わが逃走[105]銀河鉄道の巻/齋藤 浩

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こんにちは。先日、国立天文台三鷹キャンパスなるところに行って参りました。小高い丘の上のだだっ広い森の中に戦前の建築が点在していて、そりゃあもうカッコイイと噂に聞いたからだ。場所もウチから車で40分程度。調布飛行場の近所だ。

私は外来者用の駐車場に車を置いてから入口へ回ったのだが、バスで来るといかにもな表門から入ることができる。
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駐車場からアクセスすると、周囲はご覧の通りこのとおり森である。
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入口脇の守衛所(なかなか素敵な木造建築)で記帳しビジターワッペンを服に貼れば、立ち入り禁止区域以外は見学自由。

さっそく見学コースを歩いてみた。てくてくと木々に囲まれた道を歩いてゆくと第一赤道儀室がある。木でできたドームの中には1921年に作られたカールツァイス製望遠鏡が!
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60年もの長きの間、太陽黒点のスケッチ観測を続けたそうな。今では第一線を退いているとはいえ、私が訪れたときも太陽の姿を投影していた。
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金属とガラスと木でできたワビサビのある空間に映し出される太陽の姿。ここで金冠日食の観察をしたかったなあ。




さらに行くと大赤道儀室がある。
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この建物、第一赤道儀室と比べてかなりデカイ。ここはワビサビというよりギミックの館だ。なんと床全体がエレベーターになっているのだ。江戸川乱歩の小説に出てきそうな味わい。

望遠鏡もかなりデカイ。おおナルホド、デカい望遠鏡をどんな角度からでも覗けるようにってことで、床全体がエレベーターなのだね。この望遠鏡もカールツァイス製。戦前のものなので『Carl Zeiss Jena』の刻印があった。2002年に登録有形文化財に登録されている。

ちょいと戻って奥へ行ってみると、アインシュタイン塔が見えてくる。ドイツのポツダム天体物理観測所と同じ研究目的で造られたことからそう呼ばれるとのことだが、本家アインシュタイン塔のようなドイツ表現主義建築を期待しちゃうと、「......」と思わなくもない。

ネーミングの由来がそんなゆるくていいの? きっとこの愛称も『日本アルプス』みたいに長く使われているため定着したのだろう。

建築自体は(本家ほどキャラは立ってないが)カッコイイ。しかし立ち入りはおろか、近寄れもしないんだよなー。そこがイマイチ残念であった。時間帯も午後だったせいか見事に逆光。
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こんどは早起きして午前中に来よう。そしてスクラッチタイルの外装が美しい旧図書庫を抜け、ゴーチェ子午環へと向かうのだった。

ゴーチェ子午環! 子午環てのはアレだ、子午線上の天体を観測するための望遠鏡。つまり南北方向にしか動かない! だからかまぼこ型なんじゃないか? おそらく。
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建物は、1924年製。ってことは米寿。あとひとまわりしたら100歳だな。とてもそんなお年寄りには見えないシンプルかつキュートな外観が素敵。それにしても、とって付けたような入口がほほえましい!
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などと思っていたら5時の閉館時刻がやってきた。ここにいると3時間くらいあっという間に過ぎてしまう。他にも資料館や展示室など、ぜんぜん整理されずにぎっしり並んだカッコイイ骨董品を見ることができる。なんつーか、宮沢賢治の世界かも。そうだ。そうに違いない。

などと思いつつ家に着く。宮沢賢治かー。確かにな。そういえば『銀河鉄道の夜』、すでにストーリーを忘れていたので再度読んでみたところ、こんな繊細な話だったのかと改めて驚いた。

そもそも宇宙に鉄道を走らせるっていう発想がすごい。考えてみれば小学生の頃「読まないとバカになる」とか「読まないと学校でいじめられるぞ」とか、親に脅されながら我慢しつつ中学受験のために読んでいたので、ろくな印象か残ってなかったのだ。

とはいえ、実際この話は小学生には難しすぎるかも。少なくとも、脳が異常に現実的だった10歳の私には明らかに無理だった。

その後もどちらかといえば『999』の方に親しみを感じていたが、この度再読するに「ほほう、銀河鉄道は軽便鉄道だったのか!」などと忘れていた事実を知ったのだった。するってえとドイツから輸入されたコッペル製機関車あたりが牽引していたのか。

強すぎた999の印象は一気に払拭され、脳内に改めて銀河鉄道のイメージが形成されてゆく。おもむろに紙と鉛筆を取り出し、『宮沢賢治』と書いてみる。するとどうでしょう。宮も沢も賢も治も、蒸気機関車に見えてきた。
てことでこんな絵を描いた。宮型機関車。
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さらに沢型機関車。
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いずれも明治〜昭和初期に輸入された外国製機関車をモチーフにしている。
うーん、なにやら面白くなってきたぞ!(つづく)

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。