地図を見て、地形を想像して、なんか面白そうだと感じるところは、たいてい面白い。とくに曲がりくねった路地、細い坂道や階段のある地形は大規模な区画整理と無関係の場合が多いため、昔から変わらぬ町並みや風情のある物件など、楽しい風景に出会える確率が高い。
ちなみに、私が育ったS玉県のO宮では昭和のワビサビが残る町並みが軒なみ真っ平らにリセットされ、真っ直ぐなバイパスと直角に交差する道路が日々拡張しており、果たしてこういった土地に郷土愛が根付くのかと心配してしまう。
以前も書いたが、親子三代で同じ景色を共有できないという事実に、人はもっと危機感をおぼえるべきである。
さて、天皇やキリストの誕生日も過ぎ、年内の仕事も一通り片がついた2015年のある日、ちょいと散歩をしに尾道まで行ってきた。
駅周辺の山側の路地を日が暮れるまで歩くのがいつもの定番コースなのだが、今回は地図を見て気になっていた山波町を半日ほど歩いてみた。等高線の狭さとくねる細道になにかありそうと感じたのである。
ここは観光地でもなんでもない、尾道駅と東尾道駅の間にある造船所の城下町だ。住宅の集まる東側も気になったが、まずは町並みを見下ろすべく、小学校のある高台に向かった。地図で見るかぎりこの小学校は由緒正しい印象である。なぜなら学校の裏に山があるからだ!
昭和の児童漫画を読んで育った人にはわかるだろう。“学校の裏山”は小学生にとって、空き地の土管と同じくらい重要なアイテムなのだ。
私の通っていたO宮の小学校にも裏山はあったが、いまはすっかり宅地化が進み風情もなにもない。昔はカブトムシが採れたり墓があったり貝塚があったりエロ本が捨ててあったり痴女が出たりするなど、ちょっとした探検気分が味わえたのだ。
そういった意味からも、学校の裏山とは、充実した人格形成期を送るためのマストアイテムと言えよう。
さて、散歩は尾道造船正門前からスタート。普通の町並みに対し唐突に突き出るクレーンの大きさに圧倒される。
屋根の向こうに面白い形のビルが建ってると思うと、それは建造中の貨物船のブリッジだったりするわけだが、ここではそれが日常なのだ。
道路脇には水路。堰の独特の形状に歴史を感じる。
小学校には郷土資料館が併設されているらしいが、この日はお休み。風情のある裏山をもとめて坂道をゆく。
坂の途中、小さなY字の交差点に到達。本線と支線の高低差もさることながら、舗装道路の断面がカットモデルのごとく見ることができて興味深い。カーブミラーの根っこ部分というのも初めて見た気がする。
ゆるやかなカーブを描きつつ坂道は続く。どうやらこの山全体にみかん畑が広がっているようだ。そして、頂付近には細い農道にもかかわらず立体交差という唐突感。
さらに登ると、こんな風景が。手前にある金属のラインは何かというと……
収穫したみかんを運搬するために張り巡らされた、モノレール軌道だった!遠景に造船、近景にみかん軌道。これぞ寄りと引きで楽しめる社会科見学。
みかん軌道、残念ながらこの日の運行はなし。目の当たりにしたら泣いちゃうかも。ちいさな貨物列車がみかんをたくさん積んで一生懸命山々を走り抜ける向こうに、巨大なクレーンによって船が造られていく風景。
これは思い切りツボである。一日中眺めていたい。
それにしても、機械に人格を感じてしまうのは何故なんだろう。また面白いことに、電子機器に対してはまったくそういうことはないのも不思議だ。
山を反対側に下って川を渡る。つまり、みかん山は川にはさまれているわけだ。川は低いところを流れる。当たり前なんだけど、地形を図や知識としてでなく体感できる環境ってすばらしい。
水路の壁面を見ると、護岸工事の地層を発見。コンクリート、石、アスファルトと三重の歴史が視覚的に確認できる。こういう発見も嬉しい。
去り際に発見したのがこの看板。現役の大村崑は久々に見た。改めて思うが、「おいしいですよ」というコピーがいろんな意味でスゴい。読むだけで崑ちゃんの声が脳内で響く。
実に楽しい散歩だった。ああ充実感。
私が散歩をする理由だが、べつにノスタルジーにひたりたいわけではない。新しい発見やアイデアの源となる体験をしたいだけなのだ。
それには、再開発されたニュータウンよりも、昔から変わらぬ風景を歩いた方が効果的だということを経験上知っている。
ただ、それらは数値化できないため、説得力に欠けるのが少々残念ではある。次回は町の東側を散歩したいと思っている。
今年もよろしく。
【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。