新連載・わが逃走[1]自己紹介の巻
── 齋藤 浩 ──

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みなさんこんにちは。齋藤浩です。グラフィックデザイナーとして、地道な活動に励んでいる者です。

さて、先日柴田忠男さんから「なんでもいいからコラムを担当してください。ノーギャラですが。」と、お誘いのメールをいただきました。

オレは物書きではない。が、文章を書くことは嫌いではない。いやむしろ好きといえよう。こんなオレの書いたものがメールマガジンとして配信されるなんて嬉しいじゃないか。しかも、ノーギャラってことは裏を返せば何書いたって良しってことでしょ? こいつぁ面白くなってきた! という訳で、二つ返事でOKしちゃった。

さて第一回。まずは皆さんに私を知っていただきたいので、私の名前についてつらつら書こうと思います。

名前。これにはずいぶん悩まされています。何故か。そう、私の名前はあまりにもありふれているのです。今までの人生で同姓に、同名に、そして同姓同名の方に何人も出会いました。そして、その度にひとには理解できない苦労話が生まれるのです。


【その1/小学校時代 うっすらとした不安感】

小学校に入学したら、常にサイトウが同じクラスに2人いた。ヒロシも2人。私はケンカに弱かったし、勉強もほどほどレベルだった。なので、サイトウくんといえばケンカの強いサイトウくんを指し、ヒロシくんといえば勉強のできるヒロシくんを指すという認識がいつのまにか出来上がってきた。

もちろん周りは意識してそうしていたのではない。でも、だからこそ、自分の名前が他人のそれよりも意味をなしていないことへのうっすらとした不安感が、常につきまとっていたように思う。

担任の先生から渡された手紙に
さいとう(浩)くんへ
と書かれていたことへのやり場のない気持ちをおわかりいただけるだろうか。さいとうかっこひろし。サイトウカッコヒロシ。

だったら、さいとう浩でいいじゃん。カッコなんて書かなくてもいいのに。その方が手間も省けるはずなのに、なぜカッコ!!

幸い小学生の頃はあだ名で呼ばれていたので、他の人と名前で間違われるようなことは少なかった。

しかし、年齢が上がるにつれて徐々にこのありふれた名前の持つ危険な運命の渦に巻き込まれていくことになるのであった。

【その2/高校時代 えん罪】

高校2年のとき、身に覚えのないこと(授業をサボったとか)で職員室に呼ばれ、担当教員にさんざん怒られたことがあった。最初は「やってません」と言っていたのだが、「嘘をつけ! 証拠はちゃんとあがってるんだ!!」と言われ、証拠があるなら仕方ないな。ひょっとしたら無意識下でやってたのかも…と思えてきて、結局「申し訳ありません」と謝ってしまった。

後でそれは同姓同名の3年生に間違われていたことが分かったのだが、いまさら「ほら、僕じゃなかったでしょ」と、職員室に言いにいったところで何になる? と思い、そのままにしておいた。えん罪ってこんなふうに発生するのだろうか。

【その3/大学時代 未来派事件】

大学時代、アールデコやらモダニズムやらに傾倒していた私は当然の流れで未来派に興味をもつ。1989年頃。ちょうど池袋のセゾン美術館で『未来派展』が開催され、その帰りに寄った西武百貨店の洋書コーナーであるものを発見した。

『未来派CD 5枚組ボックス ¥9,800 在庫切れのため、ご予約受付中』。

マリネッティ(未来派宣言を発表した人)の演説の声なんかが延々とくりかえされる実にマニアックなCDなのだが、にわか未来派野郎と化していた私は予約すべくレジへ直行した。

「あ、あの未来派CDボックスが欲しいのですが」
「かしこまりました。お名前は」
「齋藤浩です」
「サイトウヒロシさま。でしたらもう届いてます」
「え、それって早すぎない?」
ものすごく不審に思った私は伝票を見せてもらうと、確かに齋藤浩とある。でもよく見ると、住所が板橋区。

愕然としました。よりによってまたサイトウヒロシだ。しかも極めて狭く深い同じ趣味。私はそれが同姓同名の別人であることを店員に告げ、改めて予約をしてその場を去った。

危険だ。危険すぎる。もしこれが逆の立場だったら? しかも予約したものがあまり他人に知られたくないもの(例えば足フェチ関係)だとしたら? だんだん恐ろしくなる。事実この十数年後、別のサイトウさんの荷物が年に数回誤配されるようになった為、逆もまたしかりということで、私はエッチなDVDを通販で購入することを諦めることとなるのだ。

果たしてサイトウがサイトウを呼ぶのだろうか。

そういえば入籍するときに区役所で「サイトウさん」と呼ばれたので行ってみると、離婚届を出す他のサイトウさんだったなんてこともあったが、そんなことはこれから語る偶然に比べれば日常茶飯事である。

【その4/大学時代 電話番号の怪】

そう、“未来派事件”と同じ頃、出先から何かの用事で家に電話をした。母が出るはずなのだが、「はい、サイトウです」という受話器の向こうの声が妙に若々しい。「あ、オレだけど」「どちらさまで?」「え? サイトウさんですよね?」「そうですが」「電話番号はXXX-XXXXですよね?」「そうです。XXX-XXXXです」

