わが逃走[243]魚津の円筒分水 の巻
── 齋藤 浩 ──

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円筒分水とは、簡単に言えば農業用水を均しく分配するための施設です。

水路から取り込んだ水をサイフォンの原理で円筒の中心部へ沸き上がらせ、円筒外周部の均等に区切られた隙間から、それぞれの田んぼへと流すというもの。

大分県竹田市のものが近代化遺産として有名ですが、円筒分水は全国に存在し、その多くは現役の施設として稼働中です。

その機能美に魅力を感じ、遠出する度に探しているのですが、今回は金沢への出張の帰りに、富山県魚津市、片貝川沿の二つの物件を見学(というか鑑賞)してきました。





片貝川は市の南東にある2000メートル級の山々から、富山湾へと注ぐ2級河川です。

今回の物件は片貝川下流の貝田新地付近にあり、左岸に貝田円筒分水槽、右岸のものが東山円筒分水槽という位置関係です。

金沢を午前10時頃に発ち、北陸自動車道金沢東インターから魚津インターへと向かう。当日は異常な暑さで、車のエアコンも全く効かず(あとから調べたら37度だった!)。

魚津インターを降りるとすぐ、「円筒分水こちら」の表示が。

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そんなに有名なのか、他にこれといって何もないのか。

稲作地帯をまっすぐ進む。フェーン現象なのか、異常な暑さだ。しかし、田んぼの向こうに瓦屋根と漆喰の木造家屋、その向こうに神社、そして背景に立山連峰という、日本の原風景とも言うべき世界が広がっている。

何度か車を降りてうっとりする。地元の人にしてみれば何も「ない」のかもしれないが、歴史ある風景をリセットしてつくられた造成地で育った者にしてみれば、失われたものが「ある」のだ。

しばらく走ると、貝田新円筒分水槽が見えてきた。

背後には森(おそらくは河岸段丘)、道を挟んだ向こう側には田んぼに囲まれた住宅地。とくに案内表示などはなく、黙々と仕事を続ける機能重視の分水だ。

ここより数百メートル南側に片貝第一発電所があり、そこからの水を農業用水に割り振っているようだ。

さすがは富山。水はとても美しく、水量も豊かで迫力がある。

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ここから分岐した用水路は道路の反対側で、さらに分岐を繰り返し、農地へと
向かっていた。なんとも機能美である。

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時間があれば、水路に沿ってずっと歩いていたいと思わなくもなかったが、この暑さである。さすがに無理だ。

橋を渡り、片貝川の対岸へ向かう。周囲は水田。日陰なし。ゆるーいカーブの手前、川沿いの空き地に車を置き、車外に出た。暑い! 車内も暑けりゃ外も暑い。

毛穴という毛穴から汗が吹き出てくる。とくに私は顔に汗をかくので、写真を撮るには不向きだ。汗が目に流れ込む。

暑さにクラクラしながら、まるで雨で前が見えないようなことになっている。これは長居できんなあ。長居したいけど。

さて、道沿いの用水路がすでに見事な構造美である。見事な立体交差である。

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その奥に東山円筒分水槽があった。こちらには案内表示も!

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見た目やロケーションの美しさもあってか、貝田新円筒分水槽よりも優遇されてるっぽい。印象的なのはまずその落差。一般的な円筒分水よりも高く、しかも水そのものが清らかであるためか、名瀑を見るような感覚に陥る。

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そして、三つの用水へと導くために区切られた“仕切り”の存在だ。整備用通路も兼ねているのか、階段状になっている。

いずれもノミで彫ったような彫刻的手仕事で、きっと陰影の美しい早朝や夕方は、魅力が倍増するにちがいない。これぞ機能美、構造美だろう。

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で、改めて円筒分水というのは、ある意味最も優れたデザインと言えるのではなかろうか。と思ったオレなわけです。

◎理由その1・問題を解決している

一般的に川の水流はポイントごとに異なるので、農業用水の取水口の位置によって不公平が生じていた。水を一旦円筒の中心に集めて湧き上がらせることで、均等に、公平に分けることが可能になった。

◎理由その2・情報を伝達している

公平に分配されていることが視覚的に伝わる。円筒の外周を均等に区切れば、そこから流れ出る水の量も等しい。理屈ではもちろん、見た目にも機能が明快な構造物と言えるのではないか。

◎理由その3・平和のために使われている

技術というものは、良いことにも悪いことにも使えるものだ。たとえば刃物は料理にも使えれば、人を傷つけることもできる。カメラの顔認証システムも、おそらく銃器との連動が可能だろう。

しかし、円筒分水はいまのところ、農業用水を公平に分ける以外の用途には使われていないのではなかろうか。水争いを終わらせ、農村に平和をもたらす以外に使い道がない。しかも美しい。こんな存在、なかなかないぞ。

涼しくなったら、また訪れたいと思うのだった。


【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
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1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。