わが逃走[140]H.R.ギーガーを思い出す。の巻/齋藤 浩

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スイスの画家H.R.ギーガー氏の訃報を聞き、30年前を思い出している。

映画『エイリアン』の映像に、人格形成時の齋藤浩は脳天をハンマーでたたき割られる程の衝撃を覚えたのだった。

「スター・ウォーズ」公開後とはいえ、その頃の日本では相変わらず未来は明るく希望にあふれ、宇宙人は銀色の全身タイツを着用しているものと相場は決まっていたのだ。

そこに突如として現れた、リドリー・スコットによる暗く湿った不安な未来。そして、どうしても目を背けられない美しい恐怖!

こりゃあコドモ心にトラウマが残るか、どっぷりその美意識に共感してしまうかの二択だろうね。で、私はというと後者の方だった。

そしてその影響力は、スーパーカーブームのような即効性のものではなく、じわじわ効いてくる薬膳のような衝撃だったのだ。




宇宙生物はまだ誰も見たことがないので、そのデザインには「見たこともないものを見てしまった!」という衝撃が求められる。しかしデザイナーも人間である以上、見たこともないものを具現化するのは並大抵のことじゃない。

しかしそれをやってのけてしまったのが「エイリアン」なのだ。

劇中に登場する、円盤でも飛行機でもない宇宙船や、古代遺跡のレリーフを思わせる体表を持つグロテスクな生物は、誰もが初めて見る美しさだったと言えよう。

厳密に言えば、それらは"不快に思われるモノ"(ドクロやチンポや節足動物)を組み合わせたフォルムだと言えなくもないが、まとめ方が絶妙なのでそれにまったく気づかない。

「エイリアン」の伝説たる所以は、この"初めて見ちゃったショック"によるところが大きいと思う。

しかし、劇中のシーンでは部分アップが多く、エイリアンの全身像はほとんど謎のままだ。ここがまたオタク心をくすぐる。なんとかエイリアンの全容を確かめたい。━その後、書店で「月刊スターログ」なるSF専門誌の存在を知り、立ち読みしているうちに、エイリアンのデザインがH.R.ギーガーによるものだと知る。

ちなみに当時の「スターログ」は超硬派で超高価(内容は濃いがページが少なくペラペラのくせに680円もした)、中学生が買うと残りの歳月をどのようにやりくりしていけばいいのかわからんような雑誌だった。

しかし、そこにはエイリアンのデザイン画や巨大セットでの撮影風景など貴重な資料が紹介されており、テレビを録画したベータ方式のビデオだけではつかみきれなかった、地球圏外生物の全貌を少しずつ知ることができたのだ。

それでもエイリアンの全身像の資料は少なく、中学生にできることといえば限られた素材を記憶しながら、脳内でひとつにまとめてスケッチしつつ構造を検証する程度。

同じ頃、「ポパイ」だったか「モノマガジン」だったかの誌上で、SFオモチャ特集が組まれた。

当時国内ではまだ馴染みの浅かった、アクションフィギュアやメタルフィギュア等の収集家が、自慢のコレクションを披露するといった内容のものだったが、私はその中で紹介されていたエイリアンに目が釘付けになったのだ。

MPC社のプラモデルとケナー社のフィギュア。いずれも大味な造形で資料的価値は低いが、360度から構造を確かめられる全身像が海外では売られていたのだ。これは欲しい!

しかし、S玉県の田んぼしかない町に舶来の玩具を扱う店などあるはずもなく、仮にあったとしても情報がない。情報といえば月末に発売されるオタク雑誌から得るしか方法がなかったのだ。

「ホビージャパン」発売日に立ち読みにでかけると、巻末に小さく広告が載っていた。「MPCエイリアン2個セット3800円、送料1000円」。送料が1000円も! しかも何故2個セット??

中学生に4800円などという金はないし、いくらエイリアンが欲しくても2匹もいらないよ。困った。1匹半額で売ってもらうよう店に交渉してみようか。ダメだろうな。

一晩考えた翌日、SF映画の話がわかる数少ない友人のひとりタクヤ君に「半額ずつ出して買わないか」と持ちかけた。すると意外なことに「いいよ」との返事。善は急げということで、放課後に現金書留を送り、到着を待った。

