わが逃走[25]東京を散歩してみる。の巻
── 齋藤 浩 ──

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なんだか私の周りが鬱病だらけだ。ほんとにたいへんそうな人もいれば、「そりゃ甘えだろー」と思わなくもない人も多い。私は医者じゃないからテキトーなこと言う訳にはいかないから何もコメントしませんが、なんつーか、皆さん気負わずに誠実に生きましょうよ。

さて、かくいう私もナニカに追いつめられているような苦しさを感じる日々を送ってしまい、「こりゃいかん」と気分転換に散歩に出かけました。

あてもなくぶらぶらする散歩も良いのですが、今回は脳をリフレッシュさせるという目的があるので中途半端なことはできません。自ら感動を目指して歩んでいくような散歩をしなければならんのです。

という訳で悩んだ結果、今回の散歩のテーマは、『ほどよい距離に存在することは知っているものの、なかなか行く機会のない建築を見に行く』に決めたのでした。



その存在は知っているものの、実物をじっくり見ていないものってけっこうある。極端な例を挙げれば、東京タワーや雷門だってきちんと建築物として観察したことはない俺なのさ。とはいえ、そんなメジャーどころをいきなり見ると疲れちゃうので、ここは前から気になっていた都内の近代化遺産系をめざしてみることにした。水門やら橋やらいろいろ考えたのですが、気持をシャキーンとしたかったので、シャキーンとしたライト的建築「高輪消防署」を見に行くことにしました。

◆I いかにして向かうか

さて、思い立ったが吉日な訳だが、気がついたらもう3時過ぎ。まあ夏至に近いおかげでこのところは7時過ぎまで明るいからいいか。

お供にはお気に入りのレンジファインダーカメラ『BESSA-T』を連れていくことにした。これに21mmのレンズを付けて撮影すると、大抵の建築物はファインダーに入ってしまう。

さて世田谷から品川へ向かうことになるのだが、そのルートとして最も一般的なのが、三軒茶屋から田園都市線で渋谷に出て山手線に乗り換えるというパターンである。

しかし、休日の渋谷という場所は通過するだけで激しくエネルギーを消耗してしまうので、今回は一旦逆方向である二子玉川まで出た上で大井町線に乗り換え、大井町より京浜東北線で品川へ向かうことにした。二子多摩川から臨む河原風景や大井町線の車窓からの景色は、いかにも休日といった趣で大変よろしい。

やはりいつもと違うルートを行くと非日常感が増す。こんなちょっとした遠回りも、気持をシャキーンとさせるためには大切な要素なのだ。こういう積み重ねが脳を健康にしていくのではなかろうか。

◆II 品川から高輪消防署へ向かう

品川駅高輪口下車。高輪プリンスの脇を抜ける。いかにも宮様の土地を堤義明がホテルにしましたよ感がイイ。いろんな意味で歴史を感じさせる佇まいである。坂道の傾斜角や道の曲がりっぷりなど、平民ぽくないよなあ。

片隅には旧宮様邸も残っているけど、やはりオレ的には高度経済成長期チックなホテル建築に目がいく。ショーン・コネリー扮する007とか似合いそうな、昭和な東京を感じさせるのである。

議員宿舎の脇を抜け、二本榎通りへ出る。しばらく歩くと、あった! 高輪消防署だ!!カッコいい!!! 移築して保存されてるものとは違う現役の力強さがある。実にイイ。コーフンして撮ったのでてっぺんがフレームから切れちゃった。


1933年竣工。設計は越智操。完成当初はさぞかしアバンギャルドな建物だったことでしょう。同時期の建築である根岸競馬場貴賓席や、小菅刑務所なんかと比べて邪悪な感じがしないのもイイ。この時代は、モダニズム的美意識がナショナリズム的なものへと変貌していく時期だと思うので、それぞれの建築の持つ美しさと思想的コワさのバランスを考えながら眺めると楽しい。

