わが逃走[168]トリのおんがえしの巻
── 齋藤浩 ──

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たしかバードストライクっていうのかな?

信州某所の山小屋で優雅にコーヒーなんか飲んでたら突然、ガラス窓に何かが当たった音がしたので見に行くと、トリが床に落ちていた。

空がガラスに映っていたのだが、それと気づかずぶつかったらしい。




トリは脳震とうを起こしたようだ。羽もたたまず、頭を床板の隙間に突っ込んでひくひくしている。

こいつあたいへんだ。そばにいた極親しい間柄の、年上の女性Aさん(年齢非公開)がネットで処置を調べてみると、とりあえず暖かくしてあげるといいらしい。

その際、このトリの名前も調べたのだが忘れてしまった。最近、覚えようという強い意思がないとすぐ忘れる。

さて、乾いた布の上にトリを寝かせ、その上からティッシュペーパーで作ったおふとんをかけてやる。

ネットの情報によれば、こういった状況の場合、約7割は助からないという。極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)は、もう死ぬんだ、助からないんだ、うえーん、と言っている。実に悲観的である。

しかし、私は過去の経験から助かるような気がしていた。

子供の頃、実家の居間のガラスに激突したスズメが同じようなことになって、それを何度か介抱したことがある。介抱といっても、あたたかく見守っただけだが。

いずれの場合も、しばらく気を失った後、元気に飛んでいったのだ。なので今回も助かるだろう。根拠はない。種類も場所も季節も違うだろうが、まあなんとかなるのだ。

白目をむいて仰向けに倒れていた(印象の)トリであったが、20分ほどすると通常の木の枝にとまる体勢をとれるようになり、おふとんをかけたまま、きょろきょろと辺りを見回しはじめた。

実にトリっぽい動きである。しかしまだ自分の置かれた状況を理解できてないらしい。近くから人間がじっと観察しているというのに、無警戒きわまりないのだ。

ティッシュペーパーを重ねたおふとんは、けっこう気に入ってもらえたようだ。たかが紙といってもばかにしてはいけない。

私が会社員デザイナーだった頃、残業で終電がなくなったため事務所に椅子を並べ新聞紙をかけて寝た経験から、紙は実にあたたかいという事実を知っている。音はうるさいが。

ちなみにビニール製ゴミ袋をかけて寝たこともあるが、内側が水滴だらけになってしまった。人間からはタイヘンな量の水分が放出されているのだなあ。20年ぶりくらいに思い出しました。

てなことを考えながら二杯目のコーヒーを飲んでいると、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)が、あっ!という声をあげた。

なんと気がつくとおふとんはもぬけの殻だったのだ。トリは元気に飛んでいったらしい。と、極親しい間柄の年上の女性Aさん(年齢非公開)が言った。

「恩返しに来るかな?」

そう! 恩返し!! きっとしてくれるに違いない。有名なツルだってトリだしな。少なくとも虫や魚よりは確率的に高いような気がする。

明日の朝起きたら、窓の外にどんぐりが山積みになってたりするのだろうか。トリの価値観的にはミミズやいも虫だろうか。いずれにせよ、明日がたのしみである。

翌日、窓の外を見たのだが、それらしきものは見つからなかった。配達がちょっと遅れているのかもしれない。

そうこうしているうちに帰らねばならない時間になったので、我々はそのまま信州を後にしたのだった。実に残念だ。もう少し滞在していれば、恩返ししてもらえたかもしれないのに。

せっかく恩返しに来てくれたのに気づかなかったのだとすれば、トリに悪いことしたなあ。とはいえ、わざわざ150キロも離れた東京まで来てくれるとも思えないし。無念である。

それから数日後、なんと世田谷の我が家の窓辺にすてきな贈り物が届けられたのだ。

トカゲのミイラ! モズのはやにえ的な逸品で、実に見事なひからびっぷりなのである。

間違いない。トリからの贈り物だ。しかし本人(トリ)が直接運んできたとは思い難い。

おそらく花キューピットのようなシステムがトリ界にもあって、信州のトリから注文を受けた世田谷のトリが届けてくれたのであろう。

実は干からびた爬虫類は子供の頃からから欲しかったので、ホントに嬉しい。当時、科学博物館で開催された恐竜展で、サウロロフスの皮膚の化石を見て以来、それに通じる爬虫類のサンプルは憧れだったのだ。

ありがとうトリ。家宝にするよ。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。