わが逃走[150]ドイツで汽車に乗り遅れるの巻 その2
── 齋藤 浩 ──

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「郷愁のザクセン 歴史とナントカを訪ねて...」という大義名分のもと、テツ分多めな私が計画した「ドレスデン近郊の蒸機列車を堪能する」旅。

レスニッツグルント鉄道を訪ねた前日に引き続き、この日はヴァイセリッツタール鉄道に乗車した。当日の予定は、午前中に汽車の旅を楽しんだ後、午後ドレスデンへ戻り市内観光、夕方に次の目的地であるライプツィヒへ向かうというもの。

という訳で、旧市街のホテルにて朝食後チェックアウト。フロントで荷物を預かってもらい、極親しい間柄の年上の女性Aさんと私はトラムで中央駅へ出た後、Sバーン(近郊列車)に乗ってヴァイセリッツタール鉄道始発駅であるフライタール・ハインスベルクへと向かった。

この日はライプツィヒへの移動日でもあるため、Sバーンはジャーマンレイルパスで乗車。

ドレスデン中央駅に入ると、いつのまにかホームにいる。改札がないというのは不思議である。目的の列車が到着したので乗車する。席に着くと10分ほどで音もなく発車。さすがDB(※旧ドイツ国鉄。日本のJRみたいな会社)、ビバ定時運行。




それにしても発車ベルもアナウンスもなくいつのまにか動いている。慣れないなあ。

こういうのって日本における日常とは対極にあたる訳なのだが、ここドイツでは逆にアナウンスが入るとそれは"重要な情報"ということになるので、誰もが聞こうとする。

日本では雨だから傘の忘れ物が多いとか、ただいま空調は"送風"モードにて運転しておりますとか、かなりどうでもいいことまで言う。これはノイズと情報を選別する行為を鉄道会社が乗客に委ねていることになる。

人とは基本的にめんどくさがりなので、「どうせ自分には関係ないだろう」と思ってしまう場合が多く、必要な情報を受けられなかった場合鉄、道会社へクレームがつく。その結果、鉄道会社はよりどうでもいいことまでアナウンスするようになるという悪循環。

"足す"のではなく"引く"ことにより、より明確な情報伝達を、というのはデザインの基本だと思うのだが、"引かれた"部分は目に見えず記録にも残りにくいので、責任の所在を明確にするためにやっぱり"足して"しまうというのが今の日本における実情なのであろう。

視覚情報においても同様だ。ドイツのサインシステムは非常に明快で、余計な情報が少ないため、外国人でも駅で迷うことはほとんどない。

日本では各社バラバラのサイン計画に加え、よかれと思って制作された駅員さん手書きの案内表示が無秩序に掲出されるので、その中から自分に必要な情報を抽出するのにはかなりの労力を要する。日本はまだまだデザイン後進国だ。おっと、話がそれた。

ドレスデンを発車するとすぐ、蒸気機関車用の給水施設とターンテーブルが見えてきた。旧東ドイツでは90年代まで蒸気機関車が現役で使われていたためこのようなインフラが残っており、そのためDB路線では蒸機牽引の臨時列車が日本に比べてべらぼうに多い。なんともうらやましいかぎりである。

5分も乗っていると周囲は山々に囲まれてくる。路線はどうやら川に沿って進んでいるようだ。

約12分でフライタール・ハインスベルクに到着。日本と違い、大都市からわずか4駅でこの田舎っぷり。すばらしい。

駅のホームより。乗って来た列車を見送りつつ、眼下には渋い煉瓦造の機関庫が!
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DBのプラットホームからヴァイセリッツタール鉄道の乗り場へ降りると、山の空気と石炭の匂いがなんとも風流!
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往復チケットをオフィスで買い、気温も暖かかったのでこの日は無蓋客車に陣取った。乗客はまばら。前日と同様、世界各国からやってきた"大きなお友達"の比率は高いようだ。

列車は発車ベルも汽笛もなく、定時になると動き出した。ファンとしては発車前に一発くらい汽笛を鳴らしてほしいところ。

それにしても、ああ、屋根が無いってイイ。煙の匂いを味わい放題だ! 寒が
りなAさんの物言いが心配だったが、美しい自然を全周囲で満喫できる車両に
満足しているようだ。
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列車は南へ向かって川沿いをゆく。ところどころに護岸工事の跡が見受けられる。実はこの路線、2002年の大水害で長期運休中だったのだ。普通なら廃止されてもおかしくないくらいのダメージだったにもかかわらず、2008年に途中駅であるディポルディスヴァルトまでなんとか復旧。

ローカル蒸機路線がこうして運行され続けることは、関係者や地元住民の意識の高さと努力の賜物といえましょう。ここでまたドイツが好きになってしまった。
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山間を汽車はゆく。あと一週間もすれば、木々の彩度は格段に上がることだろう。
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湖。
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約45分で暫定の終点ディポルディスヴァルトに到着した。機関車はすぐに切り離され給水作業を始める。"大きなお友達"が、子供たちと一緒に見学する。
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帰路、機関車はバック運転となり列車の先頭に立つ。客車と連結し、勢いよく蒸気を噴き出す。
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足廻りの金属光沢が美しい。すぐにピストンが力強く動き出す。
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あれ? オレ乗ってないじゃん。どうして? 列車はすーっと山間に消えていった。

