところが多いだろう。椅子の普及が胡座を排除しつつあるのは何となく理解できる。

そういえば、畳も最近はあんまり見なくなった。ちなみに上賀茂の家に一つしかない和室は娘が占領している。日本の座の文化を知らずに体現しているわけだが、ちょっと冷静になって考えると結構不思議である。

まぁ、普段からボクが椅子の上やベッドの上で胡座をかいているのを見ているので娘が「そんなもんか」と思い込んでいる可能性は高い。本当に油断も隙もないもんだ。そんな座り方をソファーでしていればももちは寄ってくるわ、となりで娘が三角座りして本を読んでるわ、とか妙なことになる。ソファーなくてもイイような気もするなぁ。

そういう意味では、生活習慣というのは恐ろしいもんだ。座り方一つでこれである。諸兄も、もしかしたら見直した方がイイ生活習慣があるかもしれない。


【フジワラヨウコウ/森山由海/藤原ヨウコウ】
YowKow Fujiwara/yoShimi moriyama
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装画・挿絵で口に糊するエカキ。お仕事常時募集中。というか、くれっ!