わが逃走[101]はやとくんの思い出の巻/齋藤 浩

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こんにちは。101回目のわが逃走です。

唐突にはやとくん(仮名)のことを思い出したので書いてみようと思う。
はやとくん(仮名)とは38年前にS玉県の幼稚園で出会った。5歳のときだ。彼は4月生まれの特権で体格もみんなより一回り大きく、印象としてはジャイアンのようだったのでちょっとコワいな、なんて思っていたのだ。

席も離れていたのであまり話もしなかったのだが、ある日席替えがあり、彼が私の隣の席になった。目が合った。すると彼はなにを思ったかヌッと腕を私の前に出し、「この手解剖して」と言った。

そんなムズカシイ言葉を知らなかった私は「かいぼうってなあに?」と聞くと、「ナイフで切って中の肉や骨をぐちゃぐちゃにしてからまた中に詰め戻すの」と答えた。おお、あのテレビで医者がメス! とか言ってるあれか!

すぐに理解した私は彼の5歳児と思えぬセンスに驚き、目をみはった。すると彼はニヤリと笑ったのだ。それを見て私もニヤリと笑った。それで打ち解けた。

ある日はやとくん(仮名)は
「これから"夢みてる"やるよー」と言った。
なにやら新しい遊びを考えたらしい。

彼はおもむろに仰向けになり、眉間にしわを寄せながら
「どんぶり...どんぶり...ど、どんぶり...うぐっ」
と苦しむ男を演じた。

す、スゴい。ドラマで重傷を負わされた男がうなされているシーンがまさに私の目の前に! しかも「どんぶり」とな! 面白い。面白すぎる!! もがき苦しむ表情と「どんぶり」という絶妙なワードとのギャップに5歳の私は抱腹絶倒の極みであった。




「そこでガバッと起き上がって"ゆ、夢か..."って言ってみようよ」
「それいいねえ」
ちなみに5歳児である我々は"うなされる"という言葉を知らなかったのでこの遊びを"夢みてるごっこ"と呼んでいた。

とにかくはやとくん(仮名)はただ者じゃない。
他の園児とはセンスが違っていた。

ある日はやとくん(仮名)と一緒におべんとうを食べていると、彼のおかずの中に見たこともないような不思議な物体が入っていた。赤くてどろっとしていて不気味な形状だったが、それを彼は旨そうに食べているのだ。

「はやとくん、それなあに」と尋ねると
「すじこ。食べてみる?」
一口食べると、こ、これは旨い! 白いごはんがより一層旨くなる! こんな旨いものが世の中にあったのか!

帰宅後さっそく「おかあさーん、すじこ買ってー」と言ってみたところ、あれは酒のつまみであり、うちは酒を飲まないのでそんなものは要らん的なことを言われ、何故すじこなんてものを知ってるんだと聞くもんだから、はやとくん(仮名)の弁当のおかずをもらったと話したところ、

「うそよ! 幼稚園児のおべんとうにすじこが入っているわけないじゃない!ばかね!」と断定された。うそよって言われても事実は事実だしなあ。まあこれ以上言っても無駄だとわかったので話はそこで終わらせたが、子供の頃の私にとってすじこはずっと憧れの食品だったのだ。

確かに今にして思えば、幼稚園児の弁当にすじこを入れるのは変かもしれないが、そういった家庭だからこそはやとくん(仮名)のような子供が育ったのだろう。

はやとくん(仮名)はケンカも強かったし、度胸もあった。一緒に公園に行くとすぐにブランコに立ち乗りしてすごい勢いをつけて一回転ぎりぎりまでこぎまくる。実際には回転しないようにストッパーがついているのだが、そこにガツッと当たる音をきくと臆病者の私は目をつぶってしまったものだが、はやとくん(仮名)はへっちゃらなのだ。

よく「車にはねられたけど空中で一回転して助かったの」なんて自慢話をしていた。これもどうやらほぼ実話らしかった。なにかというと高いところから飛び降りたり、立ち入り禁止の場所に入り込んだり、用水路や沼に率先して入っていったりと、彼は常に危険と隣り合わせの園児だった。

私は5歳児ながら、(あれは彼だからこそ大丈夫なのであって、自分がやったら大けがするか死ぬ)ということを理解していたし、はやとくん(仮名)も私を無理に危ないことに誘おうとはしなかった。このあたりの距離感がお互いの信頼を支えていたのだと思う。

その後、我々は幼稚園を卒業し地元の小学校へ入学したのだが、クラスは別々になってしまった。同じクラスになったのは3年生になったときだ。久々に会ったはやとくん(仮名)は精悍さも増し、より一層悪ガキな雰囲気になっていた。いわゆるちょいワルコドモだ。こういうヤツはモテる。

再会を果たしたとき、彼は開口一番こう言った。
「ねえ、おっぱいとお尻とどっちが好き?」
!!おっぱいとお尻か。言われてみれば確かに興味がなくもない。
いやむしろあると断言できる。

明らかに私はピンクレディの尻やパイオツを無意識下で愛でていたのだ。それに気づかなかった自分に不覚を感じたし、早くも尻とパイオツの二択を迫るセンスにさすがはやとくん(仮名)は違うぜと尊敬した。

「うーん、尻もいいけどおっぱいもいいなあ」
「どっちなんだよー、早くしろよー」
「はやとくんはどっちなんだよう」
「俺か? 揉むならおっぱいだけど舐めるなら尻だな」
!!!!!!!  すげえ!!!!!!
もう、目からウロコだった。

『揉む』は想像できたが『舐める』という選択肢は8歳の小学生である私の想像の域を越えていたのだ。しかも『舐める』におっぱいを選ばないところに玄人っぽさを感じた私は、やはりはやとくん(仮名)はただ者じゃないと思わずにはいられなかった。

