わが逃走[38]ツァイスがスゴいの巻
── 齋藤 浩 ──

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凄い。凄すぎる。何が凄いって、カール ツァイスのレンズが凄いのだ。

のっけからテンション高くてスミマセン。落ち着いて順を追って語りますね。先日、ドイツの老舗光学メーカー「カール ツァイス」ブランドのレンズで初めて写真を撮ってみたところ、今まで経験したことのないような写真(まあ、オレにとってだけど)が撮れて驚愕してしまったのです。

そんな訳で、今回はカール ツァイスレンズを入手した経緯やら使ってみての感想等を語ります。とくに皆さんが興味がなくても語ります。そういう企画です。あ、別にカール ツァイスから金もらって宣伝してる訳ではないですよ。とにかく光学魂みたいなヤツにやられてしまって、体調までおかしくなりそうなくらい感動してしまったもので、どっかで出しとかないと体に悪いのです。



【1】BESSA-Tでわかった「写真とは何か?」

以前も『わが逃走』でちょこっと語ったことがあったけど、数年前、BESSA-Tというレンジファインダーカメラを激安で入手したのです。露出もピントも手動の機械式カメラ。もちろんデジタルじゃありません。フィルムです。

ピントも露出もカメラがやってくれて、撮った画像をすぐに確認できるという過保護な環境に慣れきってしまった私にとって、このカメラとの出会いは衝撃でした。自己克服型カメラとでも言いましょうか、ただなんとなく撮るときでさえも、どんな絵が撮れるのか、どんな絵を撮りたいのか? なんてことを考えながらシャッターを切らないと、ピンぼけのぶれぶれ写真になっちゃう。

最近のカメラには頭脳が入っていて、そのへんを勝手に判断してくれちゃうから、当たり障りのないきれいな写真が撮れるのでしょう。でも、その写真は本当に自分が撮りたかった絵なのか? それともカメラが撮った絵を自分が撮りたかったものだと思い込んでしまっているだけなのか? などなど、甘えすぎていた写真に対する姿勢を考え直すきっかけになったカメラ、それがBESSA-Tだったのです。

BESSA-Tのおかげで、フィルムを使った写真表現の奥深さや単焦点レンズの描写の美しさを知ることができました。とにかく、いままで写真だと思っていたものが、実は状況や形状を説明する画像でしかなかった。写真とは、その場の空気とか音なんかも含めて、視覚的に訴える表現だったんですね。

それを永らく忘れていた私の目から、ウロコが50枚くらい落ちたのです。で、自分が死ぬのと35ミリフィルムが市場から消えるのと、どっちが早いかはわかりませんが、その時が来るまで地道にレンジファインダーカメラを使い続けようと思ったのでした。

【2】「その手にはのらないぞ」と思ってた

まあ、ここまではいい話っぽく聞こえるんだけど、こうなるともう私のオタク心に火がつくのは時間の問題だったんですね。で、レンジファインダーカメラに関する情報を集めまくりました。私は興味をもったら片っ端から調べまくらないと気が済まないオタク体質なもので、気がつけばものすごい勢いでカメラの本が増えていったのです。

で、それらの中にはものすごく共感できるものもあれば、自分を見ているようで気持悪くなるようなカメラフェチっぽいものもありました。でもまあ、そういったもの全てを読んでみると、どの本でもある共通する主張があるのです。それは何か? 「カール ツァイスのレンズはイイ」です。そりゃまあイイんでしょうよ。値段もべらぼうに高いしな。

で、どの本も同じようなことを言っている。「空気まで写り込むような描写力」とか、「油絵の具のようなこってりした美しい色彩」等々。

で、カール ツァイスレンズで撮った作例が掲載されてるんだけど、まあ確かにきれいな写真なんだけど、そこまでイイか? なんて思ってしまうのです。だいたい写真なんてフィルムによっても印画紙によっても色は変わるし、ましてや4色分解の印刷物にしちゃったら、元の写真と同じ色になんかなるはずないのです。それをフォローするためにうんちくが書かれているんだろうけど、どうにも説得力がない。

カール ツァイス教の信者が布教活動をしているかのようで、逆に「その手にはのらないぞ」なんて思ってしまったのです。で、機会があれば使ってみたいなーとは思っていたものの、私は高いレンズ1本よりいろんな画角のレンズを何本も欲しかったので、しばらくは遠い存在のままでした。

【3】35mmという画角が嫌いだった

さて、ここでレンズの焦点距離の話。どの本を読んでも「焦点距離35mmのレンズは、レンジファインダーカメラにおいて標準レンズと言えよう」とか「レンジファインダーカメラは、35mmに始まり35mmに終わる」なんてことが書いてある。でも、私は35mmという画角が嫌いだったのです。

よく合コンで「好きな音楽は?」とか聞くらしいけど、そんなこと聞いて何がわかるんだろう。それよりも「お好きな画角は?」「はあ。28mmです。」とかいう問答の方がよっぽどその人なりがわかるというもんだ。なんて思ってるオレは絶対モテないだろうな。それはまあいい。

