こんにちは。もじもじトークの関口浩之です。ゴールデンウィークのお休みがあったので、4週間のごぶさたです。
前回は、「名古屋がフォントの国になった一日」と題して、20世紀の金字塔書体である「ナール」「ゴナ」を制作した中村征宏さんのお話でした。
今回は、筑紫書体を制作しつづける、フォントワークスの書体デザイナー、藤田重信さんのお話です。
●筑紫書体とは?
デジクリ読者の中で、「筑紫書体」をご存知の方、どのくらいいらっしゃいますか~? ちなみに、筑紫書体の「筑紫」は「ちくし」ではなく、「つくし」と読みます。
筑紫書体ってたくさんあるのですが、ウェブフォントでサンプルや組み見本を作成してみました。書体名に筑紫の名前が付いた書体を、ファミリー単位で数えると30ファミリー以上、ウエイト(太さ)が異なるものを1書体で数えると100書体以上あります。藤田さん、いつの間に、こんなに作ったのですか。
筑紫書体ってこんなに種類があるのね
http://bit.ly/30K55Bg
FONTPLUSためし書きにて、いろいろと組んでみた
http://bit.ly/2M1T0Eh
僕の好きな書体はたくさんありますが、その中でも、筑紫書体は大好きです。筑紫書体の特徴を説明するとき、僕はこんな感じで説明します。
・バビューンとしてて、シュッとしてて、キュート
・和服の似合う女性
・ある程度の年齢だけど魅力的で上品な女性
・色気があるんだけど、いやらしくない
・清潔感が漂う
・緊張感が漂う
最初の「バビューンとしてて、シュッとしてて、キュート」が一番わかりやすい説明だと思います。えっ、ほんとう(笑) では、それをきちんと説明してみますね。
・ハライが実に伸びやか 「バビューン」
・懐(ふところ)が狭い 「キュッ」
・カッコいい 「キュート」
ということなのです。例えば、この「東西南北」「夏目漱石」の文字を見てください。
http://bit.ly/2JxRUy0
ねっ、「バビューンとしてて、シュッとしてて、キュート」でしょ!
※この記事で使用している写真は、藤田さんから掲載許可をいただいてます。
藤田さんの書体の特徴として、「曲線美」があります。
そこで、藤田さんに、「なぜ、藤田さんの書体は曲線が美しいのか?」と質問してみました。答えは50年前に遡ります。では、それを説明した藤田さんのスライドをご紹介します。これです。じゃーん!
http://bit.ly/2X71hHK
おおぉ。「蝉」と「カローラ」と「オバケのQ太郎」ではないですか! これが、曲線美に魅せられたきっかけだそうです。
「蝉」の写真ですが、左がアブラゼミ、右がクマゼミです。採ることが難しいクマゼミに、藤田さんは没頭したそうです。最初は、なかなか採れなったようですが(笑) たしかに、クマゼミを横から見ると、カーブがダイナミックで美しい。
「カローラ」の写真ですが、上が初代カローラ、下が2代目カローラです。藤田さんは、2代目カローラのテールカーブのデザイン処理に魅了されたそうです。2代目のテールデザインは、急にストンと落ちるのではなく、ワンクッション入れてから下に落としています。僕も車好きなので、よく分かります。
書体って「形」のひとつですよね。車でも洋服でも、見た目で好き嫌いがあると思います。美しいものは脳に焼き付きますよね。
●名古屋「中村書体と藤田書体」セミナーのレポート
書きたいことがいっぱいなので、冒頭15分間の藤田さんのお話をまとめてみました。
印刷と言えば、明治・大正・昭和において、金属活字による活版印刷の「インク溜まり」や「滲み」に悩まされていたといわれています。そして、写植(写真植字)の時代においては、いかにシャープに文字を表現することが、至上の価値だった時代がありました。
イメージセッタとダイレクト印刷が可能な時代になると、高精細な世界になり、インク溜まりや滲みは無縁となり、印刷業界において理想の時代になりました。
しかし、今まで見慣れていた明朝体が目に痛いと言う人が出てきました。例えば、当時、見慣れた「本蘭明朝L」が目に痛いということです。写真植字の現場では、インク溜まりや滲みがないのが理想の世界と思っていたのに……。
高精細になったことで、文字はやせ細り、カサつき、端々は目にきつい、殺風景に見えると、藤田さんは感じたそうです。
金属活字のインク溜まりや滲み、写植のボケがある印刷文字は、今ほど高品質でないものの、文字に「潤い」と「体温」を感じてそうです。
僕も、中学生までは金属活字の印刷物、高校生から大学生にかけては写植による印刷物を身近に体験していたので、その感覚は、本当にそうだと思いました。
1990年代後半に、藤田さんは、写研からフォントワークスへ活躍の場所を移します。
筑紫明朝が誕生したのは2003年ですが、藤田さんは、「活版のインク溜まりと滲みを取り入れたい」そして「写植レンズのピンボケを取り入れたい」というコンセプトで、筑紫明朝の制作に取り掛かったそうです。
なので、筑紫書体のエレメントのエッジに、ボケのデザインが取り入れられています。そして、「起筆」や「終筆」にインク溜まりの柔らかさを取り入れています。また、明朝体の右払いは、右外へ心地よく抜ける形になっています。
http://bit.ly/2YI90wA
筑紫書体は、細部にわたり、とてもこだわりをもって書体デザインをしていること、素晴らしいと思いました。筑紫書体は10年以上前から、好きな書体だったのですが、藤田さんのお話から直接、筑紫書体の歴史や書体制作への情熱を知り、ますます好きになった一日でした。
藤田さんから、「文字に付随した滲みや溜まり、ボケとは、食事でいう、出汁であったり、塩や胡椒だったような気がします」と、わかりやすい言葉でも説明していました。
書体の表現者である藤田さんは、言葉の表現者の魔術師でもありました。
●フォントを愛でて楽しく学ぶ一日 CSS Nite LP61
「中村書体と藤田書体」の名古屋イベントは、4月21日に開催されました。そして、つい先日の5月18日に、大崎ブライトコアにて「CSS Nite LP61 これからのフォントとウェブでの組版を考える日」を開催し、藤田さんを特別講師でお招きしました。
そこでのイベントの様子は、別の機会のもじもじトークで書こうと思いますが、ツイートまとめがとても楽しいので、こちらもぜひ、ご一読ください。
CSS Nite LP61 ツイートまとめ
https://togetter.com/li/1356456
●藤田さんは、フォント業界の異端児なのか?