その日の帰り道、はやとくん(仮名)は公園の柵に貼られているポスターを見つけ、駆け寄った。ピンクレディのふたりが『UFO』の衣装で微笑む火災予防のポスターだったのだが、彼はなにを思ったか突然それを破りはじめ、脇の下の部分だけ丸く切り取って私に差し出した。

「ピンクレディのお尻」。

凄い! トリミングされたミーちゃんの脇の下はまさにお尻そのものだった!今にして思えば、この気づかないことを気づかせるちょっとした工夫こそクリエイティブのセンスと言えよう。

私はデザイナーにとって最も大切なことを、このとき小学3年生のはやとくん(仮名)から学んだのである。

3年生のある日、先生が「明日は全員洗濯バサミを持ってきてください」と言った。各自の机に雑巾をぶら下げるために必要とのことだった。

ただ持っていくだけでは面白みに欠けると思った私は、家の物置を物色したところ、なぜか20センチくらいある巨大な洗濯バサミを発見したのだ。透明のアクリル樹脂でできたそれは、かつて百貨店のディスプレイで使われていたものらしい。これはウケる!

翌日、「みなさーん、洗濯バサミ持ってきましたねー」「はーい」と、クラス全員が洗濯バサミを持って返事をした際、私もその巨大なそれを掲げた。
ウケた!

みんな笑ってくれて私も嬉しかったのだが、それを見たはやとくん(仮名)が放課後私のところへ寄ってきて「ね、頼む! 頼むからその洗濯バサミで俺の舌をはさんでくれ」と言うやいなや「んべっ」と舌を出してきた。

さすがにこれには私も驚いた。そもそも意味がわからんし、私としても自分のものに他人のヨダレが付着することに抵抗があったのだ。
「なんで?」
「なんでも!!」と、らちがあかない。

「はさんでくれ」「いやだ」と押し問答をしているうちに周りに人だかりができてきた。みんなに訳を話すと「減るもんじゃないんだからはさんであげなよ」というのが大多数の意見だった。

え? じゃあ、この感覚を理解できてないのって自分だけですか? 子供には子供の社会というものがあって、それなりに協調性を見せないと報復があったりして、シャレになんないことをそれなりにわきまえていた私は、不本意ながら民意に従った。

みんなが見守る中、巨大な洗濯バサミで舌をはさまれたはやとくん(仮名)は、ふうん、こんなもんかと納得したようで、それなりに満足してくれたようだ。私はそれを水洗いした後、机の脇に吊るした。

4年生になった。クラス替えは行われなかったが、教室は新築の校舎に移った。黒板もカーテンもまっさらで、教室も廊下もトイレも新築のにおいがした。新しいって気持ちがいい。と、はやとくん(仮名)が私を男子トイレに呼び、こう言った。「たのむ! 髪の毛を何本か抜かせてくれ」

構わないが訳を聞かせてくれと言うと、彼は情熱的に語りはじめた。とにかく、きれいすぎる便所は"ダメ"なんだという。何故かと尋ねてもダメなものはダメなんだの一点張りで、それを打開するには便器にチンゲが付着してないといけない。あいにく10歳の自分にはまだ生えておらず、かわりに髪の毛を付着させようにもスポーツ刈りなので使えない。

そこで程よい長さの私の髪の毛を抜かせてくれと言うのだ。なるほど、その気持ちはわかる。私はぬっと頭を彼に向け、数本の髪の毛を抜いてもらった。
「ありがとう」そう言うと彼は、一本ずつ丁寧にそれを引っ張って縮れさせパッ、パッ、と便器に撒いたのだった。そのときの満足げな顔は今でもよく覚えている。

ある日、はやとくん(仮名)は「ねえ、チンチンを上にむけてションベンしたら、どれくらいの高さまで上がるかな」と尋ねてきた。
「そうだなあ、朝からオシッコをがまんしていれば、天井くらいまではいくかもしれないね」と答えると、彼は目を輝かせ「天井、いけるかな。俺、こんどトイレでやってみようと思うんだけど見ててくれないか」

でも、もし天井についたら、きみのオシッコのしみを頭上に感じながら用をたさなきゃならないのか。それはそれで嫌だな。そうは思ったものの夢を壊すのも申し訳ないと思った私は「うん、いいよ」と答えたのだ。

数日後の朝、「今日、やるから」と彼は言った。長時間オシッコをがまんしているらしかった。眉間にしわを寄せた表情に男の決意が感じられた。

休み時間、数人のギャラリーを前に彼はついに実行した。勢い良く小便器の壁に当てていたオシッコを徐々に上方へずらしていき、それは窓の高さを越え、そしてついに天井に届いたのだった。

歓声が上がった。周りは偉業達成に大喜びだった。しかし、なぜか私はそれをアホらしく感じてしまい、一条のしぶきが上がりつづけるトイレを後にしたのである。と、そのとき、私と入れ替わりに熱血体育教師のU先生が入ってきたのだ!

「おまえらなにをしとるかー!!!!」
U先生の怒鳴り声が校舎中に響き渡った。ギャラリーは一目散に消えていったが、はやとくん(仮名)の放尿はどうにも止まらない。

振り返ると、驚愕の表情を残しつつその場に固まりながら、なおもションベンを噴水のようにほとばしらせていた彼の姿があった。それは今でもストップモーションとなって私の脳裏に焼き付いている。

あれから30年以上も経つのかと思うと、ちょっとびっくりである。その後はやとくん(仮名)は、ほどよいバランス感覚でたのしく世渡りをし、今では会社経営者兼歌手!らしい。

なにはともあれ、私の人生において彼との出会いは宝である。
今、私がデザイナーとして仕事を続けられているのも、彼の遊びのセンスに出会えたからのように思えるのだ。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。