わが逃走[53]ボンドより年上の巻
── 齋藤 浩 ──

投稿:  著者:


みなさんコンニチハ。なんとも過ごしやすい季節です。暑くもなけりゃ寒くもない。食べ物(主にモンブラン)も旨い。

そしてなんといっても布団! 私は無類の布団好きなのだ。あたたかい布団をかけて寝られる幸せ。真夏に暑さと引き換えに布団をかける喜びを味わってみたところ、翌朝シーツが汗で人の形に濡れていたりしたものですが、こう涼しくなってくると思う存分掛け布団を味わえ、しかも寝苦しくない。すばらしい。秋は私が最も好きな季節なのです。

とはいえ、私が現在使用しているものはかなり使い込んでいるため、布団にしては重く、硬い。いずれお金が貯まったらやわらかい布団を買って、思う存分睡眠を楽しみたい。しかし、重い布団にも愛着がある。というか、長い間使っていると魂が宿るような気がして捨てられなくなったらどうしよう...などと物思いにふける(=妄想する)今日この頃です。



そんな私は、秋も深まってくる頃になると毎年1コ歳をとるのだが、今年は大台に乗ってしまうということで、少々緊張しているのだ。ちなみにシジューになります。

思えば小学5年生のときに磯野カツオの年齢と並び、翌年彼より年上となってしまったショック。そうこうしているうちに高校野球の選手が年下になり、女子大生が年下になり、サザエさんが年下になったと思ったら、あっという間にギレン・ザビの年齢を越えた。

そしてついに、バカボンパパまであと1年か。人生はあっという間だな。とはいえ、シジューになる緊張も、30歳になるときの恐怖にくらべれば大したことはない。

10年前、独立したてのフリーのデザイナーだった私は、本当に30歳になることが恐かった。子供の頃から30イコールおっさんという概念が植え付けられてたし、30といえば分別のある大人なイメージがあったのだ。

「ところが今のオレときたら中2のときから価値観も美意識も全く変わってないじゃないか! こんなことでいいのだろうか...。」と、けっこう真面目に悩んでしまっていたのだね。

30といえば、人の親になってる人も多いし、仕事においてそれなりに責任のあるポストについている人も少なくない。にもかかわらず、当時の私は中2のときと同じようにYMOを聴きまくってガンダムを見て、エロ本から好きなページを切り抜いてはファイリングしている。こんな人間に30の称号を与えては世の中のためにならないのではないか。

とはいえ、1999年の7の月には恐怖の大王が降りてきて人類は滅びるので、残り9か月の人生はやりたいことやって過ごして苦しまないように死ねるよう努力しよう、なんてことも考えていた。結果として恐怖の大王らしき人は降りてこないでそのまま歴史は21世紀になってしまい、今日に至る訳だ。

で、このあっという間の10年間を振り返ってみたところ、未だにYMOを聴きまくってガンダムを見て、エロ本から好きなページを切り抜いてはファイリングしている。なーんだ、同じじゃん。なら平気だ。

と、今回は気持よく開き直ることができたのです。そういった訳で、今回はそんなに恐くない。ちなみに私の誕生日は今週の土曜日です。おめでとうのメールは下記まで。

てなことを書いていたら、いままでの人生が走馬灯のように脳裏に浮かんできた。なかでも小学生の頃の記憶って奴はリアルに覚えている。

先日、古本屋の店先で(オレ的に)当時の思い出に直結するとんでもないものを見つけてしまったのです。ハヤカワ・ポケットミステリーブックスのシリーズでイアン・フレミングの007シリーズ原作本を6冊、しかも全てオビ付き、うち1冊は函つき! 非常に状態もよく、全て初版。気がついたらもう買ってました。

私を愛したスパイ (デジタルリマスター・バージョン) [DVD]さて、私がジェームズ・ボンド/007を知ったのは、スーパーカーブームの頃だったと思う。当時の最新作『私を愛したスパイ』で、ボンドが乗る潜水機能を持ったロータス・エスプリが話題になったのだ。

ムーンレイカー [Blu-ray]で、その後テレビで放映される映画シリーズを片っ端から食い入るように見て(当時はビデオなんかなかったから、視覚と聴覚に神経を集中させ、脳に記憶させていたのだ)、初めて劇場で見た作品が『ムーンレイカー』。数ある007シリーズの中でもこのムーンレイカーという作品は、ボンドがスペースシャトルに乗って宇宙ステーションでレーザーガンを撃ち合うという超トンデモ作品なのだが、小学生にはカッコいい大人の世界に見えてしまったのだ。

