映画と夜と音楽と…[376]カルディナーレの挑む瞳/十河 進

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●新聞の雑誌広告で見つけた「ブーベの恋人」

「小説現代」6月号に藤田宣永さんが「定年小説特集」の一編として「ブーベの恋人」という短編を書いている。「定年小説特集」は、その世代に向けているのだろうが、年代的には藤田さんはまだ60前である。僕より一歳上だ。夫人は小池真理子さんで、直木賞作家夫婦である。

そう言えば、先日の朝日新聞の読書欄で、小池真理子さんは倉橋由美子の「聖少女」を時代の雰囲気を再現するように紹介していたが、あの頃の気分はいくら名文を駆使しても伝わらないのだろうなあ。小池さんの新作「望みは何と訊かれたら」の中にも「聖少女」は特別の小説として登場する。60年代末に思春期を迎えた少女たちのバイブルのような本だった。


新聞の雑誌広告に出た「ブーベの恋人」という小説のタイトルに僕が目をとめたのは、同じようにそのタイトルによって「ある時代」が甦ったからだ。様々な思い出があるからだ。「ブーベの恋人」が公開されたのは昭和39年(1964年)9月。その月、ベストセラーを吉永小百合主演で映画化した「愛と死をみつめて」も公開になった。東京オリンピックが始まるひと月前のことである。

「ブーベの恋人」(1963年)は主題曲が大ヒットし、毎日のように高松市丸亀町のアーケード街に鳴り響いていた。当時のイタリア映画のスコアを書いていたのは、主にふたり。「太陽がいっぱい」(1959年)のニーノ・ロータと「鉄道員」(1955年)「刑事」(1959年)などのカルロ・ルスティケリだった。後に、ニーノ・ロータは「ゴッドファーザー」(1972年)でハリウッドに進出するが、カルロ・ルスティケリはどうなったのだろう。

そう言えば、昭和35年(1960年)、安保闘争で大揺れだった日本に流れた抒情的な曲がある。「太陽がいっぱい」のテーマ曲と「刑事」の主題歌「死ぬほど愛して」だ。どちらもラジオのヒット・パレードの1位を長く守った。映画音楽が大ヒットする時代だったのだ。

特に「アモーレ・アモーレ、アモーレ・ミーオ」と哀愁を帯びて歌う「死ぬほど愛して」は、小学生の僕たちの間でも意味もわからず流行っていた。歌ったのはアリダ・ケッリ。カルロ・ルスティケリの実の娘だという。後に「刑事」を見て気に入った僕は、「死ぬほど愛して」を聴くたびにラストシーンで引き裂かれる若い恋人たちの姿を思い浮かべるようになった。

イタリアの抒情派監督ピエトロ・ジェルミは、「鉄道員」「刑事」「わらの男」などで自ら主演しているほどの渋い役者でもある。特に「刑事」で演じたイングラバーロ警部は印象的だった。疲れた中年男の警部は、貧しいイタリアの現実を見続けた結果、どこか倦怠を漂わせているが、それでいて正義感を失っているわけではない。使命感も持っている。

彼は貧しい恋人たちに同情するような人情家の一面もあるが、その男が殺人犯だとわかると容赦なく逮捕する。もちろん、それは不幸なはずみで起こった殺人事件だった。娘は恋人をかばい続けるが、ついに彼は逮捕される。車で連行される恋人を追う娘。車のリアウインド越しに追ってくる娘が映る。警部は車を走らせ続ける…。そこに流れる「アモーレ・アモーレ、アモーレ・ミーオ」は名曲になった。

娘を演じたのは、当時、20歳を過ぎたばかりだったクラウディア・カルディナーレである。野性的な…と形容される美貌と肉体が輝いていた。人を射抜くように鋭い視線を向ける大きな瞳は、いつも挑むような光を帯びていた。

●CCと略された女優がいた

──MMはマリリン・モンロー、BBはブリジッド・バルドー、CCは誰か知っとる
か?

