わが逃走[77]沖縄の「少しだけマイナー物件」の巻
── 齋藤 浩 ──

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最近仕事が極端に減ってしまい、ちょっとブルーな齋藤です。毎回クダラナイ文章を発信しているせいで、発注者及びその予備軍の方々を心配させてしまったのだろうか。

オレが言うのもなんですが、だとしたら心配ゴム用じゃなくてご無用です。『わが逃走』を書いているときと、デザイナーやってるときの頭脳は全く別モードなので、あなたが発注しようかと迷ってるポスターが極端にカメラオタクっぽくなることもなく、あなたが発注しようかと迷ってるブランドロゴが中二男子の妄想風な仕上がりになることもないのです。

という訳で、グラフィックデザイン及びイラストレーションのことなら、トンプー・グラフィクスへお気軽にどうぞ。マジで。

さて、今回の『わが逃走』も相変わらずデザインとは無関係な居酒屋トーク風世間話です。えー、先日やっと夏休みがとれたので今年も沖縄に行ってきました。沖縄は今回でほぼ10回目だったかどうかは定かではないが、だいたいそのくらい。なぜなら、新婚旅行で初めてこの地に立ってから、今年で10年目だからだーっ。

という訳でケツコン10周年記念行事の一環として、この沖縄旅行に出発したのであった。だからといって、特別にゴージャスなイベントがあった訳でもなく、例年と変わらぬ数日間だったが。

で、今回の旅で印象に残ったのは「地味物件」。沖縄といえば(   )。の、カッコの中に入りそうなもの以外の魅力的なものたちとでも言いましょうか。そこならではの魅力をだらだら語らせていただきます。



地味物件1◇ネオパークオキナワ

動物園のような植物園のような、微妙な雰囲気が魅力。富山に例えれば『埋没林博物館』くらいなユルさだが『立山カルデラ砂防博物館』くらいの充実度(わかりにくい例)。飲食店に例えれば、職人の腕はそれなりだけど、ネタの質がすばらしい寿司屋みたい(わかりやすい例)。

広大な敷地の空をネットで被い、南国の鳥たちを放し飼いにしている。
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動物も檻に入れられているのではなく、それなりに広い敷地で比較的のんびり暮らしている感じ。地面がコンクリートじゃなくて土ってところがいいんだろうな。暮らしてる動物たちの中には泥だらけの奴もいるが、わりと自然な感じで好感が持てる。

さて、このネオパークオキナワには、園内を一周する『沖縄軽便鉄道』が走っている。これは、戦前の沖縄に実在した沖縄県営鉄道を再現したもので、約20分かけて園内のスポットを解説つきで巡ってくれる。
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車両はいわゆるインチキ蒸気機関車で、SL風の音を出しながら走る電動列車だが、園内の徒歩コースでは見られないポイントから動植物を眺められるのでオススメします。さて、列車を降りるとこんな看板が!
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スゴいですね。当然ながら映像自体はオフィシャルのものだと思うんだけど、この鉄郎やメーテルに似てない人達は何者なのでしょう。ボイラーと動輪が腸捻転おこしたような蒸気機関車も素敵。手描き看板が少なくなってきた今、こういうものを見るとホントに旅情を感じます。ああ、沖縄に来て良かった。

その後園内を散策、フシギな鳥たちの住む熱帯な森を楽しく歩いた。ここのスゴいところは空調設備なんかなく、完全に沖縄の気候のまま放ったらかしってところ。

極彩色の鳥たちを見上げていると、目の前の空間を黒×黄色の物体がふわっと横切って木にとまった。なんだ、この傘そっくりの生き物は! と思ったらコウモリだった。小さいのはウチの周りでもよく飛んでるが、こんなにデカイのは初めて見た。どっから見ても哺乳類なのに羽がありますよ、羽が!! しかもチンチン丸出しで木にぶら下がっている。
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これはコウモリ的に言えば"立ってる"ようにも見え、そうでないようにも見える。このあたりもコウモリのコウモリたる所以と言えなくもない、と思わず納得するオレである。

そしてここのいちばんのウリこそ、ヤンバルクイナ。おお、生きて動いているところを初めて見ました。土産物屋で売ってるヤンバルクイナTシャツのイラストはディフォルメでなく、けっこう写実的だったのねー。やや小太りでカワイイ。なんでも、ここでは世界で初めてヤンバルクイナの人工ふ化に成功したとか。けっこういい仕事してますね。

すると突然巨大なケケケケッという声が。おお、鳴き声を初めて聞きました。夜、森の中でこんな声を聞いたらアフリカのジャングルにでもいる気分になりそうだな。ちなみに実物を見るのに夢中になり、ヤンバルクイナの写真はありません。

