わが逃走[40]港の周りのおもしろいかたちの巻/齋藤 浩

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先日、思い立ったが吉日ということで、千葉港ってところに行ってきた。観光船で海からコンビナートやら工場やらを鑑賞しよう! という企画である。

工場萌えそもそもこの観光船『あすなろ号』を知ったのは、あの『工場萌え』なる本でした。この本を読むまでは、工場やコンビナートやダムや団地に美しさを感じているとか、ましてや休日にそれらを鑑賞するためだけに、わざわざ出かけてゆくなんてことをあまり大きな声で言うと友達がいなくなるんじゃないかと心配していたもんですが、今や工場鑑賞も立派な趣味として広く一般に認知されてる訳ですよ。すごい時代だなあ。


で、2月21日土曜日、千葉港の遊覧船乗り場へ行ってみた。すると、『強風のため本日欠航』の張り紙が。ショックですよ、晴れたからテンション上がってたのに。

で、仕方なく港の周りを散歩してみた。すると、結構オモシロイものがあるのだ。貨物船やら消防船やら、働く船舶がぎっしり停泊している。普段こういったものはあまり見る機会もないのでかなり新鮮。うーん、機能美だなあ。どこにどういった構造物が配置されているのかを観察して、その理由を想像してみたりするのがまた楽しい。

また、港の周りは巨大な積荷を扱うトレーラー等のサイズに合わせて設計されているため、見るもの全てがデカイというか広い。これがけっこうイイのだ。

ここでちょっとカメラについて語らせてください。今回は1月の水門鑑賞にひきつづき、フィルム一眼レフカメラ「α-9」を持っていきました。オレはこのカメラが好きだー。機能はフィルムAF一眼の中では最高。それでいて、ミテクレが不細工なところがイイのだ。

地球の平和を守るスマートなロボットもいいけど、オレは昔から悪者の乗るメカが好きでねえ。特に水陸両用のヤツ。そんな“悪役的”な無骨さがこのα-9にはあるのです。

悪役は、結局正義の名のもとに淘汰されてしまう運命にあり、このα-9を世に送り出したミノルタもカメラ事業から撤退してしまった訳だが、デジタル一眼でこれくらいアクの強いデザインのカメラって出ないもんかねえ。

で、ホントにどうでもいい話なんだけど、このカメラはグリップを取り付けると、タテ吊りができるのです!! はい、タテ吊りとはカメラを首にかけるとき、90度回転させた状態で吊り下げることです。写真参照。

で、オレはひねくれ者なんだと思うけど、タテ吊りが好きなのだー!! どうしてなんでしょうね。ロゴが読みにくくなるからかしら。まあ理由は自分でもわからんのですが、もうひとつの愛機である「BESSA-T」を気に入っている理由もタテ吊りができるから、だったりするのだ。いずれエラくなったらライカの不人気機種「M-5」を買おうと思っている。もちろん理由は、タテ吊りができるからだ。

さて、港だ。こんな感じのカラフルで巨大なコンテナが、整然と並べられている。シンプルな色彩、シンプルなロゴタイプにシンプルなマーク。

外国からやってきたコンテナって、なんで一目でわかるのでしょうか。欧文書体のチョイスやアレンジの仕方は、やはり欧文書体の文化を血で理解している人の方が強いんだろうなあ、なんて思う。

たとえば、このコンテナはHapag-Lloydというドイツの海運会社のものだけど、写真の青いロゴマークは、おそらく頭文字のHに“運んでる感”を表現すべく矢印的要素を加え、さらにスピード感や確実性なんかの意味を込めて青という色彩を選んだのではなかろうか。

で、調べてみたらこの会社、Hapag社とLloyd社とが経営統合して誕生したんだそうな。そうなるとHという頭文字だけじゃ旧Lloyd陣営の人達が嫌な顔するかもなー。などと思ってロゴをよく見直すと、これって大文字のLふたつを組み合わせたようにも見えるじゃないか! さらに首を90度傾けてみると、なんとコンテナをふたつ重ねたようにも見える。すげえなあ、このデザイナー。なんて思った次第。いい勉強になりました。

さて、デカイものを見た後は、その反動で小さいものを見たくなります。で、足下を見てみたら、おお。岸壁にはなんとサム・フランシスの作品が!!

あ、サム・フランシスという人は絵具をキャンバスにぶっかけて絵を描く、抽象絵画のエラい人です。無作為の美というかなんというか、たまたまペンキが垂れてこうなっちゃったんだと思うんだけど、意図してないぶんサム・フランシスの上をいってると言っても過言ではなかろう。

考えてみれば、世界中にこういった抽象絵画的壁面やら地面なんてものが、たくさんあるのではなかろうか。いまに「絵画の発見」と称した、ひたすら散歩する仕事ができるかもしれない。どうでもいいけど以前新聞の求人欄にNHKが出していた広告で、「仕事内容:BSアンテナの発見」というのがあったっけ。ほんと、どうでもいいですね。

さらにてくてく歩いてゆくと、巨大な彫刻が現れた。

まあ、言ってしまえばただ鉄骨が積んであるだけなんだけど、このストイックな迫力はどうだ! なんて思う。ここ10年くらい作り続けている私の「リッタイポ」というシリーズがあるんだけど、あ、こちらが10年前に作ったリッタイポシリーズの『DESIGN』という作品。

そもそもの発端は、幼い頃に見た建築資材置場の鉄骨が文字に見えたことなんだよなー。そう考えると、いわゆる“見立て”って行為が私の根本を支えているようにも思うのだ。

子供の頃にいろんなものに触れて、「これって◯◯に見えるー」とか言ってたことと同じようなことが仕事になっちゃったんだから、なんか世間様に申し訳が立たんようにも思う。

そう、デザイナーの仕事って無から有を作り出すといった大それたことじゃなくて、すでに存在しているモノをいかにして見るべきかを提示することなのではなかろうか?

うー、なんか自分でも何言ってるんだかわからなくなってきたぞ。言ってみれば、このような鉄骨だって工場だってペンキの跡だって、誰かが美しいものを作ろうと企んだ結果生まれたものではない訳だ。本来の目的は別にあったり、そもそも目的なんか最初からなかったりしたものが、見方を“提示”することによって美しいものへと認識される。

ダムも工場も、美という意味では蟻塚やクモの巣と同じなのでは? まず存在ありきで、その後にさまざまな意味が加わって美しいものということになっちゃう。

だとすれば、そのプロセスというか、流れというものに私は人智を超越した力を感じるのです。なんかよくわからんけど、巨大すぎて気づかない、法則のようなものを感じちゃうなあ。

と、かなり酔っぱらってきたので、今日はここまでにします。明日は早朝ロケだしね。ではまた〜。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。