噛み合ない問答が繰り返された。相手はサイトウと名乗っている。でも明らかに私の家ではない。

しばらく考えた末、解った。あ! ここ都内じゃん!! 市外局番を付け忘れたことに気づいた私は間違い電話を侘び、あたふたと受話器を置いた。しばし呆然とする。

しかし、こんな偶然があるのだろうか。隣接する東京とサイタマで、同じ7桁の番号があてがわれた先が同じサイトウ。

でも、このときすぐに悟った。サイトウとはそれほどありふれた名前なのだ。人を見たらサイトウと思え。サイトウと呼ぶ声が聞こえても、その相手は俺じゃない、他のサイトウだと。

とはいえ、これほど多いサイトウなんだから、例えば有名人にもっとサイトウがいてもいいのではないかとも思う。街を歩いていてよく目に留まるサイトウは、せいぜい布団屋か水道屋なのが不思議だ。

【その5/ついに他のサイトウヒロシに……】

ここ数年、サイトウさんと仕事することが増えている。プロデューサー、コピーライター、カメラマン、デザイナー、税理士……さまざまな職業のさまざまなサイトウさんと出会った。

同じ仕事をしているチーム4人中、3人がサイトウで、内2人がサイトウヒロシだったこともある。

当然、チーム内で同姓同名がいると、なにかと問題も発生する。法人化する前、私の事務所は齋藤浩デザイン室を名乗っていたのだが、某広告代理店に所属するサイトウヒロシさんはこっそり自分で会社を作って仕事を回していると疑われたらしい。

また、その仕事が雑誌に掲載された際キャプションがサイトウだらけになり、情報は正しいのに誤植に見えてしまうという現象が発生した。
CD サイトウヒロシ
C サカモトシンジ
AD+D サイトウヒロシ
Pr サイトウヒサシ
今見てもこりゃ変ですね。同族会社みたいでうさんくさい。

そして、ついに恐ろしい事件が起きてしまった。ある雑誌でイラストを描いたのだが、そのギャランティが他のサイトウヒロシさんに支払われそうになったのである。

幸い不審に思った経理担当者から電話があり、結果無事私の口座に入金されたのだが、実害が発生するギリギリのところだった為、もはや間違いではすまされなくなってきたことを実感した。

サイトウなんてありふれた姓なんだから、せめて名前は一光とか靫正とか龍一とかカッコイイ名前にして欲しかったのに。30も半ばにさしかかった頃、母に名前のことで文句を言ってみたところ、「ぜいたく言うんじゃないの。ヒロシじゃなかったらヨシオになるところだったのよ。ヨシオよりましでしょ。」と言われて「うん、確かに。」と納得してしまった。今思えば論点のすり替えであることは明白なのだが。

以上、本業のデザインとは全く無関係に、つらつらと名前について書いてみました。私の周りにはめずらしい名前、美しい名前の人も多く、サイトウでヒロシであること故の苦労を理解していただける方はあまりいません。

ですが、みなさん。もし人の名付け親になったなら、姓名判断だ画数だとかいう以前に「ありふれてる名前」をつけないよう心がけていただきたいと思います。

ちなみに私のこれからの人生で怖いのが、同姓同名と間違われての年金支給拒否と医療ミスです。おかげで緊張した老後が送れそうではありますが。

[齋藤浩]saito@tongpoographics.jp
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
< http://www.c-channel.com/c00563/
>


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A Y.M.O.FILM PROPAGANDA ウィンターライブ’81 HAS/HAS HUMAN AUDIO SPONGE Live in Barcelona-Tokyo パブリック・プレッシャー ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー

曲名リスト
  1. OPENING(LAグリークシアター開演前風景)
  2. BEHIND THE MASK(1979年LAグリークシアター公演)
  3. COSMIC SURFIN'(1979年LAグリークシアター公演)
  4. RYDEEN(1979年LAグリークシアター公演)
  5. 東風(1979年LAグリークシアター公演)
  6. Private Shot in London(1979年)
  7. FIRECRACKER(1979年NYCハラー公演)
  8. SOLID STATE SURVIVOR(1979年NYCハラー公演)
  9. DAY TRIPPER(1979年NYCハラー公演)
  10. フジカセットCF テクノポリス編 120秒
  11. TECHNOPOLIS(1980年夜のヒットスタジオ)
  12. フジカセットCF 歩き編 30秒
  13. TIGHT'UP(フジテレビジョン1980年YMOスペシャル)
  14. RYDEEN(フジテレビジョン1980年YMOスペシャル)
  15. 中国女(1980年日本武道館公演)
  16. CITIZENS OF SCIENCE(1980年日本武道館公演)
  17. フジカセットCF テクノポリス25時編 30秒
  18. BCM 発表告知CF
  19. 体操(VIDEO CLIP)
  20. 階段(1981年新宿コマ劇場公演)
  21. 新舞踏(1981年新宿コマ劇場公演)
  22. CUE(1982年フジテレビジョン ミュージックフェア)
  23. 君に、胸キュン。(VIDEO CLIP)
  24. 音楽(1983年日本武道館公演)
  25. SHADOWS ON THE GROUND(1983年日本武道館公演)
  26. EXPECTING RIVERS(1983年日本武道館公演)
  27. 以心電信(フジテレビジョン1983年夜のヒットスタジオ)
  28. 君に、胸キュン。(Making)

by G-Tools , 2007/06/28