日々の泡[47]華麗なる一族だった?【硫黄島/菊村到】
── 十河 進 ──

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深作欣二監督夫人であった中原早苗は、若い頃は日活映画で活躍した女優だった。年を重ねてからも出演作は多い。深作作品では「柳生一族の陰謀」(1978年)の春日の局役が記憶に残っている。日活時代では鈴木清順作品に印象的な役があるけれど、やはり石原裕次郎作品のヒロインをつとめた「紅の翼」(1958年)が代表作だろう。活発で(当時の言い方だと)男勝りな新人記者を演じた。

裕次郎にとっては、デビューして三年目の初期作品である。主題曲もヒットし、僕もときどき口ずさむ。「青い空、白い雲、紅の翼」というフレーズで、気持ちのよい青空を背景に飛行する小型機が浮かんでくる。裕次郎は航空会社のパイロットを演じた。小型機をチャーターして逃亡を図る殺人者(二谷英明)を乗せることになり、同乗した中原早苗と共に死闘を演じる。

「紅の翼」の原作者が菊村到だった。芥川賞受賞作家だったが、その後、エンターテインメント作品を多く書くようになった。僕は菊村到の純文学系の初期作品である「硫黄島」という戦争小説を中学生の頃に読んだ記憶がある。菊村到とは逆に、直木賞を受賞した後に純文学系の作品を出すようになった梅崎春生の「桜島」と一緒に「戦争文学全集」に入っていた。





その後も裕次郎は、菊村到の小説の映画化作品に何本か出ている。「男が命を賭ける時」(1959年)「あした晴れるか」(1960年)などがあり、それに何といっても「夕陽の丘」(1964年)である。裕次郎中期のムードアクションの中では「赤いハンカチ」(1964年)「二人の世界」(1966年)と並ぶ代表作だ。

「夕陽の丘」はやくざの主人公が兄貴分の情婦(浅丘ルリ子)と恋仲になり、その兄貴が出所するというので女に「一緒に逃げて」と言われ、女の故郷である函館(だったと思う)で女と待ち合わせる話である。女にはそっくりな妹がいて、彼女は地元のデパートに勤めている。やがて、主人公は妹と知り合い、姉とは違う清純さに惹かれていく。兄貴分を演じたのは、中谷一郎だった。

「紅の翼」はサスペンス小説であり、「あした晴れるか」は新聞記者だった菊村到がよく知っているジャーナリズムの世界を描いていた。その後、「夕陽の丘」のようなやくざを主人公にした小説など、エンターテインメントのジャンルを広げていった菊村到は長く活躍した作家だったが、一年で七本の作品が映画化された1959年前後が流行作家としての絶頂期だったのだろう。

映画化された最後の作品は、「死ぬにはまだ早い」(1969年)であるらしい。この映画が公開されたときのことは、よく憶えている。この作品で監督デビューした西村潔は、この後「白昼の襲撃」(1970年)「豹は走った」(1970年)「薔薇の標的」(1972年)と、殺し屋やスナイパーが主人公の切れ味のよいアクション映画を連発する。大学生の頃、どれもワクワクしながら封切りで見たが、もう一度見たい作品ばかりだ。

「死ぬにはまだ早い」は、昔、よくあった密室人質ものである。レーサー(高橋幸治)と人妻(緑魔子)がモーテルでの情事を終えてドライブインに寄ると、恋人を殺してきたという拳銃を持った若い男(黒沢年男)がやってきて、そこにいた客たちを人質にしてしまう。彼を裏切った恋人は、そのドライブインで男と会うことになっていたという。誰が、その男なのか、というサスペンスが醸し出される。

昔、サスペンスものとしてよく使われた物語のパターンであり、最近でも大雪に閉じ込められたペンションを舞台にして佐々木穣さんが長編を書いていた(面白かった)けれど、新味を出すのはなかなかむずかしい。昔のテレビドラマではよく見た記憶があるのだが、僕の中で強く残っているのはエド・マクベインの87分署シリーズ「殺意の楔」である。

夫が刑務所で死んだのを恨み、夫を逮捕したキャレラ刑事のいる刑事部屋に妻がニトログリセリンを持って立てこもる話だ。人質になるのは刑事たちであり、キャレラが帰ってくるのを待つが、そのキャレラは密室殺人事件を調べている。この場合は緊迫した刑事部屋とキャレラの捜査が並行して描かれて、サスペンスを盛り上げていた。閉じ込められた状況だけで保たせるには、様々な工夫が必要だろう。

菊村到はそんなサスペンス小説が得意だったが、僕が彼の名前をずっと記憶しているのは、やはり初期の戦争小説を読んだからだ。今回、ネットで調べてみたが、芥川賞を受賞した「受胎告知」の単行本が発行された同じ1958年の一年間に、「ろまん化粧」「ああ江田島」「火の疑惑」「紅の翼」が刊行されている。初期から、サスペンス小説に手を染めていたらしい。

亡くなったのは1999年だが、その年「喪服の似合う女」という作品が徳間文庫から出ている。四十数年間、途切れずに書き続け、73歳で亡くなったのだ。初めて知ったが、本名は戸川雄次郎。父も小説家で後に平塚市長をつとめ、兄は政治評論家の戸川猪佐武、夫人の義兄は福田恆在だというから、華麗なる一族であったらしい。


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