伊藤嘉朗建築設計事務所のポスターを自主プレしたのが三年前。
シンプルな幾何形態だけで何かできないか? また前から興味のあった『継手』の技術を図案化したい! という、いずれも習作としてあたためておいたアイデアをもとに二点シリーズとして仕上げた。

このときは鉄骨造(溶接)と木造(継手)という二つの相対する技術の対比をシンプルな色使いで提案。
伊藤氏からは二つ返事でOKをいただいた。これは別に長い付き合いだからという理由ではなく、プロとして対等の関係に立った上で制作意図が素直に伝わったから、ということなのだと思う。
思うに、いいデザインとは、必ずと言っていいほどこの“対等の関係”の上で成立している。このポスターは多方面で好評を得て、いくつかの本でも紹介された。
翌年も制作が決定。前回が好評だっただけに、それなりにプレッシャーを感じていた。
この年は構造美をテーマとした写真作品の制作も同時進行していた影響か、構造そのものが持つ機能美、力強さをいかに表現するかを、日常的に考え続けていた(今もそうだが)。
どうせなら今回も二点シリーズで見せたい。前回が鉄と木という素材の対比でもあったので、次はどういった関係で見せるべきか。
そもそも純粋に、美しい構造体とは? などと考える日々。
ちなみに、考えるときは机に向かっている訳ではない。アイデアが出る瞬間のほとんどは移動中の電車の中だったり、喫茶店でコーヒーを飲んでいる時だったり、散歩しているときだったりなのである。
そしてあるとき、確か神保町界隈を散歩してるときだったか、「そのまんま」ってのもアリかな? と思った。
建築って構造自体の美しさだよねえ。たとえ掘建て小屋にしたって、棒っきれと板を組み合わせて自立する訳だが、自立するってだけでじゅうぶん美しい。
ただし、その美しさをすべての人と共有できるかと言えば、ノーなのである。では、共有するためには、どのような工夫が必要か? そのためのモチーフとは?
で、気づいたのが、それ自体に幾何学的美しさをもつ立体トラス構造である。雪の結晶を美しいと感じる感性が全世界共通なら、立体トラス構造にも同じことが言えるだろう。
では、これと真逆な構造とは何か? 一概には言えないけど、完成すると構造そのものが見えなくなってしまうという点で、鉄筋コンクリート構造と言えるのではないか。それならシリーズを組むのもアリかもしれない。
そういえば、伊藤嘉朗建築設計事務所にはロゴがない。伊藤氏の思想から類推するに、そんなものは不要なのだろう。
しかし、どうせならその考えをうまくグラフィックに着地させるための工夫があってもイイのではなかろうか。
設計の根源というか、そういったものをとてもシンプルに、ちょっとした主張として残すというルールを定めるのも悪くはないはずだ。で、できたのがこれ。うん、アリだった。

画面のどこかに必ず直線と正方形を入れることとしてみたのだ。いわゆる面と線。まあ、何事にもあてはまるんだど、建築設計の概念をバラしてバラしてバラし続けて最終的に残るものは何か? と考えてみると、やはり面と線なのだ。
メインのモチーフも正解で、立体トラス構造はイメージどおりの仕上がり、鉄筋コンクリート構造にいたっては想像以上だった。今にして思えば、背景の青が平凡すぎたかな。
このポスターもクライアントから高評価だったのにくわえ、複数のコンペに入選するなどの結果を残せたのが嬉しい。
そして三年目だ。前回や前々回の焼き直しでもじゅうぶんイケるとは思うけど、素材や構造をモチーフにしつつも、新しい見せ方を提案したい、と思った。
最初はトラス構造やアーチ構造などの歴史を遡ってモチーフを探すのもアリかと思いラフも作ったが、どうにも二番煎じな印象になってしまう。
ふと机の脇を見ると、伊藤氏が制作した建築模型(3Dプリンタで出力したもの)がある。じーっと見つめる。これって“面”だよなあ。

で、直感的に決めた。今年は“面と線”でいく。面に関してはこの模型の中から外を見た印象をイメージする。
線はどうする? これはもうシンプルにケーブル構造だろう。
ケーブル構造の建築を伊藤氏が過去に手がけているかとか、そんなことは知らん! しかし、彼の建築脳の中にはあらゆる構造がひしめいている。なので、全然アリなのである。

伊藤氏の感想は、「橋梁のようなデザインは大規模すぎるイメージですが、そのくらいのでかい気持ちで行くのも良いのかな。今までと違うイメージもあり良いと思います」というもので、無事クライアントのOKを頂いた。
さて、世の中の評価はいかに?
【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。