わが逃走[34]フレグランス[fragrance]の巻
── 齋藤 浩 ──

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みなさん、こんにちは。齋藤浩です。
このところ出来事らしい出来事がないなあ。それなりに忙しいんだけど、あっと驚くようなオモシロイことがない。

オモシロイことがないと文章が書けないなあ。と思っていたのですが。でも待てよ。物語を書く上で起承転結は必須事項ですが、書きたいことをだらだら書くこの『わが逃走』において、そんなものは不要なのかもしれません。という訳で、今回はここ数日間の日常を語りたいと思います。

えー、オレの住んでる集合住宅は、いわゆる“環境共生住宅”とかいう奴で、庭には出来る限り緑を残してビオトープを配し、壁面は緑化して…てなことをやっている。屋上には菜園があり、数世帯の住民がそれぞれ野菜とか育てていて、なんか風情があってイイのだ。

とはいえ、育てる方は必死なのだ。迫り来る害虫や、壁面を伝って地上6階相当まで登ってくるネズミ、そして上空から野菜を狙うカラスなどと対決しながらの栽培は、それなりに苦労の連続といえよう。

で、事の発端は2年前だ。鳥のフンだか風で飛んで来たのかは知る由もないが、どこからともなくやって来た葛の種から芽が出てきて…と思っていたら、あっという間に屋上菜園の土中に根を張り、あっという間に壁面を覆ってしまったのだ。

オレなんか植物にはまったく興味がないので「あ、なんか緑が増えたなー」くらいにしか思っていなかった。ところが、今年の9月くらいから3階に住む私のもとにも、魔手がのびてきたのである。



明け方、障子に何か粒状のものが当たって弾けるような音がする。最初に気づいたのは、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)だ。不思議に思った彼女は障子を開いて確かめたかといえば、そうでもなかった。

なにやらラップ現象だったらコワイ、という理由で確認をしなかったらしい。あ、でもその気持わかるなあ。しかし、それは怪現象でもなんでもなく、奴だったのだ。そう、あの黒い奴。ちなみにオレはそんな音にはまったく気づかず、ぐーぐー寝ていた。

数日後。ベランダに干していたTシャツを取り込むと、床に黒い粒が落ちている。なんだろうと思い、よく見ると、そう、奴だったのだ。カメムシである。

皆さんご存知かと思いますが、カメムシとは別名『屁っぴり虫』とも呼ばれる昆虫で、うっかり触ってしまった日にゃあ、スゲーにおいを放出され、その日一日中くさい人ということになる。そんな虫です。幸い、トンデモなくくさい臭いを放つ緑色のカメムシではなかったにせよ、油断は禁物だ。

私は、新潟県の温泉宿で学んだ処理法を実践すべくガムテープを持ち出した。そう、カメムシの本場(?)では、ガムテープを適当な大きさに切ってカメムシにそっと近づけ、背中の甲羅部分をくっつけたら二つにたたんで、つぶさずに四隅を封じるという方法で退治しているのだ。よし、これで大丈夫。

と思ったら、また床に黒い粒が。よく見ると、Tシャツに5匹くらい奴が付着していたのだ。ベランダでTシャツを振って、付着していた奴らを落とす。これは一体どうしたことか?

こんなことが数日続いた。でも、これはまだ序の口だったのだ。ある曇りの日の夕方、乾ききらなかった洗濯物を風呂場の乾燥機にかけていた。そろそろ乾いたかなーと見に行くと、なんと白いバスタブの底面に黒い点々が。乾燥機の熱で、洗濯物に付着していたカメムシらが「苦しいよー」とのたうち回ったあげく、力つきて落っこちたらしい。

もしや? と思い、乾燥の終わった洗濯物を勢い良く振ってみたところ、さらにパラパラと黒い粒(=奴)が落ちてきたのだ。うげー。20匹以上だ。バスタブが水玉模様と化す。

その日以来、齋藤家のゴミ箱には、毎日大量のガムテープ片が捨てられることとなる。何故だ? 何故こんなにもカメムシが大量発生するのか?? で、調べてみた。葛である。とにかくこの葉っぱにはカメムシが好んで集まるらしい。おのれ、葛。許すまじ葛。さらに数日後、事件は起こったのだ。

その日、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)は、気づかずにカメムシ付きストールを身につけて出社してしまい、気づいたときは時すでに遅し、終日カメムシくさい美人上司(本人談)ということになってしまい、タイヘンな目にあいました。

その翌日、風呂上がりのオレは乾いた洗濯物の山からいちばん上にあったパンツをはいた。ユニクロの黒いボクサーブリーフ。2枚で990円のやつである。すると、何故か股間がもぞもぞとカユい。つい条件反射でパンツに手を突っ込んで掻いたところ、とんでもない臭いが股間から立ちのぼり、おもわず「うわーっ」と叫んだオレ。

黒地に黒だからかねー、と自分に言い訳したところで何も始まらない。とにかくオレは、その日一日『股間がカメムシくさい男』ということで、すっかり有名になってしまいました。風呂に入っても、なおカメムシ臭に苦しみました。おまけに右手もクサイ。

さらにその翌日は、家の中に入り込んだカメムシを掃除機で吸い込んでしまい、掃除機内で発生した猛烈なカメムシ臭は排気とともに部屋中に広がり、家の中じゅうカメムシの臭いで、もうカンベンして欲しいっす。

これ以上はもう我慢ならねえ。くさいニオイは元から絶たなきゃダーメ! ということで、集合住宅の全世帯に『葛を伐採しましょう』メールを送信したところ、やはり被害者が複数いたようで、早速日曜日に葛を伐採することとなったのでした。

で、日曜日。作業着に軍手という出で立ちで現れたわが集合住宅の住人数名は屋上に集合、黙々と伐採作業をしたのでした。

よく見ると、屋上全体に蔓が蔓している。いや、蔓なんてもんじゃない。完全に木化している。根っこを掘り返してみたところ、一抱え以上もあるような巨大なモノが掘り起こされ、一同唖然。スゲー生命力。

伐採自体はなんだかんだで数時間でほぼ完了し、屋上からは葛はほとんどなくなった。が、まだ掘り返せなかった根っこが残っているので、それも春頃には掘り起こさないとまたそこから増えてしまいそうだ。

とりあえず、この日以来奴は見かけなくなった。とはいえ、絶対どこかに隠れていると思う今日この頃なオレさ。なにせ、奴らは越冬するそうだからな。忘れた頃に大量発生、なんてことにならないように、日々警戒を怠らない生活を送ろうと心に誓う齋藤浩でした。では、また次回!

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
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