わが逃走[263]家の中でじっとしていてもツマランので、脳内で散歩するの巻 その3
── 齋藤 浩 ──

投稿:  著者:



写真を撮りたいが、旅に出るのは自粛したい。

先日は、東京の一日の感染者が60人を超えたそうです。にも拘わらず「東京アラート」は発令されず、なにやら基準を変更するそうな。似たような状況は、前にも経験したことがなかったか。

旅には出たいが、東京から来たと聞いて、地元の人が歓迎してくれるようになる迄は自粛かなあ。
なので、今回も脳内で旅に出ようと思う。

今回は二年前の夏、出張ついでに富山で半日「富山地方鉄道」に乗ったことを思い出すことにする。





富山地方鉄道は、市内と宇奈月を結ぶ本線、立山を結ぶ館山線の他、市内電車やバス路線など、地元の移動に不可欠な由緒正しい私鉄である。

私が初めて富山地鉄を体験したのが今からちょうど二十年前で、「なんて美しい!」と思った。この言葉につきる。

列車の運用のされかたも、車窓からの風景も、乗降客も、駅員さんも、すべてがなつかしく、まるで実家に帰ってきたかのような気持ちになるのだ。乗るだけで!

で、もし北陸に用事があれば、なんとか時間を作って富山地鉄に乗りたい。

常々そう考えており、二年前の出張の際もちょっとだけ早く家を出て、カメラ片手に「ただ乗るだけ」の旅を楽しんだと記憶している。たぶんそんな感じだ。違ったかな? まあ、だいたいそんな感じだ。

JRとの接続駅である電鉄富山駅。始発駅なので、こんな夢のあるディスプレイを見ることができる。
http://bn.dgcr.com/archives/2020/07/02/images/001

富山観光ポスターの下に、ずらっと並んだヘッドマーク!

そもそも私がグラフィックデザインを意識した最初の物件は、ブルートレインのヘッドマークだった! ような気がする。

最近「ような気がする」が増えてきた。

まあ、少なくとも影響を与えてくれた物件のひとつが、鉄道車両のヘッドマークだ。この中でも「試運転」は存在自体が希少価値であることのほか、この絶妙なパースがかった書体がタマラン。もちろん手書き。

観光地とは無関係の地味な駅に降りてみた。「下段駅」。しただん、と読む。
http://bn.dgcr.com/archives/2020/07/02/images/002

この日はフェーン現象でものすごく暑かった。線路も熱で溶けるんじゃないか。こうして見ると、線路って青いんだな。空も青い。山も青い。ずーっと終点まで青を映し続けていると思うと、なかなか風情を感じてしまう。

下段駅を、向かいの田んぼから見上げる。
http://bn.dgcr.com/archives/2020/07/02/images/003

こういう由緒正しい夏なら、多少暑くても許す。きっと夕方になれば涼しくなるのだ。空気が濃い。

日差しも強いぶん、写真に撮るとコントラストも強まり、シャドウ部が真っ黒になりそうだが、ホーム上の待合室は田んぼの緑を反射しているような印象だった。

たしか午前11時頃だったと思うが、早朝や日没の頃の雰囲気も見たいものだ。

寺田駅。
http://bn.dgcr.com/archives/2020/07/02/images/004

何度かこのコラムでも書いているが、「マイ文化遺産」にオレが勝手に登録したすばらしい木造建築だ。

本線と立山線との分岐駅で、この扇型ホームのアールに沿ってそれぞれの線路はカーブし、目的地へと向かう。

ワイドレンズで撮影した、線路の曲線を見てくれ! これでごはん三杯はイケるだろう。

車窓から。
http://bn.dgcr.com/archives/2020/07/02/images/005

この日は電鉄富山→下段→寺田に戻って→岩峅寺→電鉄富山という、富山地鉄小さく一周コースをとった。

この写真はたしか岩峅寺へ向かう途中、進行方向左側だったので、あの山や、有名なナントカ岳が見えていることになる。間違っているとかっこわるいので書かないことにする。

そんなわけで、また行きたいぜ富山。


【さいとう・ひろし】
saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。