ドイツにおいて、列車はベルもアナウンスも汽笛もなく、定時になると発車するのであった。これって乗り遅れた? よねえ...。

極親しい間柄の年上の女性Aさん、激怒。というか半狂乱である。次の汽車まで2時間。あんたにまかせるといつもこれだ、この人間のクズ的なことを言われる。

これで午後の予定がパーだ。こんなことだから仕事も減るんだこのごくつぶしの嘘つき的なことを言われる。嘘つきかどうかに反論することは無意味であると判断。ドレスデンまでタクシーで帰るよ! てめえの金でな! と言われる。まあ仕方ないね。

ディポルディスヴァルトという町は、かつてそれなりに産業が発展した町っぽい。駅にはたくさんの支線があり、かつては貨物列車の操車場だった面影が残る。林業だろうか。

汽車が出てしまうと周囲には誰もいなくなった。いわゆるヨーロッパの小さな町だ。なんとか人のいる場所に出ようと思い、しばらく歩くと『木のおもちゃ博物館』を発見。

窓口の女性につたない英語で「汽車に乗り遅れてしまったのでタクシーに乗りたい」的なことを言ってみると、どうも彼女は英語がわからないらしい。

そこで『サルでもわかるドイツ語会話』を開き、「ヴォー イスト デア タクスィシュタント?」と聞いてみると「わかったわ。タクシー乗り場ね。この道を500メートルくらいまっすぐ行ったところよ。」とわざわざ建物の外まで出て教えてくれた。ありがとう、親切な人。

現実なのにドラマの吹替えの声が聞こえるかのようだった。意思の疎通って楽しいな。それにしても、持って来てよかった『サルでもわかるドイツ語会話』。都市部の観光名所はだいたい片言英語でなんとかなったけど、こういうときにこそ旅の現地語ブックは役に立つのだ!

我々はタクシー乗り場に向かい、てくてくと歩きはじめた。しかし、周囲はどんどん寂しくなってくる。果たしてこの先にホントにタクシー乗り場があるのだろうか。

そんなとき、「ツーリストインフォメーションこっち」のサインを発見、寄ってみることにした。ドイツではどの町でも同書体、同フォーマットのサイン計画が徹底されているので、旅人には心強い。日本では自治体どころか駅の西口と東口で、異なるピクトグラムを採用していたりするからなあ。

そこは小さな町の広場だった。隣接する煉瓦造の建物の大きく重いドアを開ける。暗いし誰もいない。がらんとした空間に写真が展示されていた。どうやらここは町の資料館らしい。

隣の部屋から声が聞こえるので行ってみると、カウンターの向こうにおねいさんと町の人が世間話をしていた。おお、ここがきっとツーリストインフォメーション!

部屋には外光が差し込み、とても明るい! なんという安心感。こちらに気づいたおねいさん、にっこり笑って「めいあいへるぷゆー?」おお、へるぷしてくれるのか、ありがとうおねいさん!

実はドレスデンまで戻りたいのだが、汽車に乗り遅れてしまったのです。タクシーで帰ろうと思うのです。的なことを片言の英語で語ると、「まあ、それは大変でしたね。ならタクシーよりもバスがオススメよ。ドレスデン行きなら一時間に二本出てるわ」と海外ドラマの吹替えの声が聞こえた。

おお、それは予算的にもとても助かる。そして所要時間はなんと30分だという。「ちなみにあたしが運転すれば15分で着くわよ!」とおねいさん。

え! そんなに近いの?? 山路をわざわざ遠回りしてゆっくり登ってきたため全く気づかなかったが、ここディポルディスヴァルトは意外なことにドレスデンのすぐ近く、距離的には20キロ程度しか離れていなかったのだ。

おねいさんは町の地図にバスステーションまでの道順を赤ボールペンで書き込み、そのとなりにバスの系統番号は360、と書いて渡してくれた。ダンケシェーン、ほんとにありがとう。ああ、ドイツのひとは皆旅人にやさしい。

バスステーションに着く。どうやら最初に目指していたタクシー乗り場と同じ場所のようだ。ドレスデン方面と書かれたサインの下のベンチに座る。隣を見るとチケットの販売機があった。

運賃は乗車の際、ドライバーに支払うのだが、ここで買うのもアリなのだね。で、購入を試みるが、販売機はまたもや故障中であった。こういうの多いなあ。なにやらよく見るとDBのチケットも(故障中でなければ)ここで買えるらしい。するってえとこのバス会社はDB系列なわけ?

バスがやってきた。ちょうど下校時刻なのか小中学生を満載している。おでこに『360 ドレスデン行き』と書いてあるが念のためドライバーに「ドレスデン中央駅に行きますか」と聞く。

「ああ、いくよ」。海外ドラマの吹替えの声が聞こえてきた。

「では、このチケットは使えますか?」とジャーマンレイルパスを手渡すとなにやらじっくり読み込んでから
「OK、乗りたまえ!」。

乗ってしまえば後は早かった。北海道の国道のような道をまっすぐひた走り、
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ホントに30分でドレスデン中央駅に到着。当初の予定とほとんどかわらない時刻に戻ってくることができたのだ。

その後、極親しい間柄の年上の女性Aさんの機嫌はそう簡単に直らなかったが、旧市街で無事バウムクーヘンも買えたし、夜には予定どおりライプツィヒのホテルにチェックインできたので、まあよしとしようと思う。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。