そう、オレは35mmが嫌いだったのには訳がある。その昔小学4年生の頃、お年玉をためて初めて買ったカメラが『オリンパス XA』。買ってすぐ裏蓋に「Takeo SAITO」と父に“お名入れ”されて泣いた思い出のカメラだ。ちなみにTakeo SAITOとは私の父の名前です。そのケチのついた思い出のカメラについていたレンズが35mm。

でもこれはとてもいいカメラだった。このカメラでいろんなことを学んだ。なんだけど、使っているうちに何でもかんでも35mmで撮らなくてはならない“縛り”のようなものを感じてきて、「ああ、50mmレンズ付きの一眼レフが欲しいなあ」なんてことをいつも思っていた。で、念願かなって借りたキヤノンAE-1についていたレンズも35mm。一眼レフを使えて嬉しかったけど、もっと寄ってみたい! といつも思っていたのだ。50mmへの憧れは、次第に35mmへの憎悪へと変わってゆく。

そうこうしているうちに1980年代も半ばに入り、突然我家にオートフォーカス一眼レフ、『ミノルタα-7000』がやってきた。(このへんの経緯は『わが逃走』第27回 昔の◯◯◯とヨリを戻すの巻を参照のこと)これにはなんと便利なズームレンズが標準レンズとしてついていた。しかも広角28mm〜望遠85mmまでをカバーするすごい奴だ。

で、これの何に感動したかって、憧れだった50mmの画角を手に入れたことはもちろん、28mmのワイドな視野と85mmの“寄れる”力だ。この迫力の前に今まで使っていた35mmは中途半端に思えてしまい、それ以来35mmレンズは使っていない。BESSA-Tのマイブーム以降も同様で、レンズは徐々に増えていったものの35mmレンズの必要を感じることはなかったのだった。

【4】カール ツァイス『Biogon*2/35ZM』を入手

で、ちょっと前に「これじゃあいけない」と思ったんですよ。死ぬまで(趣味で)写真を撮り続けようと誓ったにも関わらず、いちばん基本的な35mmという画角を毛嫌いしていたんじゃこれ以上の成長はない。でも、興味のない相手と無理矢理付き合ったって、良い結果になるはずはない。

ではどうするか? という訳で、ブランドの力を借りました。でもブランドものは高い。なら安いのを探せ。で、見つけて買っちゃいました。カール ツァイス『Biogon*2/35ZM』。新品を定価の約半額で入手。

で、手始めにデジカメに装着して撮ってみた。驚いた。だって、ホントに「空気まで写っているよう」だったし、ホントに「油絵の具のようなこってりした美しい色彩」だったのです。

ほぼ同じ条件で他のレンズと比較してみても、明らかにカール ツァイスレンズで撮った写真の方がイイ。そこに、そのものがあるかのような立体感と空気感。思わず「えー??」なんて変な声を出してしまいました。本に載ってる作例を見ても何とも思わなかったのが、実際に撮ってみるとその差をはっきり感じてしまう。何故だろう??

色も派手なんだけどベタすぎず、自然。脳内で思い出す撮影時の風景の色に近いのか? また、他のレンズでは明らかに白くトんじゃったり黒くツブレちゃったりするであろう箇所にも、きちんと階調が残っているのだ。

あ、こちらがその時の写真ね。あくまでも参考ってことで。

同じモチーフを違うレンズで撮って、その写真を画像処理ソフトでツァイスの色調にしようとしたんだけど、ぜんぜんダメでした。こう見えても私、画像処理歴は長く、某化粧品広告のポスター用に某有名女優のシワを消したことだってあるんですよ。そのオレ様の腕をもってしてもダメだった。うーん、おそるべしカール ツァイス。

次に、モノクロフィルムで撮ってみた。カメラはもちろんBESSA-T。無彩色のグラデーション表現ということで、カラーほど差は感じないかなーと思っていたら、とんでもない。繊細な階調表現がより引き立つ感じというかなんというか。こちらもあくまでも参考ってことで。

でも、いままでだったら左サイドの白い壁や横断歩道のペイントなんて白トビしても当然だと思うのです。それがちゃんと階調が残ってる。右側の壁だってこんなにテクスチャが見えるなんてありえないでしょう。なんて思ってしまうのだが、これはブランド品レンズで撮ったんだからイイ写真が撮れてると思いたい、私の心理がそのようにさせているのでしょうか。

まあ、なんだかわからんけど、結局私はまんまとカール ツァイスの魅力にはまってしまったようです。幸いまだツァイスレンズはこの35mmだけしか持ってないので、ここらで撮りまくって、ツァイスレンズの美しく撮れる謎と、35mmという焦点距離の魅力を探ってみようなんて思いました。いやー、オレってほんとに道楽者。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
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