わが逃走[212]冬の尾道の巻 その3/齋藤 浩

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尾道カメラ散歩の続きの続きです。

この日もとくにあてもなく、前日と同じようなコースを往復しただけなのですが、それでもまったく飽きず。

この細くこんがらかった路地を迷いながら歩くことの面白さといったら!

とまあ、何度も同じようなことを書いているオレでありますが、尾道という街は私が愉しいとか美しいとか感じる要素が凝縮しているんですね。

初めてここを訪れてから30年近く経つわけですが、これからも通い続けることになると思います。




○でっぱり
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山陽本線の線路脇に発見。寺社への参道と交差するかたちで、東西に線路や国道がのびる尾道。その交差のしっぷりがアンダーパスだったり橋だったり踏切だったりと、バラエティに富んでおり、なぜそのような形になったのか?な物件も多い。このでっぱりも、かつての鉄道構造物の遺構なのだろうか。

○瀬戸内海
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千光寺の展望台から向島越しに見えた風景。足元にある「部分」ばかり見ていると、「全体」を捉えられなくなってくる。

そんなときにこういった風景に出くわすと、脳のモードが変わる。主観と客観の切り替えを意識せねば、と思う。人生を楽しくするには、虫の目と鳥の目との往復が肝要。敬愛するK先生の教えです。

○虚像と実像
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パッチワークのような工事跡だらけ、しかも複雑な起伏の路上にストライプパターンの影が落ちる。

二次元と三次元、ネガとポジが同時に主張しあっている様は圧巻といえよう。とはいえ、ただの影と言ってしまえばそれまでなので、うわー、この影スゲー! とか捲し立てると変な人と誤解されかねない。

ただでさえ、一般的な被写体(たとえば花とか)を撮影しているわけではないので、ヒトの視線には注意だ。

人畜無害な観光客です、こんにちは! と地元の人には友好的に接することを心がけよう。どうでもいいが、このとき路上のウンコふみそうになった。虚に見入られて実が認識できなかったわけだ。

○アパートの階段
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この階段に会うのは5年ぶりくらい。尾道は迷路のような街なので、前に来たことがある場所に行きたくても、そう簡単にたどりつけないことが多いのだ。今回も偶然。

この建物にはたぶんもう誰も住んでないけど、やさしく人を迎えてくれる感じがして良いなあと思う。尾道にはそんな物件が多い。

○宇宙
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もはや絵画としか思えない錆びた鉄板。はやぶさが大気圏に突入するよりも、はるか以前に描かれていたっぽい。

前回のハレー彗星の頃のものか? いや、パイプオルガンを奏でながら迫りくる白色水星の頃より前かもしれない。

○インフラ天と地と
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狙ったわけではないけど、気づいたら地を這う配管に、宙を舞う電線の影が交差していた。撮り終えた後に気づく、こういう発見は妙に嬉しい。

配管の構成にしても、上半分は水平に設置され、高低差が出たところで垂直に下り、いったん横方向に曲がってから、こんどは路面の傾斜に沿って下降してゆく。

とくに意味があるとは思えないが、独特のリズム感に無作為芸術を感じるのであった。

○光合成
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庇と庇が重なるくらい、住宅が密集している。路地を歩いていても、ほとんど光がささない。なんだけど、その複雑に入り組んだ構築物の間の一瞬の隙を突くように、植物がライトアップされていた。

今、この植物と太陽との間には一切遮蔽物がない、両者は直線で結ばれているのだ。と思うと、あやしうこそものぐるほしけれ。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。