わが逃走[104]アジトの思い出 の巻
── 齋藤 浩 ──

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こんにちは。前回の写真がことのほか好評だったので、一緒に出てきたネガをスキャンしつつ、今回はさらに狭く深い話題をひとつ。

1980年代、私が中学生の頃だった。S玉県O宮市郊外を散歩していた際、妙に気になる物件と出会ったのだ。

周囲には田んぼ以外これといったものもない。大抵の人なら気にもとめずに通り過ぎてしまうような場所に、溶接や旋盤加工なんかをする作業場のようなものが建っていた。

いつ行っても誰もいないが、朽ちていく様子もなく、廃屋のようではあるが、現役のようでもある。トタン板の建家の外には錆ついた機械やドラム缶等が放置されており、それらを覆うように雑草が群生している。

とくに理由はないが、なんかイイ。私はその物件を『アジト』と名付け、学校の帰り道にちょっと遠回りしては眺めたりしてたのだった。

数年後の春、高校生の私が久しぶりにアジトへ行ってみると、敷地全体にだいこんばなが咲いていた。基本的に花に興味のない人生を送っている私であったが、錆ついた機械とのコントラストに心引かれ、家から一眼レフを持ち出して何枚か撮影した。
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そしてたまたま近所に住んでいたユキオ君が通りかかったので、「ジャケ写っぽく撮ってやるぜ」とか言って撮影したのがこれ。
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クラフトワークをはじめとするテクノミュージックでロシア構成主義を知った私は、とにかく歯車と人をからめて撮りたくてしかたなかったのだ。




アジトの壁
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当時の私の美の基準はこれだった。どんな抽象画より美しい! と本気で思っていたし、今もわりとそう思っている。錆とペイントとの調和が見事。右下の数式らしき落書きも効いてる。

そして錆びたボルト!
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当時の私の美の基準は、YMOのアートディレクションであった。YMO散開記念写真集『SEALED』に触発されて、こんな写真をたくさん撮った。

さらに数年後の初夏、ムサビにおける写真の授業で「何でもいいから撮って来い」という課題が出たので、早速アジトを撮ることにした。ちょうど、前回紹介した写真と同時期のものになる。約23年前の記録。使用したフィルムはトライX、カメラはα7000だったと思う。

電気のメーター。
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アジトの壁面に発見した瞬間、YMOにそっくりだ! と思った。なんの変哲もないメーターをいかに人物っぽく印象づけるか? なんてことを考えながら、いろんな構図で撮った。思えば、20年以上も同じような写真を撮っている。

白い花
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花には興味がなかったが、背景に錆びた金属がある場合は別。硬いものと軟らかいもの、人工物と自然物など、対比の面白さに興味を覚えたのもこの頃。いまではすっかり対比フェチになってしまった。

プロパンガスの頭
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モビルスーツ! と思ってシャッターを切った。先日、20年ぶりにこの写真を見たときも、モビルスーツ! と思ったのだった。

謎の機械
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歯車とハンドルがカッコイイ! 動きを想像させる構造美と、無秩序に生い茂る植物との対比。

というわけで、アジトをご紹介しました。最近このあたりがどうなっているかは知りませんが、おそらく周囲の田んぼは埋め立てられて、この建物も敷地ももうなくなっていることでしょう。

最後にアジトの全景をおみせします。こうして見ると、どこにでもありそうな場所なんだけどね。
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【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられ
ないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィ
ックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。