小学6年生の秋だった。土佐高知の旅館の一室である。はりまや橋近くだった記憶がある。僕たちは修学旅行で、その日、はりまや橋から高知城、それに桂浜で坂本竜馬像を見て、夕方、旅館に入った。夕食と風呂を終えた僕たちは大部屋で枕投げをやって騒いだ後、お決まりのように教師の叱責を受けて床に入った。そのとき、隣の布団で寝ていた高崎君が話しかけてきた。

高崎君は映画好きで知られていた。それも、僕たちがよく見る中村錦之助や大友柳太朗が出る東映時代劇や小林旭の「渡り鳥」シリーズのような映画ではなく、洋画が中心だった。おそらく、それは父親が香川大学教授だったせいだ。趣味の源は、子供の頃の環境である。タイル職人の父を持つ僕は、子供の頃からチャンバラや日活無国籍映画にしか連れていってもらえなかった。父は「字幕やらいうもんは、めんどくさい」と言っていた。

そのときの高崎君の質問でも、僕はマリリン・モンローやブリジッド・バルドーは知っていたが、実際に映画を見たことはなかった。それに、そのふたりの女優には好感を持っていなかった。ひどくイラヤシゲーな感じだったのだ。僕は、東映のお姫様女優や日活の芦川いづみのような清純派が好きだったし、妖艶派だとしても、せいぜいが東宝の水野久美どまりだった。

──CCって、誰や? そんなん知らん。

僕は、ちょっとムッとしながら答えた。そんなことを知っていても何の意味もないと思っていた。高崎君は「映画の友」や「スクリーン」といった洋画を中心にしたファン雑誌を毎月買っているという評判だった。毎週、テレビの「ララミー牧場」の最初と最後に出てくる「さよなら、さよなら、さよなら」と言っている眉毛の太い小男が「映画の友」編集長だと僕が知るのは、ずっと後のことである。

──クラウディア・カルディナーレや。「アモーレ、アモーレ」に出とった女
優や。これからは、CCやで。

高崎君は、自慢そうに言った。「好きなんか?」と僕が聞くと、どういうわけか高崎君は恥ずかしそうにうなずいた。しかし、僕にはクラウディア・カルディナーレがどんな顔をしているのか、まったくわからなかった。僕が読んでいたのは「少年サンデー」と「少年マガジン」であり、後はたまに親戚の家で年上の従姉妹が買っていた月刊「明星」を盗み読むくらいだった。クラウディア・カルディナーレが出てくるような雑誌ではなかった。

しかし、翌年、僕は中学生になり、その秋に「太陽がいっぱい」「恐怖の報酬」「リオ・ブラボー」という三本立てを見て、世の中には様々な映画があることを知った。特に「太陽がいっぱい」のクールな殺人者トム・リプレイにイカれてしまった僕は、アラン・ドロンの映画を集中して追いかけた。その結果、ルキノ・ヴィスコンティ監督作品「山猫」(1963年)でクラウディア・カルディナーレと出会うのである。

●戦後イタリアの政治状況を知る映画

「ブーベの恋人」は、クラウディア・カルディナーレの初めての本格的な主演映画かもしれない。タイトル・クレジットではカルディナーレの名前がトップに出る。続いて、当時、日本では「ウエストサイド物語」(1961年)で人気絶頂だったジョージ・チャキリス(ブーベ役)の名前がクレジットされる。

「鞄を持った女」(1960年)も彼女がヒロインだが、これは少年(ジャック・ペラン)の視点で描かれているから、主演映画という気がしない。「ブーベの恋人」は、ファーストシーンから彼女のナレーションが入り、ヒロインであるマーラの一人称視点ですべてが語られていく。いろんな意味で、クラウディア・カルディナーレが評価された映画だろう。

公開時、「ブーベの恋人」というタイトルと甘美なテーマ音楽のせいか、恋愛映画のイメージが流布した。しかし、実際に見ると、その先入観は裏切られる。どちらかと言えば、「灰とダイヤモンド」(1958年)のイタリア版といった趣もある。「灰とダイヤモンド」は、戦争中にレジスタンスに参加していた青年が、戦後ポーランドの共産化に反対する右派テロリストになって、要人暗殺を図る話がベースだった。

