わが逃走[55]仕事で沖縄の巻 その2
── 齋藤 浩 ──

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前回の続きです。いきなり始まります。

5◎水曜日

5時に起きてシャワーを浴びて、『ゼブラパン』とインスタントコーヒーで朝食。なんでもこの『ゼブラパン』、U嬢の上司の大好物だそうで、お土産に買ってくるよう念をおされているとのこと。

そこまで言うなら食べてみようと、昨夜コンビニで調達したのだった。パン生地に黒糖ペーストとピーナッツクリームが織り込まれていて、断面がシマウマ模様になっている。メーカーはオキコパン。けっこうなボリュームで100円。おまけに超高カロリー。そこまで旨いかといえば微妙だが、費用対効果を考えるとお買い得商品といえよう。コンビニのおばちゃんによれば、温めた方がおいしいそうだ。

6時、ロビー集合。昨日撮影したC地点で、朝の光で撮影せよとのオーダーが入ったので、現地へと向かう。夜明けまで30分くらいあるので、準備も問題なかろう。夜明けとともに撮影開始。夕方とは違った美しさがイイ。周囲は住宅が点在するので、朝ご飯のいいにおいが漂ってくる。

さらにE〜L地点まで、少し歩いては撮影、という具合に進む。天気は快晴。8時頃、ひとまず終了。並木越しに青い海が見えたり、潮の影響でくびれた岩の合間から向かいの島の白い砂浜が見えたりといった、絵になるイイ写真がたくさん撮れた。

また、昨夜「ラフの写真に極力近い状況での撮影も試みるべし」との指令が来ていたので、さらに車で30分ほど移動し、とある島のビーチへ向かう。そう、こういう仕事をしていると、「ラフの写真にもっと近づけるべし」というオーダーがよく入るのだ。



ここでいうラフの写真とは、「この商品を宣伝するにおいて、空はこんな感じ、海はこんな感じで撮影しますよ」という見本に作った合成写真。これに対して本番写真とは、「ラフそっくりの写真」ではなく、あくまでも「提案した考え方に基づいたラフ以上の写真」を意味するべきだと思う。

のだが、往々にして「ラフそっくりの写真」を求められてしまうのだ。合成で作った風景と同じ景色を現実世界で探すというのも不思議な話だが、実際めでたくラフそっくりの写真が撮れたとして、さらに「ラフを越える写真」が撮れてしまった場合、こちらを通すのにひと苦労するのである。今回は、まさにそんなことになってしまったのだ!

島に着くと、ビーチには誰もいない。しかも見事な青い空、エメラルドグリーンの海、白い砂浜。見た瞬間、「勝った!」と思った。純粋に美しい。と同時に、広告の主旨に合致した絵になる風景。コーフンする気持を抑えつつ、M、Nの各地点で撮影。とくにN地点でのものは、まさに「広告に必要な条件を満たした(ラフ以上の)最高の写真」となった。

その後、めでたくラフそっくりの風景O、P地点を発見し、そこでも完璧な写真が撮れた。だが、やはり写真というものは作り手の気持まで焼き付けてしまう。言葉とか条件とか情報とか、そんなのを超越した感動がN地点で撮ったものには感じられたのだ。

一通りの撮影を終え、改めて海を眺めると、同じ景色が平凡に見えてきた。光が変わったのだ。時計を見ると11時。撮影は朝と夕方に決まるなー。わかっているけど、つくづくそう思う。

さて、これから夕方の撮影まで暇かといえば、とんでもない。膨大な写真のセレクトと厳しいネット環境での送信作業が待っている。とくに今回は訳あって一カ所につきポーズA、ポーズB、人物ナシの3バリエーションを、露出違いでそれぞれ12パターン撮影しなければならない。つまり、一地点につき最低でも36枚は撮る計算になる。これを30カ所以上の撮影ポイントで繰り返す訳なので、ほんっっっとに大変。

なんだけど、モデルのU嬢にしてみれば初沖縄だしなーということで、美ら海水族館に行ってしまいました。ここのカフェはあの(!)大水槽を見上げる場所にあり、巨大なジンベエザメやマンタが美しい自然光の中を泳ぐ姿を眺めつつ食事をすることができるのだ。

楽しげな魚の群をぽよーんとした目で追いつつ食後のお茶を飲むU嬢をよそに、ムサい男2人は横並びにくっついてノートパソコンの画面を指差し、「イイね」とか「ボツ!」とか言ってる。周りから見たら変な客だったろうな。

