わが逃走[222]富山地鉄をちいさくひとまわり の巻
── 齋藤 浩 ──

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7月の終わりに金沢で会議があったのだが、ちょいと早めに出発して富山で途中下車し、富山地方鉄道に乗って日本の原風景と北陸ならではの構造美を眺めてきた。

できることなら一日乗車券で宇奈月や立山まで行きたかったが、さすがにそこまで時間はないので、「富山地鉄をちいさくひとまわりプラン」を採用。

電鉄富山→寺田→岩峅寺→電鉄富山と、富山近郊を一周したのだった。

●電鉄富山→寺田

電鉄富山駅は、ターミナル駅つまり、線路の末端である。始発駅であり、終着駅。こういう端っこ然とした佇まいがたまらん。

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観光ポスターの掲げられたホームの壁、その下には業務用ヘッドマーク置場が。相乗効果もあり旅情倍増である。

電鉄富山駅を発車し、数駅が過ぎるとすでに美しい田園風景が広がっていた。7駅目が寺田。宇奈月温泉へと続く本線と、立山へと続く立山線との分岐駅だ。

寺田駅は「齋藤浩のマイ近代化遺産」に登録されているすばらしい物件である(建物だけでなく、環境も使われ方も、その風情も含めた価値の総合的評価なので、「物件」と呼ぶ方がしっくりする)。

何がスゴいって、その分岐駅然としたホーム形状が素晴らしい。

上から見ると見事な扇形をしており、その輪郭に沿って本線と立山線が分かれていくのだ。

つまり、分岐駅と説明されなくても、上空から見ただけでそれとわかる。まあ、上空から見る機会のある人なんてそんなにいないだろうけど、つまり乗り換えながら無意識に鳥瞰図をイメージできる駅なのだ。

感覚で乗り換えホームがわかる、つまり方角がわかるということは、構造がサイン計画を兼ねてると言えましょう。平面だろうと立体だろうと、デザインとはこうでなくちゃ。

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扇形ホーム中央の待合室は、スクラッチタイルを多用した美しい木造建築で、1931年竣工。これを中心に、画面向かって左が本線、右が立山線。

DOCOMOMO100選に選定された黒部川第2号発電所(1938年)は、ここからすぐ!(誇大表現)。

こうして見ると、左右対称の表現主義建築の金字塔・小菅刑務所(1929年)を思い出すオレがいるわけですが、同時代における公共建築の夢と希望にあふれた設計のしっぷりに深い感銘をうけつつ、(立体にしろ平面にしろ)同じ設計や素材の使い回しに慣れすぎた21世紀を深く反省した次第。

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4番線から扇形ホームを見る。

●寺田→下段

寺田から立山線に乗り換え、岩峅寺へと向かう。スケジュールに多少余裕があったので、途中の下段(しただん)駅で下りてみた。とくに理由はないが、子供の頃親しんだ、プラレールの『いなかのえき』を思い出したから。次の列車まで1時間以上ある。

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前日通り過ぎていった台風の影響か、とんでもなく暑い。そのかわり、美しい山々がはっきり見える。ホームと木造の上屋。冬は寒いんだろうなー、と汗を拭きながら思う。

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ホーム端から階段を下り、短い廊下を進み、写真左側が駅舎への出入り口。構造から推測すると、この短い廊下部分は当初オープンエアだったのではなかろうか。

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写真は廊下からホームを見上げたところ。木造の手すりの外側のトタンの壁と窓、屋根部分は寒さ対策であとから追加された? などと想像しているわけだが、こういった推理ごっこは実に楽しい。竣工当初の姿や有人駅だった頃の風情をイメージするだけで、ごはん三杯はいける。

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駅舎は美しい瓦屋根の木造建築。

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あぜ道を通って田んぼからホームを眺める。夕方、電車を待っているときっと聞こえるよ、カエルの声が。写真右側の瓦屋根が駅舎、トタン部分がホームと駅舎をつなぐ廊下。

●下段→岩峅寺

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下段駅を堪能した後、車窓からの田園風景をめでつつ岩峅寺駅に到着。このまま立山まで行きたいところをぐっとこらえて下車する。

岩峅寺駅といえば寺社を想起させる駅舎建築が有名だが、今回は乗り換え時間10分のため見学(というか鑑賞)は割愛。

この駅の構内も独特で、立山線のホームを下り、構内踏切を越え、屋根つきの渡り廊下を通って不二越・上滝線のホームへ向かう。

思わず「オレは今、乗り換えてるんだ!」と強く意識してしまう、楽しい構造。

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構内踏切を渡り、立山線のホームを見る。何度か延長された痕跡が見受けられる。左側の階段は完全にトマソン化している。

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岩峅寺駅構内図。

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上滝線ホームから渡り廊下を見る。奥が構内踏切と木造モルタル2階建ての駅舎。

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上滝線ホームの待合室。梁が素朴でイイ。ここで読書しながら列車を待ってみたい!

●岩峅寺→電鉄富山

岩峅寺を発車すると、徐々に都市が近づいてくる印象。車窓から見える住宅の数もどんどん増えてゆく。車内も午前中の部活を終えた高校生で賑わってきた。そうこうしているうちに、南富山駅に到着。

オレ的「富山地鉄をちいさくひとまわりプラン」としては、旅情を優先し、ここで路面電車に乗り換えるルートを推奨しているのだが、今回はこのまま乗車して電鉄富山駅に向かった。暑くて乗り換える気力がなかったからである。

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これは6年前に撮影した南富山駅の写真だが、現在もほぼかわらないとみた。次回富山へ訪れたときは、路面電車をひたすら乗り降りしつつ散歩を楽しみたい。涼しくなってからね。

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電鉄富山駅に到着。終着駅のホームにさりげなく立てかけられた梯子が、いかにも“働き者”って雰囲気を醸し出していた。

富山の良さって、こういう素朴で素直な風情なんだと思う。

この後、脳を仕事モードに切り替え、きらびやかで見栄っ張りな(笑)金沢へと向かったのだった。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。