わが逃走[178]おできの話 股間編 の巻
── 齋藤 浩 ──

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10代の頃、キンタマと右脚の付け根の間になんかできた。

腰を曲げて覗き込んでみると、うっすらとした点がある。

が、とくに気にならなかったので放置していた。

たしか高校時代だったと思う。

それがだんだん大きくなってきた。

が、とくに痛みもなかったので放置していた。

そのうち、硬くなってきた。コリコリした軟骨のような感じだ。

ここで初めて不可解に思った。




しかし、邪魔にもならないのでやはり放置していた。

そんなことをすっかり忘れていた夏のある日、

股間をボリボリと掻いていたら、そいつがぽろっととれたのだ!

そこで初めてぎょっとした。

そいつがさっきまでついていたであろう場所を覗き込んでみたが、痕跡はまったくない。

傷もなければ血も出ていない。

安物の顕微鏡を持ち出して、取れたモノを観察してみる。

薄皮でコーティングされた直径8ミリほどの黒っぽい物体だ。

形は球体に近く、弾力がある。

謎の寄生生物の卵だったらコワイな。

実は宇宙人に人体実験されたときに埋め込まれた超小型通信機かもしれない。

もちろんそのような経験はないが、UFOに拉致された人はたいてい記憶が消されると、木曜スペシャルかなにかで言ってたことを思い出す。

見ているだけではよくわからんので、切ってみることにした。

デザインナイフの刃先を鋭利な30度タイプに付け替え、謎の黒い物体をスパッと半分に切る。

すると……。

なんと中から毛の塊が出てきたのだ。

断面が不二家ノースキャロライナのごとく、渦を巻いている。

おそらく、生えてきた毛が皮膚の外に顔を出せずに成長した結果なんだと思う。

体育坐りをしているときに自分の膝小僧を観察すると、皮膚の下に細いうぶ毛のようなものが這いつくばっているのを発見したことがあるが、きっとこれはそのスゴイバージョンだ。

こんな形で外界を見ることになろうとは、毛の野郎もさぞかし驚いたことであろう。

それにしても、ああ、なんで捨ててしまったのだろう。

そうなのだ。私は一通り観察した後、そのノースキャロライナ君を捨ててしまったのだ。

ああ、もったいない!

そのうちまたポロっと取れると思っていたのだが、あれから30年くらい経つけどそのような兆候はない。

まあそれはそれで結構なことではあるが。

こんどはもっとじっくり観察したい。

そして写真として記録したい。

そのために必要なのはマクロレンズだ。どうせならライカのレンズがいい。

というわけで値段を調べてみたところ、42万円だそうだ。

もし仮に大金持ちになって、この42万円のレンズを買ったとして、最初の被写体がポロリと取れたおできだったとしたら。

実に雄大な無駄遣い感であることだなあ。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。