わが逃走[79]冬の尾道の巻
── 齋藤 浩 ──

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前にも何度か尾道の話を書いたが、また書くことにする。

私は自分の生まれた場所や育ったところにはこれといって執着がない。そのかわり、なのかどうなのか...、この広島県尾道市というところには並々ならぬ思い入れがあるのだ。

あえて恥ずかしい言葉で表現するのであれば、心のふるさととでも申しましょうか。この町には「オレの好きな曲がり角」や「オレの好きな電柱」、そして「オレの好きな階段」がたくさんあるのだ。

しかもどれもが飾らずに美しく、ここに住む人たちの暮らしと密接な関係にある。同じ坂道でも、朝と夕方ではまるで表情が違う。同じ路地でも、行きと帰りとでは別の場所のような錯覚を覚える。あくまでも普通の暮らしの中での風景がこんなにも絵になってしまう町を、私は他に知らない。

住みたいと思わなくもないけど、住む資格はまだない。なので、足しげく通って尾道の素晴らしさを少しでも多くの人に知ってもらおうと思う今日この頃なのだ。この『足しげく通うこと』を、私は里帰りと呼称する。

年に何度か里帰りをしたいのだが、「ただなんとなく」では周囲が納得してくれるはずもない。正当な理由もなくふらりといなくなることは、家族やスタッフからの信用に傷がつく。まあすでに傷はけっこうある訳だが、これ以上増やしたくない。さて、どうしたものか...。
で、思いついたのが、「理由なんて作ればいいじゃん!」。
という訳で、いままで撮った尾道の写真をまとめて個展を開催します。場所及び日時未定。で、その写真を使って観光ポスターを作りませんか? と尾道にプレゼンに行き、めでたく採用されたとして、で、それがADC賞かなんかとっちゃったら最高ー! と妄想は膨らむ。

つまり、『個展及び自主プレのための撮影』ってことだ。あ、なんかちゃんとした理由っぽいじゃん。



と安心な僕らは旅に出ようぜとばかり1月某日朝、のぞみ17号にて尾道へと向かったのであった。途中雪のため10分遅れて福山に到着。在来線に乗り換えたら進行方向左側の窓際を確保する。東尾道駅を出て造船所のクレーンが見えてくると、もはや身も心も帰郷モードだ。

大きなカーブに沿って遠くに見えていたクレーンが徐々に近づいてくる。進水式前の巨大な貨物船の横をかすめ、煉瓦造りの変電所を抜けたところで海!という絶妙な演出。まるで映画だ。尾道大橋を越え、瓦屋根の家並みが見えてくると列車はゆっくりと減速し、尾道駅へ到着する。8ヶ月ぶりだ。懐かしいなあ。

荷物をホテルに預け、身軽になったところで尾道ラーメンを食す。あったまったところで撮影開始だ。今回の撮影で自分に課した条件は、『ツァイスで撮ってフィルムに残す』だ。

2年前のカールツァイスレンズとの衝撃的な出会い以来、重度のツァイス患者となってしまった私だが、実はまだ一度もツァイスレンズを通して尾道を記録していない。また、レンジファインダーカメラでのフィルム撮影もしていない。最近やっと納得のいく、フィルムとスキャニングとPC上での現像処理の流れが見えてきたので、この度晴れて趣味全開モードでの撮影がかなった訳です。

この日のカメラはツァイス イコン。ライカMマウント互換のZMマウントを採用した究極の趣味カメラだ。レンズは21mmと35mm、50mm。天気は曇り...というか、この白くてふわふわした粉はひょとして雪ですか?? 寒さは熱い郷土愛でなんとかなる! 天気もきっと晴れてくるはずだ! そんなことを思いつつ、坂と階段の路地が待つ山の手へと向かったのだった。

階段
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ここは何度も撮影してるんだけど、今回もやはり撮ってしまった。美しく、歩きがいのある良い階段だ。ツァイスで撮ると立体感がより強調され、石段を踏んだときの感触や、死角になってる塀の向こう側も見えてしまうような気がする私はやはり重度のツァイス病か。

さらに路地の向こうにも階段。
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とにかく一歩進むごとに景色が変わる。しかもドラマチックに。以前彫刻の先生に「立体物は4方向から見たうち、少なくとも3方向から見て面白くなければいかん」と言われたことがあったが、ここ尾道は人が入り込めるサイズの巨大な彫刻なのではないかと思わせるほどの"無作為の美"がそこにある。

ネコのある風景
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尾道の猫は旨い魚を食ってよく運動しているから健康的だ。しかしこれは一輪車の方のネコである。さりげなく立てかけてあるだけなのに、なんとも風流に感じるのは郷土愛故か。これで陽がさしてきたら、グレイのバックと鮮やかな青とのコントラストが明快になり、また違った表情を見せてくれるに違いない。

塀と屋根
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ここ尾道では急坂に貼り付くようにして家が建ち並んでいるため、一階の高さに隣の家の屋根がある。決して作為では生まれ得ないこの面構成! もはや芸術の域である。

塀と消火器の箱
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この壁だって、わざとこんな色彩に仕上げたわけでは決してないのに、こうして切り取るとリズミカルな抽象画になってしまう。経年芸術とでも言おうか。剥がれ落ちたであろう「消火器」のラベルのあった部分だけが彩度が高いが、そこがまた絶妙なアクセントとなっている。

墓石地平線
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青空が出てきた。ふと振り返ると瓦屋根の向こうはお墓である。尾道のいいところは家と寺と墓地が隣り合っている点。こうしていても、おじいちゃんやおばあちゃんが見守ってくれているような気がする。死をタブーとして見えなくする傾向は、死への恐怖を助長する。日常と死が共存しているここ尾道では、お墓はぜんぜんコワくないのだ。


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塀と屋根が直線的に交わって突き放した構成になると思うと、有機的なドロバチの巣(?)が抑えに入る。こういうことに気づけるような、ゆったりした日常がいい。


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松の内も過ぎようとしているのに、蝉の抜け殻が! 生と死とか、時間の流れとか、いろいろと考えてしまう。さすが時をかける町、尾道。

細道
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一見して道とは気づかない道が、尾道にはたくさんある。とりあえず行ってみると、意外な景色に繋がったりする。当然すれ違いなんかできないから、向こうから人が来た場合、どちらかが戻って道をゆずることになる。こういったちょっとしたコミュニケーションが旅の思い出として心に残るのだ。

紅白
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細道を行くと階段があり、上っていくと学問の神様が。お正月仕様の紅白の幕がことのほか鮮やかだった。

階段
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実はここ、あの有名日本映画の名シーンの撮影地なのだ。あの男女が入れ替わってしまった階段も、視点を変えるとこうなる。

眺め
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神社からの眺望。以前ほどではないとはいえ、まだまだ瓦屋根の街並といえよう。遠くに山陽本線、その先が海。旅はまだ始まったばかりだ。

などと12点も写真を紹介してしまった。撮影はまだまだ続くので、この話もまだまだ続く。文句が来ない限り、しばらくは尾道ネタで引っ張るかもしれないが、ここはひとつ、好きなことを書かせていだだくことにする。
それではみなさん、次回またお会いしましょう。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。