わが逃走[245]谷根千のトマソン の巻
── 齋藤 浩 ──

投稿:  著者:



アートテラー・とに~氏が主催する『みんなの大東京建築ツアー』。

今回は「谷根千トマソン建築ツアー!!」ということで、さぞかし競争率も高いのでは? と思いつつ申し込んだが、なんとか無事に参加することができた。

(ちなみに前回のトマソンツアーは『わが逃走 第216回 銀座のトマソンの巻』に書いています。よろしければ是非ご覧ください)

https://bn.dgcr.com/archives/20180426110200.html


(トマソンとは、前衛美術家である赤瀬川原平先生が発見・提唱した、建築概念。大雑把にいえば、かつて機能していたものがその一部を封じられることで生まれる、無用の物件をさす。その強烈な存在感に対し作り手の意図が存在しないため、芸術を超えた「超芸術」といわれている。ネーミングは、高価な契約金に対しまったく役に立たなかった野球選手に由来する。)

さて、この日の講師は建築家・伊藤嘉郎氏。このあたりは芸大テリトリーゆえ、彼の庭のようなもんである。そんなわけで猛暑も和らいだ9月半ばのある日、ツアーは千駄木駅よりスタートしたのだった。





●モナリザをX線解析を行なったら、下からもう一人の人物が! 的な

https://bn.dgcr.com/archives/2019/09/19/images/001

スタートして10歩ほどのところに、もうこんな物件が。看板の下から古い看板の文字が浮き上がって重なっている。しかも美しく。

面白いのは、薬局の看板の下から、同じ薬局の異なるデザインが浮き出ているという点。それぞれの書体の違いも興味深いし、書いてあることはたいして変わらない点にも美学を感じる。店舗前に設置されている自販機のようなものは、おそらく自販機型の募金箱だろう。

●商店街を見上げると原爆型のトマソン

https://bn.dgcr.com/archives/2019/09/19/images/002

原爆型とは、家屋が取り壊されるなどして消失した後にも、隣接する壁面に残された建築の残像をいう。

名称の由来は広島における“焼き付けられた影”なわけだが、近年その呼称が不謹慎である、という声もあるらしい。確かに今だったらこの名称にはならなかったかもなあ。

(これがトマソン界における正式名称である点、インターネットの世の中になるはるか以前、80年代の、しかもメインストリームから外れた芸術と非芸術の境界線近くで発見された“現象”に、過去の“現象”になぞらえてつけられた名称であるという点、赤瀬川先生の著作『超芸術トマソン』の文脈からも偏見、差別を助長する意図はないと判断できることからも、ここではオリジナルの名称のまま書こうと思います。)

多くの原爆型と違い、これは増改築の痕跡が地層状に現れているようにも見え、興味深い。地上3階あたりの高さで、複数の頂がリズミカルに構成されているさまは、1920年代の抽象画を見るようでうれしくなる。

●トマソンのお手本のような美しい高所ドア

https://bn.dgcr.com/archives/2019/09/19/images/003

「高所ドア」は、以前外階段や渡り廊下等が存在していたものの、何らかの理由でそれらが消失、ドアのみ残されたといった物件。

知らずに扉を開け、うっかり一歩外に踏み出してしまうと怪我をするので注意だ。ここはかつて物干があったように見受けられる。手前の草ぼうぼうランドの空間との対比も美しい。

●謎の温度計

https://bn.dgcr.com/archives/2019/09/19/images/004

これはトマソンというわけではないが、シュールな物件。道路脇の塀に、唐突に温度計がぶらさがっていた。ちゃんと機能している。現在26℃。お散歩日和だ。

●でっぱり

https://bn.dgcr.com/archives/2019/09/19/images/005

ふと足元に目をやると、謎のでっぱりが。

隣接する建築が取り壊され、更地になり駐車場となったんだと思うが、なぜかここだけでっぱっている。

よく見ると、継手・仕口のようにコンクリ面に食い込んでいるようにも見える。それにしてもこのでっぱり、厚さ、幅、奥行き、どれをとっても程よい大きさで好感が持てる。

白い直方体の上にそっとのせて美術館に展示すれば、これはもう立派な彫刻といえなくもなくもないかもしれない。

●庇タイプ

https://bn.dgcr.com/archives/2019/09/19/images/006

かつて窓などを日差しや雨から守るべく設置された庇が、守るべきものを失い、孤立しトマソンとなったもの。

この場合は郵便受けだが、丁寧にセメントで塞がれ、壁と同じペイントを施された上で、美しく保存されていた。

●純粋階段の一種か

https://bn.dgcr.com/archives/2019/09/19/images/007

階段とは、この場から目的の場所(たとえば扉等)までの高低差をつなぐものだ。しかし、この物件の場合、昇った先に、なにもない!

外壁パターンの違いから推測するに、かつてそこには屋上が存在していたが、後年三角屋根が設置されるに伴いその入口も閉鎖され、階段がトマソン化したようだ。

外階段というものには独特の風情を感じるが、役目を終えても階段でありつづける姿はなんとも健気である。

●高所ドアその2

https://bn.dgcr.com/archives/2019/09/19/images/008

これも見事な高所ドア。1階の扉よりも年代は新しいようだ。機械式のガレージからよじ登ることはほぼ不可能に思えるし、手前の駐車場にかつてビルが建っていて、2階は通路で繋がっていたのだろうか。想像していると夜も眠れない。

●庇タイプその2

https://bn.dgcr.com/archives/2019/09/19/images/009

見事だ。実に美しい。今日も「無」を日差しから守りつづけるひたむきさに心打たれる。

●水平人工地層の一種か

https://bn.dgcr.com/archives/2019/09/19/images/010

今回最も感動したのはこの物件。住宅の建て替えのために道路両サイド(3方向?)がセットバックした結果、
路面にこんな形状が現れた。

凸型の路面に合わせて、地下の雨水路も同じ形状をしているらしい。まっすぐに配管すればいいのになぜそんな無駄なことを?それは建築家にもわからないそうです。行政における管轄が違うのだろうか?

●代表的な原爆タイプ

https://bn.dgcr.com/archives/2019/09/19/images/011

隣接していた建築の形状がしっかりわかる。長屋建築がつぎつぎと切断建築となり、このようなトマソンが全国で出現しているようだが、それらもいずれ消えゆく運命にあるのだろう。

●ヌリカベタイプ

https://bn.dgcr.com/archives/2019/09/19/images/012

かつてドアだったであろう部分が埋められ壁となったようだが、微妙に壁になりきれてない感じがするのは鉄格子付きの窓のせいか。その上の庇も『無用ヒサシ』になりきれてない。

しかし、この微妙なニュアンスのせめぎ合いが、独特の美を作り出している。給湯器下のボックスもワンオフっぽいし、庇上の通風口もいい味出している。壁全部が現代アートのレリーフのようで、実に楽しい物件だ。

以上、今回のツアーのほんの一部をご紹介しました。午後1時から4時間くらいかな。4キロくらい歩いています。もちろん途中休憩もありましたが、実に濃密なコースでした。

とに〜さん、伊藤さん、参加された皆様、おつかれさまでした。伊藤さん、この物件の数々を全て脳内地図に暗記してるんですね。驚愕です。というわけで、谷根千トマソン建築ツアーのご報告でした。


【さいとう・ひろし】
saito@tongpoographics.jp
http://tongpoographics.jp/


1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。