◆III 消防署から寺町へ

二本榎通りに沿って歩く。わびさびを感じる商店建築などが、この辺にはまだ多く残っていて嬉しい。しかし車が多く、カメラ片手にふらふら歩くにはやや危険かも。と思い、脇道へ入ってみた。するといい感じに曲がりくねった路地が交差する美しい風景が目の前に現れた。


はい。悪いけどオレはこういう景色にものすごく美しさを感じてしまうのです。自然発生的なというか、なぜこのようなのかたちができたかを推察できる形状の道、これこそその土地の文化であると思うのだ。

たとえ建物がぶっ壊されても(まあできればぶっ壊さないでほしいが)道の形状さえ同じなら孫とじいさんが同じ話題で会話ができる。文化の継承とはそのようにおこなわれるんじゃないのか?

こういった伝統的な町並みをぶっ壊して水平垂直な道を引き直す傾向がみられる昨今ですが、そんな『管理する者にとって管理しやすい町』に愛着がわくはずもない。愛着のわかぬ土地や、会話のない祖父母のために孫は税金や年金を納めてくれるだろうか? ああ、すげえ心配。

ちなみに、私は森を切り開いて地ならしして水平垂直に区切って同じ形の家をコピペしてできたような新興住宅地の出でして、出身地にはまったく愛着がありません。

◆IV 美しい階段

で、てくてくと歩いているうちにまた二本榎通りに戻った。渋い和菓子屋を過ぎた辺りだったか、右手に一瞬スコーンと空が抜けた。何事! と思うと、それはそれは美しい階段の道が! しかもここ、どっかで見たことある!!

なんとそこは、ちょっと前の『タモリ倶楽部』で紹介された由緒正しい階段『保安寺参道』だったのだ!!!


イイ。坂道や階段の道って開発されにくい傾向にあるらしい。昔から変わってないであろう、情緒ある景色。いまでは遠景にガンダムみたいなビルが見えるが、昔は海が見えたんだろう。

そうこうしているうちに暗くなってきた。ISO100のフィルムじゃキビシイなあ…と思ったところで36枚撮りきってしまった。デジカメの感覚で撮ると、あっという間だ。

◆V 魚籃坂から田町へ

さらに二本榎通りをてくてくと歩いて、伊皿子交差点を左折、魚籃坂を下る。東京って建物だらけだから地形がいまいち分かりにくいけど、魚籃坂と保安寺参道との関係を考えると、二本榎通りは尾根道ってことになる。なるほどー。とか考えながら細い道へと右折、寺だらけの道をくねくね行くと、いつのまにか慶応大学についた。日も暮れてきたので今日の散歩はこれでおしまい。

田町のコーヒー屋で今回のコースを振り返ってみると、たかだか3時間くらいの行程にもかかわらず非常に充実した散歩であったといえよう。なんて思えた。こんどは「京急に乗って昭和初期の水門を見に行く」をテーマに散歩しよう。などと妄想をふくらませつつ、家路へとついたのであった。

おかげさまで、かなり脳が落ち着いてきました。仕事が立込んでるときこそ、気分転換が必要だなーと思った次第。こんな気分転換さえできないくらい仕事が忙しいこともありますが、まあ、そうなったら自分をうまくコントロールしていくしかないなあ。そうならないようなスケジュール管理と、いざとなったら無理な仕事は勇気をもって断ることも大切なのかもしれません。

さて、今回の散歩での保安寺参道がとても素晴らしかったので、『東京の階段』という本を買ってしまいました。タモリ倶楽部にも出演された松本泰生氏の著作です。大変共感をおぼえました。オススメ。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
< http://www.c-channel.com/c00563/
>

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東京の階段―都市の「異空間」階段の楽しみ方
松本 泰生
日本文芸社 2007-12

お江戸超低山さんぽ カラー版 大人のための東京散歩案内 (COLOR新書y) タモリのTOKYO坂道美学入門 東京サイハテ観光 東京ディープ散歩

by G-Tools , 2008/07/10