「ブーベの恋人」のブーベは、戦争中はパルチザンとしてドイツ軍と戦い、戦後のイタリアでは共産党員として革命をめざし、国家権力と闘っている。彼は戦友の死を告げにいったイタリアの村で、戦友の妹マーラと出会うのだ。酔って「搾取を許すな」と語るマーラの父親は、ブーベの同志でもある。

マーラはブーベに恋をするが、ブーベの煮え切らない態度や秘密めいた行動を嫌う。ブーベと婚約し彼の実家を訪ねたときも、彼の家族や実家の貧しさがイヤで仕方がない。彼女はコミュニストであるブーベをまったく理解しない。洋服や靴をねだり、ブーベへの腹いせのように男と踊る。他の娘たちのように遊べないことをなじる。

こう書くと、何だかひどく身勝手な女みたいだな。でも、前半のマーラはどうみてもわがままで身勝手な女だと思う。男に無理を言い、困らせる。しかし、カルディナーレの挑むような瞳が男に有無を言わせない。それだけの美しさと魅力がスクリーンから伝わってくるのだ。不思議な女優だと思う。

婚約し、ブーベの実家の街にいったマーラは、署長を射殺した容疑で追われるブーベと共に隠れ家で暮らすが、組織の命令でブーベひとりが地下に潜る。マーラはいったん故郷に戻るものの、「ブーベの女」という烙印が押された身にはひどく居心地が悪い。彼女は街に出て、ひとり暮らしを始める。やがて、ひとりの男と知り合う。

「私は運の悪い女なの」と、彼女は気を許した男に言う。「ブーベの女」と言われて、どこにいるのかわからない男を待ち続けなければならない。彼女は新しい男に惹かれている。だが、結局、男とは別れる決意をする。そんなとき、父親がやってきて「ブーベが逮捕された」と告げる。

警察の廊下の両端に置かれたベンチに離れて座ったふたりは、久しぶりの再会だ。彼女の言葉に何も答えずにいたブーベは、突然、涙を流し「会いたかった。こんなところではなく」とシクシクと泣き出す。その姿を見つめるマーラの表情が凄い。戸惑い、落胆、奮起、叱咤…、言葉で言えばこんな感情を数秒のうちに見せる。最後に顕れる感情は、決意だ。

愛する男と別れてまで待っていた男の涙を見て戸惑い、こんな情けない男だったのかと落胆する。やがて、私がしっかりしなければと奮起し、「やめてよ。情けないわ。しっかりして」と叱咤する。ブーベは政治犯だ。自分の信条に従って人を殺したのではなかったか。プライドを持った立派な姿でいてほしい、そんに風にマーラは思ったのだろう。

そのシーンを見て、僕はクラウディア・カルディナーレを使った理由がわかった。彼女の性格の強さ、感情の激しさ、挑むように見つめる視線、そんなものがマーラというヒロインを作り出し、最後の彼女の決意を納得させる。14年の刑になったブーベの女として、彼女は待ち続けることを決意するのだ。そして、2週間に一度、マーラはブーベの面会に通い続ける…

先日、ジョージ・チャキリスが久しぶりに来日し、テレビに登場した。すでに70半ばである。それにしては、スリムでとてもそんな歳には見えなかった。チャキリスより4歳若いクラウディア・カルディナーレは、今年、70歳。数年前まで現役で映画出演を続けていた。彼女は、今も、大きな挑む瞳を誰かに向けているのだろうか?

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
カミサンが一週間ほど帰郷した。息子と娘は勝手に生きているので、毎日、適当に食事して(痛飲して?)帰宅する。深夜になっても車で迎えにきてもらえないのが辛い。慣れていないので、タクシーに並ぶのも苦痛です。早く帰ればいいだけの話ですけどね。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1 >
受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm >
< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html >