わが逃走[21]未来の時計。の巻/齋藤 浩

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●1978

デジタルとアナログ。この言葉を初めて知ったのは、おそらく小学3年生のときだ。

その頃、オトナの世界ではデジタルの腕時計が流行しつつあり、日本が世界に誇るセイコーやらシチズンといったメーカーからも、素敵なデジタル腕時計達が続々と発売されていた。

しかし、当時の小学生にとって腕時計なんてものはまだ必需品でもなんでもなく、私自身にとっても興味の対象ですらなかった。

ところが!! アレが発売されたことにより、俄然気になり出したのだ。シチズン・デジアナである。その時計、なんと文字盤の中に、デジタル表示の窓がふたつ(時分と秒)、そしてアナログ時計の窓が一つ存在し、なんかこう、メカ!! って感じなのだ。

「ラジオとカセットが一つになってラジカセ」というノリが、一つのカッコよさを象徴していたような時代である。当時の少年(=俺)にとって、それはSF映画の主人公になれちゃいそうな魅力に満ちた小道具であり、また、とても手に入れられない大人のための高価な宝飾品にも見えた。

宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999に出てくるようなメーター(通称松本メーター)に通じるような「機能っぽさ」にしびれ、定価25,000円〜33,000円という、小学生にとっては天文学的な値段に驚愕したのだ。

時計屋でもらってきたカタログを切り抜き、左手首にセロテープで貼ったりしていた。テレビコマーシャルの水谷豊のセリフを覚えたりもした。そして心に誓ったのだ。「いつかは、デジアナ」と。



●1955

18年後。
時計はファッションの一部と化していた。クォーツの値段は驚異的に下がってしまった。数千円、場合によっては数百円も出せば正確な時計が手に入るので、人々はその価値を時計自体の機能ではなく、スタイリングや色彩に見出しすようになっていた。

メディアは若造達に対し、より個性的な時計を求めるようはやし立てた。スウォッチやGショックのブームも、この頃である。

さて。
90年代後半の、俗称ファッションウォッチと呼ばれる時計達の流行は、時を正確に示すという機能をどこまで犠牲にするか、そしてどれだけ奇抜な表現ができるかの競い合いだったように思う。

これはこれで、とても楽しい動きだったし、現に私もたくさんの奇抜時計を買っている。しかし、当時、特にセイコーやシチズンから発売されていたようなそれらの多くは中途半端に真面目な感じで、悪ノリしきれてないように思えたのだ。

私の祖父・須藤三郎は、「遊ぶときは遊べ。勉強するときは勉強しろ。けじめを大切にな。うっ、かっくし。」と言い残して死にました。悪ノリするときも正攻法でいくときも、潔く。商品とはそのメーカーの人格を現すものなのだから、分かりやすくないと使い手側が戸惑っちまうぜ。

その点、あれは良かった。そう、18年前に憧れたあの、デジアナである。「時計の未来はこうなる」と、根拠もなく言いきるあの力強さ。実際“未来”になって振り返ってみればハッタリだったと言われるかもしれないけど、当時の技術者達のひたむきさを形態を通して感じられたよなあ。

なんて思ってたらむらむらと物欲が俺様を支配してきた。という訳で、25歳の私はデジアナ探しの旅を始めたのだった。

さて、当時から数えても18年前の時計である。しかも、現在みたいにヤフオクもない。当然足で探すことになる。しかも中古品を探そうにもデジアナなんて時計は金銭的価値は低く、中古時計の専門店ではまず見つけることができなかった。

で、どうせ買うなら新品でしょう! ということになり、町の時計屋さんのデッドストックを探し歩くことに。地元はもちろん、外出先や旅行先で時計店をみつけては「デジアナありませんか?」と聞き続けた。

意外な掘り出し物が見つかることもあったが、肝心なデジアナだけは見つからず、そうこうしているうちに2年が過ぎた。

●1997

秋だったと思う。なぜかその頃私は「戦前の流線型工業製品」にハマっていた。あるとき駅のポスターで、EF55型電気機関車が信州を走ることを知り、その流線型ボディを一目見ようと、物好きな私は朝3時に起きて松本まで向かったのだ。

で、一通り見学した後昼飯ってことになり、商店街の定食屋で生姜焼き定食なんて食ってると、向かいが時計屋であることに気づいた。ただでさえ市川崑監督の金田一耕助シリーズ的昭和な感じの商店街だったのだが、その店ときたら、褪色した看板の具合やタイル貼りの外壁など、完璧なまでに昭和。

ある! ここには絶対ある!! ニュータイプのごとく額に稲妻を光らせた私は食休みもぜず、慌てて会計を済ますとその店へと向かった。
扉を開ける。
「いらっしゃーい」。
おそらく店主なのであろう。親父の跡を継いだと思われる四十男がめんどくさそうに声をかけた。

「あのー、すいません。デジアナという時計を探しているのです……ぐあっ!」
話しながら店内を見ていると、目の前のショーケースに発見してしまったのだ。間違いない。デジアナだ。しかも初期型の黒。いちばん欲しかったモデルである。しかも隣にはシチズン・デジアナと人気を二分していたセイコー・デジボーグまである。なんなんだ、この店は!!

さっそく店主に「あのっ。こ、こ、これください!」
「あ、はーい。2万6000円ね」
という具合に、あっさり買ってしまった。いやー、見つかるときは見つかるも
んだね。つい今しがた見た流線型機関車のことなんかすっかり忘れて、脳内は
すっかりデジアナに染まってしまいましたとさ。

●2008

で、これがその時買ったデジアナだ。


液晶パターンも現在のものと違い、かなり荒っぽい印象。そこがまた良い。よくよく見てみたら、カレンダー機能が来年で切れる。考えてみれば、30年も前の時計なんですね。これはもう立派な「おじいさんの時計」かも。

とはいえ、骨董的価値はないし、コレクターに人気という訳でもなさそうだ。でも、オレ的にすげえカッコいい時計なのです。大阪万博で始まった70年代に作られただけあって、デザインの思想が前向きなのだ。未来に希望が感じられる。

そう、最近思うのですが、このところ“未来感”が希薄だ。いま未来をテーマになにかしらデザインすることになった場合、20年代的未来? とか、70年代的未来? とか考えちゃう。そうじゃなくて、現在における未来を伝えなければならなくなった場合、我々は何を提示できるのか??

答えが出にくい。
これって危険。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられ
ないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィ
ックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
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