前回父の話を書いたところ、まだまだ書きたりないということに気づき、今回はその続編です。
他人の父の話などどうでもいいとお思いでしょうが、そもそもこの『わが逃走』自体が、どーでもいい話の積み重ねというコンセプトなので、何卒そこんとこよろしゅうに。ってこの前も言ったっけか。
さて、前回語りきれなかったこととに順番をつけるとすれば、まず筆頭にくるのは彼の言語感覚についてである。
あのおかしな言語感覚は、やはり脳の障害なのか?
「スキャナー」を「キャスナー」、「ハットトリック」を「トックリハット」、「トリカブト」を「カブトリコ」等、初めて覚える言葉の前後が入れ替わってしまう現象については前回書いたとおりだ。
他人の父の話などどうでもいいとお思いでしょうが、そもそもこの『わが逃走』自体が、どーでもいい話の積み重ねというコンセプトなので、何卒そこんとこよろしゅうに。ってこの前も言ったっけか。
さて、前回語りきれなかったこととに順番をつけるとすれば、まず筆頭にくるのは彼の言語感覚についてである。
あのおかしな言語感覚は、やはり脳の障害なのか?
「スキャナー」を「キャスナー」、「ハットトリック」を「トックリハット」、「トリカブト」を「カブトリコ」等、初めて覚える言葉の前後が入れ替わってしまう現象については前回書いたとおりだ。
そういえば、ランランが死んだ後にやってきたメスのパンダ"ホアンホアン"のことを「アホンアホン」と呼んでいたことを今思い出した。
ランランやカンカンに比べて言いにくい名前かもしれないが、どう考えてみても「アホンアホン」の方が言いにくいと思うのはオレだけではなかろう。
おそらく彼の脳内では「ランランでもなくカンカンでもなく、ホとかアとかで構成されている複雑な音を二度繰り返す」と記憶しているのだと推察される。
そんなに難しく考えるよりも「ホアンホアン」と覚えてしまった方がラクだと思うんだけどなあ。理解に苦しむところである。
まあその程度なら周りもだいたい何のことだか察しがつくのであたたかく見守ってくれようが、困ったことにそれがどんどん複雑化していったのだ。
オレが中学生の時だったか。ある朝、親子三人で朝ごはんを食べていたところ、父は新聞のテレビ欄を見ながら「今日、カネダノキヨスクやるよ」と言った。
一瞬何のことかわからず顔を見合わせた母と私であったが、二人ともすぐに「ああ、今夜テレビで『犬神家の一族』を放送するんだ!」と理解し、長年父と暮らしていると、複雑な暗号のような言葉もわかるようになるんだねえと妙に感心したもんだ。
カネダとは金田一耕助、キヨスクとはスケキヨ(犬神佐清)を意味する。父は金田一耕助のことをずっと"カネダ"だと思い込んでいた。
会話の中で「カネダみたいだ」などという表現があった場合、オレはすでに「ああ、金田一耕助と印象が似ていると言いたいんだな」と瞬時に理解する癖がついていた。あとは"キヨスク"に似た音の何かが登場する物語を探せばいいのだ。
その夜、居間で『犬神家の一族』を見ていると隣から父は「これさっきの人?」「この人さっき出てきた人?」と3分に一度くらい聞いてくる。父は人の顔を覚えられないのだ。
オレもその血を受け継いでいるので気持ちはわかる。AKBなんてグロスでしかわからないしな。とはいえ、さすがにドラマを見ていればだいたい理解できると思うのだがなあ。
『鬼平犯科帳』を見ているときだってそうだ。ちょんまげだとより一層みんな同じに見えるらしく「この人鬼平?」「佐島だよ」「この人悪者?」「密偵だよ!もう黙っててくれ!」
ああ、思い出しただけでも腹が立つぜ。おっと今は言語感覚の話をしてたのだった。
そしてそれから約10年後。母方の親戚がうちに遊びに来てくれたことがあった。父は、当時普及して間もないデジカメ(130万画素)を自慢したくてしかたがない。それを察してか、叔母が「あら、めずらしいカメラですね」と語りかけると、待ってましたとばかりに解説を始めた。
「このデジカメはね、メモリーが8バカなんですが、16バカまで拡張できるんですよ」「あらすごいわねえ。まあ、そうなんですか」
これはほんとにスゴイと思った。「メガ」をよりによって「バカ」と覚えてしまったこともスゴイが、二人はこのデジカメというプロダクトの何たるかをまったく理解していないにもかかわらず、ちゃんと会話が成り立っているのがスゴイ。
後になって推察するに、おそらく父はMBをKBと間違えて覚えてしまい、さらにKとBを前後逆に、つまりBKと覚えてしまった。だから"16バカ"(16BK)となる。
その後数か月、面白かったのでとくに訂正せず「8バカ」とか「16バカ」とか言わせていたのだが、さすがに外で言われちゃ恥ずかしいと思い、「父さん、バカじゃなくてメガだよ」と言ったところ「メガバイトだろ。知ってるよ」なんて答える。
「なんだ、わかってんじゃーん」と言ってみたものの、一抹の不安も感じていた。その日の午後、メモリーを買いに行くというので近所の量販店まで一緒に行ったところ、「このカメラの16バカ...じゃないや、メバ! メバちょうだい」。
対応した店員はすぐに理解できたらしく、16MBのメモリーを用意してきた。さすがプロである。オレにはできねえ。
それからしばらくして、一人暮らしを始めた私に父から電話があり、外付けハードディスクが欲しいので一緒に店まで来て選んでほしいという。
父に会うと開口一番「最近はね、もうメバじゃないの! ギバなんだよ」。
想像どおりである。ギバって柳葉敏郎か。いまにきっとテバとか言い出すに違いない。
「父さん、メガバイトはメガ、ギガバイトはギガって略すんだよ」とオレが言うと瞬時に「ふーん、そう」と答えたので、絶対聞き流していると思った。
そして店に入るとすぐに店員のいるカウンターで斜に構えつつ「ギバある?」。案の定ってやつである。
さすがにこのひと言では店員は理解できなかったとみえ、聞き返してきた。すぐにオレが横から「Mac対応の40GBのHDDを探しているのですが...」と言うと、売り場へ案内してくれたのだった。つづく。
【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。