2週間後に届いたそれは、少年達に映画の恐怖とは真逆の感情をもたらしたのだった。「しょぼい!」

手と体と頭のオモテとウラを貼り合わせ、しっぽをつけて完成。しかもエイリアンというより佃煮みたいないいかげんな作りで、箱だけはデカい。

「ま、アメリカだからね」。無理矢理納得し、仮組みしたエイリアン像を眺める。映像に比べて頭は短いようだが、胸や足のディテールがわかったことは確かに嬉しい。

よく見れば、こめかみ周辺のディテールは「醤油チュルチュル」じゃないか! などという発見もあった。

しかし、費用対効果の低すぎる買い物をしてしまったショックの方が大きかったようで、エイリアンへの執着は急激に薄れていったのだった。

数年後、映画「エイリアン2」が公開される。予告編を見たときに、違和感を覚えたが、実際に見て謎が解けた。

頭の形状が違う。エイリアン最大の特徴でもある、あのいやーんな形の透明なキャノピーが外されているのだ。そして、卵の開き方もどちらかといえば植物的で、生殖器のような動物感がないのである。

この作品、映画としては最高のエンターテインメントとして完成しているとは思う。

しかし「エイリアン」とはまったくの別物、映像からあふれるエレガントな美しさが微塵もなくなってしまったのだ! 残念だ。実に残念! と熱く語るS玉県在住の男子高校生は間違いなくモテない。

どうやら今回の映画化に際して、H.R.ギーガーは参加してないらしい。しかし、この頃から日本ではギーガーブームがわき起こる。

美術書コーナーには彼の作品集「ネクロノミコン」が大々的にディスプレイされ、今まで謎だった「エイリアン」のメイキングシーンを美しい写真でまとめた「ギーガーズエイリアン」も発売された。

翌年冬、忘れられない出来事があった。なんとH・R・ギーガー展が渋谷SEEDで開催されたのだ。会場には数10点に及ぶ絵画と映画のための美術デザイン、そしてエイリアンの原寸大オブジェが展示されたのだ。

これはもう行くしかない。家から最寄り駅まで5.5km、自転車で15分。駐輪代が100円で、駅から渋谷までの交通費が510円、入場料が600円だったが、こういうことをケチってはいけないのだ。

会場は意外と広く、静かだった。ハウスマヌカン風の女性や肩パッド入りスーツを着た男性が数人いるだけだ。

入ってまず目に入ったのが「ネクロノミコン」収録作品の数々。意外だったのはその表面があまりに平滑だったことだ。エアブラシで描いているので当たり前といえば当たり前なのだが、あの悪魔のレリーフとも思える立体感を持つ作品に何一つ凹凸がみられなかったことにまず驚かされたのである。

そして、エイリアンのためのデザインの数々。「ギーガーズエイリアン」を何度も立ち読みしていたのだが、やはり本物には説得力があった。実はギーガーには世界はこのように見えていて、それをただ写実的に描いているだけなんじゃないか? それほどの落ち着いた狂気を感じたことを思い出す。

そして原寸大エイリアン。本物のエイリアンだ。身長は2メートルほど。人形のように直立不動のポーズをとっているが、このいまにも動き出しそうな生命感はなんだ? 

銀色の歯を見上げる。コワイ! こんな奴に目の前に立たれたら、足がすくんで動けなくなって当然だろう。

背後へまわる。意思を持っているような背中から生えた4本の太い茎、そして後頭部の表面の皮膚は病気にかかったように剥けていた。

異常! 異常! ギーガーの脳は絶対異常! イッちゃった人だけが描ける世界、それが「エイリアン」の世界だったんだ。スゴイけど憧れたりめざしたりはしないぞ! 高校生の私は恐ろしくなって会場を後にした。

その後映画「ポルターガイスト2」公開や目黒の「ギーガーズバー」オープンでブームはさらに拍車がかかる。バブル景気にのって制作された「帝都物語」にもコンセプトデザイナーとして彼の名前があるように、なんでもかんでもギーガーになってしまったのだ。(ところで、コンセプトデザイナーって何?)

こうなるともはや神秘的なイメージもなくなり、ギーガー=商業活動の1ジャンル、という印象になってくる。「ポルターガイスト2」の彼の仕事も場違いな印象だったし、「帝都物語」にいたっては無意味以外の何ものでもない。目黒のバーも行かずじまいだった。

こうして私の中でギーガーは過去のものとなっていったが、最初に受けた衝撃は「今」のままだ。

そう思うと、リドリー・スコットこそ最高のアートディレクターであり最大の功労者だったということか。ギーガー自身は映画の仕事が嫌だった的な言葉をいくつも残しているけどね。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
< http://tongpoographics.jp/ >

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。