グラフィック薄氷大魔王[96]アナログ絵とデジタル絵のパラドックス
── 吉井 宏 ──

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デジタルで描いたものよりも、絵具で描いた一枚もののタブローのほうが明らかに存在感がある。質量のある物体だもの。解像度無限大な上にz軸もある。世界に一枚しか存在しない。物理的に刷り部数に限りがある版画も同様。物体として愛でるに足るのはアナログだ。デジタル至上主義者みたいな僕でもそう思う(逆に、デジタルのプリントに加筆など細工して一点物に仕立てるのは、たいていの場合ごまかしであり技術に対する裏切りだと思う)。

ところで、今は絵具で描くアナログ画家もデジタルの恩恵を受けることができる。つまり、PhotoshopやPainterなど画像処理ソフトを使って、構図・形・色彩を綿密に設計することが可能だ。昔、パソコンで画像が扱えると知った時、エスキース制作に使えるぞ! と思った人は多いはずだし、実際にそうしている人もいるだろう。デジタル上でじっくり設計を固めてから絵具で制作した作品は、アナログ手法のみで制作された作品よりも完成度が高いはずなのだが……ここで問題が。


パソコンでどこまで設計を詰めるかにもよるが……、デジタルですでに完成直前の域に達している絵を、キャンバスに絵具で描き写す作業は、どう考えてもアートやクリエイティブとは言えない気がする。いくら完成度が高くても、それは塗り絵みたいなものじゃないかなと。デジタルで仕上がったものが本物でいいんじゃないか? アナログで仕上げたものがコピーや再現にしかならないなら。

僕みたいなデジタルの人でも、ときたま絵具で描きたいと思ったりもする。即興の絵ではなく、渾身の力で最高の作品を作ろうと思えば、当然、得意なデジタルを利用して作品を隅々まで練り上げようってことになる。で、デジタル上で完璧に設計が終われば(つまりデジタルで一度仕上げたら)、こんどは絵具でそれを描き写す作業だ。

ひょっとすると、キャンバスの仕上がりサイズに合わせて大判プリントし、横に置いて見比べながら制作するかもしれない。また、下絵の線画を描き写すには、キャンバスに直接プリントしたほうが正確だ。もっと言えば、キャンバスにカラーでプリントし、その上に絵具を塗り重ねれば、色は完璧……、う〜〜ん。アホらしい。

つまり、作品の完成度を上げようと思ったらデジタルを利用するほうがいいに決まってるのに、描かれたアナログ作品は塗り絵になってしまう、というパラドックス。まあ、デジタルで下絵を描いた上でキャンバスに描き写したことを極秘にしておけば、表に出るのは正真正銘のアナログ作品ってことにできるかもしれない。でも、毎日塗り絵ばかりの画家はつまんないだろう。パソコンを使って制作していることを秘密にしている画家がいたらバカみたいだ。某画家のデジタル疑惑スキャンダル「いいえ、Photoshopなど絶対使ってません!」って?

もう一例。画像処理ソフトなど全く使わず、アナログで最後まで仕上げた絵があるとしよう。「ここの色がほんの少し鮮やかだったらなあ」「この部分を3センチ右に寄せたらバランスいいのに」と感じ、絵を複写かスキャンしてPhotoshopで編集、元絵より良くなることを確認した。これ、わざわざ画面通りに絵具で修正する?

もちろん、完成度ばかりが絵の価値じゃない。カッコよく言えば、作家の息遣いや人生までも感じられるようなライブ感、一本のストロークにも集約される技巧。「その作家自身の手で生み出されたもの」という価値。さらに、絵のサイズ、絵具の厚みや表面の質感、失敗した部分、匂い、重さまで含めて「作品」というのは全面的に同意。例えばコンサートで、「ギタリストが高揚のあまり空振りして出なかった音は観客には届かなかったのではなく、空振りした音が届いている」ってのと同様、絵という物体にも作家の魅力が詰まってるのだ。

しかし、「何かを表現するために平面上に色と形を構成」を絵の最重要部分とするなら、失敗部分や匂いや重さはどうでもいい部分。アナログの絵にはもはや、工芸品か瞬間芸的即興作品としてしか価値を見いだせなくなるのではないかな。現代では(大昔もだけど)アーティストの意図が100%反映されていれば本人が実際に作業する必要は必ずしもなく、アシスタントでも外注でも何でも可になっており、本人が作業したことの価値が下がっているってこともあるし。

何十年後の楽しみとして、アナログ絵を画廊で展示販売する「いわゆるまっとうな画家」をやったら楽しいかもと考えていたのだが、ふと気がついたらハシゴがはずされちゃってたって感じ。自分ではずしたんだけど。

●追記 絵画のどの部分を重要と思うかによって結論がとっちらかって困るのが僕的なパラドックスなわけで、それをわからないまま書いてみました。でもよく考えてみたら、アーティストが心地よく使える道具、あるいは制作意欲が沸いてくる環境でしか作品は生まれないわけなのだった。完成度に価値はそれほどないのかもね。ボールペンで描いたラクガキを元に作品を描いてみると、どうやっても最初のラクガキを越えられないってこともあるからなあ。

【吉井 宏/イラストレーター】hiroshi@yoshii.com
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「お湯を注いだ後、フタの上でレトルト具材を暖めてください」は無意味なのでは? フタの上で暖めたらお湯や麺の温度が下がるし、具材を暖めずに3分後に入れてもラーメン全体の温度は結果的に変わらないんじゃないかと。温度を測ってみたわけじゃないけどさ。
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by G-Tools , 2007/07/04