という訳でネオパークオキナワでした。純粋に動植物園として魅力的だと思うんだけど、おかしなオマケがマイナー感を演出しちゃってます。そこがまたイイのですが。

地味物件2◇本部の市場周辺

本部と書いて「もとぶ」と読みます。びっくりバスツアーなんかだと、美ら海水族館への通過ポイントでしかないのですが、非常に沖縄らしい、趣のある街並が残っています。
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ちょっと前まではシャッターが閉まりっぱなしだった市場も活気づいてきて、最近はカフェやイベントスペースなんかも充実してきました。このあたりでは沖縄そばのK食堂が有名ですが、今回はその近所にあるぜんざい屋さんの素晴らしさについて。

店内に入って食券を買うのですが、メニューは一種類「氷ぜんざい」のみ。しかし、ボタンが20個もあるのでよく見てみると、なんとそれらには以下のような文字が記されていたのだ。

『氷ぜんざい( 1名様) 250円』
『氷ぜんざい( 2名様) 500円』
『氷ぜんざい( 3名様) 750円』
『氷ぜんざい( 4名様)1000円』
『氷ぜんざい( 5名様)1250円』
『氷ぜんざい( 6名様)1500円』
『氷ぜんざい( 7名様)1750円』
『氷ぜんざい( 8名様)2000円』
『氷ぜんざい( 9名様)2250円』
『氷ぜんざい(10名様)2500円』
『氷ぜんざい(11名様)2750円』
『氷ぜんざい(12名様)3000円』
『氷ぜんざい(13名様)3250円』
『氷ぜんざい(14名様)3500円』
『氷ぜんざい(15名様)3750円』
『氷ぜんざい(16名様)4000円』
『氷ぜんざい(17名様)4250円』
『氷ぜんざい(18名様)4500円』
『氷ぜんざい(19名様)4750円』
『氷ぜんざい(20名様)5000円』
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小さい店でおばちゃん一人できりもりしてるのに、いきなり20名様が来ても対応できるのでしょうか。ちょっと心配。で、その氷ぜんざいがこちら。
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ふわふわの真っ白な氷の下にぜんざい部(っていうのか?)が埋まっている。以前、浜比嘉島で食べた氷ぜんざいは金時豆の煮汁で作った氷をベースにしていたけど、それとは違う素朴な味わい。氷ぜんざいも沖縄そばと同様、その店ごとの特色ってのがあるのだねー。

と、食の話題に熱が入ってしまったが、この本部の雰囲気ってのが沖縄の昔からある小さな街って感じですこぶるよろしい。いわゆる観光地然としているところが全くなく、沖縄の、本部の、普通の生活がそこにある。この普通ってところが重要で、自分の普通と対比したときの文化の違いを楽しく感じることができる。

日本中どこもかしこも画一化してしまいつつある昨今ですが、こうしてその場所がその場所である本質が見える、しかも演出なしで見えるというのは、ひょっとしたらかなり貴重な存在になりつつあるのかもしれません。

地味物件3◇熱帯ドリームセンター

ここはスゴイです。ものすごくクオリティの高い植物園。そうなんです、植物園。動物園や水族館と比べるとただでさえ地味なところに加え、となりが日本一の美ら海水族館だったりするので非常に損をしている感じです。しかし、ここの空間設計というか造園計画たるや尋常でない。一歩動くだけで景色が変わる。そのどれもが絶妙な構図なのです。
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こういう表現はとてもクヤシイのだが、"ラピュタ"の空中庭園の実物を見るようです。非常に綿密に設計されていながら作為を全く感じさせない。古代遺跡のようでいて現代的。
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びっくりバスツアーの人達はみんな素通りしちゃうので、休日でも人は少ない。こんなスゴイ空間を、自分のペースでゆっくり見ることができちゃうのです。また、各温室には珍妙な熱帯植物がこれでもかと咲き乱れ、じっくりと観察できます。

私は過去にいろんなモノにハマった経験がありますが、幸い植物はまだでした。うっかり深みにハマると大変なことになりそうです。ここは特にランに力を入れているらしく、ラン温室だけでもふたつあり、さらには特別展示なんてのもやってました。

番外編◇瀬底島

初めてこの島の小さな宿に来てから6年になるかな。食事は旨いし部屋はシンプルだし、なによりも放っといてくれるから実に居心地がいい。窓からの景色はいつまで見ていても飽きないし、周囲に高い建物もないので屋上からも海岸線がきれいに見渡せる。
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また、本島とつながる橋ができたのが25年前なので、沖縄の離島らしい集落がきちんと残っている。
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いつも思うのだが、この島をもっと散歩したいのだ。こんな小さな島なのに、まだ行ったことのない場所がたくさんある。来年ももし来れたら一日は瀬底島散歩の日に設定したいのだが、あっちこっち巡らずにはいられない人と一緒なのでまあ、無理でしょう。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。