わが逃走[239]雨の日、ガラス越しに写真を撮ると、勝手に特殊効果がかかってフィルター1枚分トクした気分だ。の巻
── 齋藤 浩 ──

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やたら北陸地方にご縁のある、今日この頃なのである。

前回の終わりに、「次回はもう少し深いところまで踏み込んで、よりシブい物件を探したいと思う。」と書いたわけだが、あくまでも仕事で出向いているわけなので、常にそういった時間がとれるわけでもない。

とはいえ、日帰りはキツいので(たとえ経費は出なくても)一泊くらいしたい。そこで得られる微妙な時間をどう使うべきか。

今回はかなりハードなスケジュールの上、日本海側の天気は雨。なので、「移動方法」を工夫してみた。





東京から金沢方面に向かうには、まず北陸新幹線を思い浮かべるが、東京・金沢間の往復よりも、東京から米原経由で福井、金沢そして東京と一筆書きルートをとったほうが、JR運賃は安かったりする。

車内は貴重な「資料まとめタイム」であり、「読書タイム」であり、「車窓鑑賞タイム」なのだ。

つまり、これからプレゼンする資料を再度読み込みつつ、別件のアイデアを読書と車窓との往復運動からひねり出す。車内ではこれらを同時にできるので、すこぶる効率がいい。

速さだけではないのだ。米原経由だと、太平洋と富士山と琵琶湖と白山を見て仕事に向かうことができる。これはテンション上がるってもんだ。

一仕事終えた後は、日本海と立山連峰と浅間山を見ながら帰途につける。これで旅の疲れもなんのそのである。

とはいえ、前回心残りだった福井鉄道のシブい車両・200形を、一目拝んでおきたい。

幸い福井鉄道福武線はJR北陸本線とほぼ平行して走っている。ここはひとつ、武生駅で途中下車し、JRなら15分のところ、福武線で1時間かけて福井まで出てみよう、ということにした。

米原で新幹線から「しらさぎ」に乗り換え、武生駅で下車。時間帯もあってか、乗降客はまばらだ。ここからから、福武線越前武生駅までは徒歩約5分。目の前、というほどではない距離だ。あいにくの雨である。

途中までは建物の中を通って行けるが、駅前は重たいスーツケースを引きながら、傘をさしての移動となった。

前をゆくレインジャケット姿の旅人が視界に入った。彼も「スーツケースの男」だ。

アノラック!※

そのいでたちから直感した。

(※登山用の防水ジャケットのこと。イギリスで鉄分多めの人に愛用者が多いことから、転じて鉄道マニアをさす。「オタク」の意)

なにも雨のこんな日、乗客もまばらな電車にテツが2人も! まあ、気にすることはない。今日の私はマニアではない。ただの「出張のひと」である。と平静を装う。

外はもはや豪雨といっていい。切符を買い、車両に乗り込んだ。がら空きである。さて、先頭車両の最前列に……。

アノラック!

すでに彼が、運転手さんのすぐ後ろの特等席、「かぶりつき」ポジションをおさえていた。

さて、どこに座る?

実際、最前列の座席は2つあり、そのひとつに彼がでかいスーツケースとともに座っている。その向かい側は空いているとはいえ、そこ以外のほぼすべての席も空いているのだ。

ここで躊躇してはいかん。ごく自然に、彼の向かい側の「もうひとつの最前列」に座った。でかいスーツケース2つが通路を塞いだ。しかし、他に利用客もほとんどいないので、構うこたあないのだ。

大雨の中、列車は定刻に発車。

隣の北府駅に車庫があり、お目当のシブい車両・200形もここに留置されているはずだ。晴れていれば一旦下車して写真でも、と思ってはいたものの、あまりの雨の強さにその気も失せた。今日はこのまま福井に直行しよう。

線路の周りは渋い木造建築が残ってはいたが、大規模な再開発・区画整理の影響か、取り壊されたものも多く、更地が目立つ。

道路の曲がり方や道幅も不自然に均等になっていて、ここでも日本古来の侘び寂びは消えつつあるようだ。

北府駅着。なんと彼が下車した。さすが気合いが違う!「よい鉄分補給を!」心の中で挨拶をする。

しかし、今思えば彼がテツだという確証などなにもないのだ。ただの地元のおっさんだったのかもしれない。

さて、北府駅を発車。200形は「車窓からの見学」となった。窓ガラス越しの視界は雨水で歪み、なにがなんだか判別もつかないが、かろうじてそれらしき車両が留置されているのが見えた。少し安心した。

また晴れた日に来ようと思った。

列車は単線をまっすぐ進む。周りは田んぼが多いが、中途半端に都市化が進み、風情はあまりない。例えるなら、S玉県を見るようである。

ほとんどの駅舎も最近建て替えたらしく、既製建材を使った構成が単調さに拍車をかける。

同じ北陸の単線でも、「日本の原風景しか見えない」富山地方鉄道の車窓とはまったく違う。

うーん、住むならやっぱり富山かな。などと思いつつ、運転席のすぐ後ろから雨の車窓を眺める。

ここで、まだ写真を撮ってないことに気づいた。あまりの豪雨に撮影という選択肢を完全に忘れていたのだ。

窓ガラスに合焦しないようオートフォーカスを解除し、コンパクトカメラのファインダーを覗いてみる。

お。意外に楽しいかも。ピンは合ってるはずなのに、滲む、歪む。雨水のフィルター効果のかかった不思議な風景が見えてきた。

https://bn.dgcr.com/archives/2019/06/06/images/001

島式ホームの両端にはアーチ状の構造物が設置されている。初めは何のため? と思ったが、どうやら雪からポイントを守るためのものらしい。

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直線をゆく。ここは確か川を渡っているシーンだと記憶しているが、何が何だかわからない。

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カーブをゆく。ほぼ90度。この後さらに反対側に急カーブし、併用軌道に入る。

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福井市内の併用軌道走行中、対向列車とすれ違うの図。

雨の日の撮影って、どうしてもテンション落ちてたけど、けっこう楽しい!ってことが判明した。機材や服がが雨に濡れたり、という問題も、濡れない場所から撮ればイイじゃん!

と、これからは前向きに考えることにします。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。