日本人の多くは、他の人と同じことを考えたり、同じようなものを作ることに安心感を感じるところがあると思います。差別化したいと思っても、あまり思い切ったことをしないのではないでしょうか。
でも、藤田さんは違います。「他の人と同じものを作っても面白くない」「そのことは、既存の良いものを否定しているのではない」「利用者にとって、選択肢がたくさんあったほうがいい」ということなのです。
「筑紫書体で、フォントの世界を凌駕することは考えていない」「20%ぐらいがちょうどいいのでは」「でも全部が同じものではつまらない」というお話もありました。
今後、どんどん時代が変化する中で、多様性が求められてきます。そんな時代の中で、藤田さんのように、既存のものに縛られず、信念をもって、思いっきり振り切って、新境地を開拓する人こそ、正しいクリエーターの姿勢だと感じた一日でした。
藤田さんは、異端児ではなく、開拓者(パイオニア)なのだと思います。
●付録(索引)
藤田さんのお話の中で、藤田さんが影響を受けた、もしくは影響を与えたグラフィックデザイナーや装丁家の名前がたくさん出てきます。また、あまり聞いたことのない写植の用語がたくさん出てきます。
その中で代表的なものをいくつか列記します。活字に詳しい人は「全部、知ってるよ~」ってことだと思いますが、藤田さんのお話を聞いて、「あの言葉ってどういう意味?」の索引としてご活用ください。
石井明朝
https://blog.goo.ne.jp/typekids/e/a5b97e5c58ec8b433066933bc12b9d0c
MM-OKL(石井中明朝体・オールドスタイル・大がな)
http://ryougetsu.net/sho_mmokl.html
石井ゴシック
http://saikirin.com/ishiigochic/
本蘭明朝
http://ryougetsu.net/sho_uhg.html
写研
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%99%E7%A0%94
戸田ツトム
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%B8%E7%94%B0%E3%83%84%E3%83%88%E3%83%A0
鈴木一誌
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E4%B8%80%E8%AA%8C
祖父江慎
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%96%E7%88%B6%E6%B1%9F%E6%85%8E
有山達也
https://www.toppan.co.jp/biz/gainfo/cf/ariyama/p1.html
名久井直子
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E4%B9%85%E4%BA%95%E7%9B%B4%E5%AD%90
鳥海修
https://www.td-media.net/interview/osamu-torinoumi-vol-1/
今田欣一
https://fontplus.connpass.com/event/59374/
次回のもじもじトークも、筑紫書体のテーマでお送りします。
【せきぐち・ひろゆき】sekiguchi115@gmail.com
関口浩之(フォントおじさん)
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1960年生まれ。群馬県桐生市出身。1980年代に日本語DTPシステムやプリンタの製品企画に従事した後、1995年にソフトバンク技研(現 ソフトバンク・テ
クノロジー)へ入社。Yahoo! JAPANの立ち上げなど、この20年間、数々の新規事業プロジェクトに従事。
現在、フォントメーカー13社と業務提携したWebフォントサービス「FONTPLUS」のエバンジェリストとして、日本全国を飛び回っている。
日刊デジタルクリエイターズ、マイナビ IT Search+、Web担当者Forum、Schoo等のオンラインメディアや各種雑誌にて、文字やフォントの寄稿や講演に多数出演。CSS Niteベスト・セッション2017にて「ベスト10セッション」「ベスト・キャラ」を受賞。2018年も「ベスト10セッション」を受賞。フォントとデザインをテーマとした「FONTPLUS DAYセミナー」を主宰。趣味は天体写真とオーディオとテニス。
フォントおじさんが誕生するまで
https://html5experts.jp/shumpei-shiraishi/24207/
Webフォントってなに? 遅くないの? SEOにはどうなの? 「フォントおじさん」こと関口さんに聞いた。
https://webtan.impress.co.jp/e/2019/04/04/32138/