007 ユア・アイズ・オンリー アルティメット・エディション [DVD]で、ますますボンドが好きになり、次回作『ユア・アイズ・オンリー』で生涯ボンド好きが決定した。このユア・アイズ・オンリーという作品はちょっと前まで007俺ベストランキングの3位にいた名作で、前作のトンデモ感を反省したのか、都合良く助からない演出や秘密兵器に頼りすぎないアクションシーンがとてもイイ。

と、話が映画に行き過ぎてしまった。本題は原作小説なのだ。小学生当時からオタク気質に溢れていた私が、もっとボンドを知るために原作小説に手を伸ばしたのが5年生のときだ。

早川文庫なんか近所の書店には置いてなかったので、バスに乗って駅前の本屋まで行って『007は二度死ぬ』を買った。背表紙は赤で、表紙にはショーン・コネリー主演の劇場版の写真が使われていたと記憶している。で、早速読みはじめたら、なんかもう、何が書いてあるのかわからないのだ。

その頃からすでに(乱歩の少年探偵シリーズは楽しく読めるのに、ルブランの怪盗ルパンシリーズは読むのが苦痛という)翻訳物苦手傾向が表れていた私だったが、とくにこの訳者の文体が体に合わなかったようで、ひとつの文を読み終えたときには既にアタマの部分の記憶がない、といった状況で、結局20ページも読まないうちに挫折した。

007/赤い刺青の男―ジェイムズ・ボンド・シリーズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)その四半世紀後、瀬戸内を旅していた私は直島を舞台にしたボンド小説があることを知る。フレミングの没後、レイモンド・ペイスンによって書かれた『赤い刺青の男』という作品で、読んでみると『2度死ぬ』の後日談的なところもあり、けっこう面白かったのだ。そう思うや否やas soon as、四半世紀の時を超えて、再びボンド小説のマイブームがやってきた。黙々と読みまくる。

新作数冊と創元推理文庫から出ているフレミング作品は全て読むことができたのだが、当時ハヤカワから出ていたものは絶版なのか(?)結局手に入らず、いつか読むことができるだろうと思っているうちにマイブームも沈静化していっのだった。

そんなとき、この出会いですよ、あなた。『黄金の銃を持つ男』『ゴールドフィンガー』『死ぬのは奴らだ』『ドクター・ノオ』『サンダーボール作戦』『女王陛下の007号』。読みたかった作品が一度に全て手に入った。こういうときに「人生ってすばらしい」なんて思ってしまう。

で、早速『黄金の銃を持つ男』を読んでみると、瞬時に小学5年生当時のことをリアルに思い出したのだ。
「こりゃ読みにくい!」

さすが昭和40年発行。超古くさい表現の中は差別用語だらけ、誤植も多数、さらに言語を超越した造語など、いまでこそ楽しめるけど、こりゃ小学生には無理だったなあ。差別用語に関しての発言は控えるとして、とくに印象的だった表現および誤植を紹介しよう。

この作品で007号ジェームズ・ボンドは、ピストルの達人の殺し屋スカラマンガを倒すべしとの命令を受けて、ジャマイカへと向かう。で、現地でスカラマンガとギャングの親分との密談のシーンがあるのだが、その会話の訳に驚愕した。ちょこっと引用すると......。

「Sの字、いやな話があるんだ。ハバナの私の情報センターから今朝電話があった。むこうはモスクワからじかに聞いたというんだ。そいつはー」え?? 『Sの字』って何???? ひょっとしてスカラマンガのこと???スゲー!!!

この1行で思いっきりやられました。八兵衛さんや三次郎さんを「八の字」「三の字」と呼ぶのは日本の時代小説などで定番ではあるが、スカラマンガ氏を『Sの字』とは恐れ入った!!!

そして誤植だ。今回最も凄かったのは、以下の一文。

ボンドはちらっと時計をのぞいた。ぶらぶ揚らと引げる。

「ぶらぶ揚らと引げる」!! これはなかなかお目にかかれない、文字どうしの激しい交錯。なんか活字ゆえのおおらかさを感じるなあ。などなど。

その他、細かい点を挙げたらきりがないけど、まあ、確かに読みにくいのだった。とはいえそれはそれってことで、けっこう楽しく読むことができた。映画と小説は内容が全く違っていたということもあり、クラシックのボンド映画の未公開フィルムを見るような感覚で楽しかった。

その後一気に2冊読んだが、まだ残り3冊もある。という訳で、もうしばらくボンドと冒険ができるシジューの秋。しあわせー。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。