3時頃一旦ホテルに戻り、まとめたデータを東京に送信。モデルのポーズのより細かい指定等クライアントからの意見を聞き、4時過ぎに再度A〜L地点へ向かう。

この日は前日以上に水蒸気が発生したようで、美しい夕焼けという訳にはいかなかった。しかし、独特の色合いの空をバックに、こちらもまたいい写真が撮れたのであった。朝夕とも、この日の収穫はほぼ完璧だった。これだけイイ写真が撮れたんだから、もう誰にも文句は言わせねえぜ。

日没後、すぐに食事に向かう。遅くなると選択肢が激減することを身をもって知った我々は、名護の手前あたりにあるという沖縄料理の店とやらに行ってみることにした。街灯もない山道をひた走り、言われなきゃ気づかない看板の脇を曲がり、対向車が来てもすれ違えないような山中の一本道をゆく。「ホントにこの道であってるの?」と3回目の確認をした頃、いきなり道が開けた。

古民家を移築したというその店に入り、庭のいちばん眺めのいいテーブルを陣取り、アグー豚のナントカコースとやらを3人前注文する。店員の沖縄人らしからぬ手際の良さと、素材はいいが味付けに工夫がみられない食事は値段相応といったところで、けっこう楽しめた。

M氏もU嬢も今回の仕事のことを本当に理解してくれて、無理なスケジュールを全力でやり抜いてくれました。本当にありがとう。まだ明日の朝もあるけどね。これでオリオンビールでも飲めたら最高だったんだが、仕事中のオレはさんぴん茶さ。でも、この日のさんぴん茶は最高に美味だった。

ホテルに戻って夕方撮影した分を整理し、データを東京へ送る。代理店営業のS氏やコピーライターのO氏の反応はすこぶる良好、明日の撮影は衣装を変えて、いわゆる"おさえ"的なものでよいとのこと。これでひと安心だ。

6◎木曜日

日付が変わった頃、電話が鳴った。
朝と夕方の海の見え方を同じにせよという。
「潮の満ち引きの操作はできません」と説明する。
「光の向きを変えられないか」と相談される。
「陽は東からのぼって西へ沈むので無理です」と答える。

6時起床。7時出発。天気は快晴。この日は朝から島へ向かい、前日撮影した場所で再度撮影。もうみんな慣れたもので、リラックスしつつ確実に仕事をこなす。10時には終了し、喫茶店でデータを整理、本日撮影分を送信。昼は本部町の「きしもと食堂」で沖縄そばとジューシー(沖縄的炊き込みごはん)を食す。そばが旨い。実に旨い。出汁の繊細さとそばのたくましさとの対比が相変わらず絶妙。

まあ何回も通っているのでそばの旨さは知っていたが、実は今回初めて食べたジューシーがめちゃくちゃ旨かったのだった。なんというか、素材と料理の関係がスゴイのだと思う。昆布も豚肉もそれぞれのキャラを主張しながらハーモニーになっている。そして香りと食感がすばらしいのだ。ああ、こんな旨いものを毎日食べていたら悩みなんてなくなるなあ。もう、「なんくるないさー」なのである。

腹もふくれ、仕事も終えて「さあ、土産でも買って帰り支度だ」というところで電話が鳴った。営業のS氏から「齋藤さん、申し訳ない!! あれをこうしてこれをああした写真が欲しいです」
「まじで!? もう光が変わったので無理ですよ。とくにあれをこうするには朝の光じゃないと影がきれいに落ちません」
「無理を承知で頼みますー、ではあれをこうするのはナシで、これをああした写真だけでも」
「わかりました。あれをこうするのはナシでいいんですね? では、これをああした写真を撮りに行ってきます」
ということになり、さらに撮影は続いたのであった。

その後無事撮影は終了し、夕方那覇空港に着く。けっこう時間があったので、A&Wの巨大ハンバーガーを食す。なんか食ってばっかりだが、沖縄に来たら真っ当なものからジャンクなものまで、食べておかないと後悔するのだ。そして搭乗口前の売店でオリオンビールを飲む。仕事を終えた後のビール、3日ぶりのビールは最高だった。

夜10時頃羽田到着。2人とも本当にありがとうございました。今日はゆっくり休んでください。M氏とU嬢と別れ、事務所へ戻る。データ整理したところで力つき、寝てしまった。

7◎金曜日以降

なんだかんだでギリギリまで変更や修正が続いたが、無事入稿することができた。写真もN地点で撮ったものが採用された。

ゴーヤチャンプルーを食べつつ、道の駅で買った『琉神マブヤー』のDVDを見ながら、また沖縄に行きたいなーと思う今日この頃。できれば仕事以外でな。そういえば、U嬢が先日沖縄に行ってきたらしい。もちろん観光で。初沖縄から2週間後。こういうフットワークの軽さはかっこいいです。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp

1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。