映画と夜と音楽と…[402]愚かな弟・やくざな妹/十河 進

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陽のあたる坂道 [DVD]●三度映画化され何度もドラマになった「陽のあたる坂道」

前回、「賢兄愚弟」の話を書いた後、こんなタイトルの映画があったなと思ってネットで検索してみたがヒットしない。「愚弟賢兄」で検索したらヒットした。かなり昔の映画だ。最初の映画化が1931年だから、昭和6年である。77年前になる。

松竹キネマ蒲田撮影所の制作で、五所平之助が監督している。サイレント時代から監督をしている人だ。小津安二郎監督より一歳上になる。その映画の原作小説は、佐々木邦が書いていた。最後の佐々木邦全集が出たのは僕が学生の頃だったが、その時すでに過去の作家だった。

佐々木邦はユーモア小説、児童小説の世界で人気作家になった人だ。戦前から人気があり、東京オリンピック開会式の半月ほど前に亡くなった。今は著作を入手するのも困難だ。「愚弟賢兄」は彼の代表作で読者も多かったのか、1953年に再映画化されている。

再映画化の監督は、後に「張り込み」(1958年)「砂の器」(1974年)など松本清張の小説を映画化して名作を作る野村芳太郎である。「愚弟賢兄」は22年も経って再映画化されるのだから人気のある小説だったのだろう。僕は小説も読んでいないし、映画を見ていないので内容はまったくわからない。



ただ、僕が「賢兄愚弟」と憶えていた言葉が「愚弟賢兄」と使われているので、「愚かな弟」の方が主人公なのかなと想像した。親に疎まれ、周囲から何かと優秀な兄にくらべられている愚弟が本当は心優しい少年だった、という内容の方が一般的には受け入れられるし、そういうパターンの物語は昔からけっこう多い。

そんな物語で僕が思い浮かべるのは、石坂洋次郎の代表作「陽のあたる坂道」である。これも、三度映画化されているし、テレビドラマにも何度もなっている。僕は、日活で映画化された二本とTBSで放映された連続ドラマを見ている。今から思えば、昭和の時代性がよく出た物語だと思う。

これは、関川夏央さんのエッセイに出てきた分析だが、「陽のあたる坂道」に出てくる金持ちのインテリ家庭では、しきりに「家族会議が開かれる」ということだ。そう、確かに何かというと家族が一堂に会して、民主的に意見を述べあうシーンがあった。

我が家も中学生になった兄が「週に一度、家族会議を開こう」と提案したことがある。昭和30年代、民主教育で育った団塊世代の人たちは、「家族会議」という言葉を懐かしく思い出すはずだ。「陽のあたる坂道」では、その「家族会議」の中で愚弟はいつも冷静で正論を吐く賢兄に諫められるのである。

●原作と同時代に制作された石原裕次郎版が最も面白い

「陽のあたる坂道」は、1958年(昭和33年)、1967年(昭和42年)、1975年(昭和50年)に映画化されている。主演は、石原裕次郎と北原三枝、渡哲也と十朱幸代、三浦友和と檀ふみである。テレビドラマは新克利の主演で見た記憶があるが、20年ほど前には柳葉敏郎と沢口靖子のキャスティングで放映されているようだ。

陽のあたる坂道をのぼった邸宅に暮らす田代家を、家庭教師の女子大生が訪ねるところから物語が始まる。この最初のシーンは有名で、ここでヒロインは犬を連れた不良っぽい次男と出会うのだ。次に教え子の足の悪い末娘と会い、最後に優秀でエリートの長男に紹介される。父親は紳士で、母親は山の手夫人である。

ヒロインは、最初、賢兄に惹かれる。愚弟は素行も悪く、どうも妹の足を怪我させてしまったのも彼らしい。悪い仲間もいるようだ…と愚弟はいいところがない。やがて、次男は紳士で穏やかでインテリの父親が、外で別の女に生ませた子供らしいというのがわかってくる。

映画化作品は、やはり、原作と同時代に制作された石原裕次郎版が最も面白くできている。千田是也の父親、轟夕起子の母親、芦川いづみの妹、小高雄二の兄という顔ぶれは確かに古さを感じるが、その後の映画化作品は内容と時代のズレを感じてしらけてしまう。

やはり、映像には時代の空気が写るのだ。石原裕次郎版「陽のあたる坂道」を半世紀後に見たとき、現代の物語としては見ないわけだから違和感は感じない。それに、高く評価された作品だ。文芸派の田坂具隆が監督し、脚本には池田一郎(後の隆慶一郎)が加わっている。

「陽のあたる坂道」の結末は、最初から見えている。不良と思われていた愚弟が心優しい青年で、妹を怪我させた兄の身代わりになって罪をかぶったこと、妾の子を引き取って育ててくれた母のために兄より劣った弟になろうとしていたことなどがわかり、ヒロインは最後に愚弟を選ぶ。優秀でエリートだと見えていた賢兄は、冷たいエゴイストだったのである。

これは、大衆が好むストーリーパターンだ。今どき、こんなストーリーパターンで観客は納得しないだろうが、昭和30年代の人々は素直だった。その年の邦画の興行成績では2位になっている。映画の観客数が現在とはくらべものにならないほど多かった時代だ。多くの人が、この物語に涙したに違いない。

昭和33年のことである。4月5日の土曜日には、長嶋が後楽園球場で4打席4三振でデビューした。相手は国鉄スワローズの金田正一。その二日後、NHKドラマ「バス通り裏」が始まった。2月末から放映されていた「月光仮面」がブームになり、子どもたちは風呂敷をマント代わりに、駄菓子屋で買ったセルロイドの色メガネをかけて石垣を飛び降りていた。

●兄を慕いながら憎まれ口を叩く妹の切なさが漂う

愚弟賢兄は、男同士だからどうしても対比の物語になる。兄弟は、一面では子供のときからのライバルだ。賢い兄がいれば、どうしても弟はくらべられる。親だけではない。親戚の人間も近所の人も教師も、みんな比較する。目立つ兄を持ったため数年遅れで同じ中学や高校に入ると、「○○の弟か」と言われてうんざりした記憶を持つ人は多い。

しかし、これが妹になると違うのだろう。僕は姉も妹もいないので、よくわからないが、たぶんずいぶん違うような気がする。愚妹賢兄という言葉は、あまり耳にしない。兄にとって「愚かな妹」とは、守るべき存在のような気がする。たとえば、「昭和枯れすすき」(1975年)の刑事の兄とヤクザな妹の関係のように…。

昭和枯れすすき [DVD]原作は、結城昌治の「ヤクザな妹」という小説。タイトルは、当時大ヒットした暗いデュエット演歌「昭和枯れすすき」からきている。ヒット曲に便乗した歌謡映画なのだが、これが実に情感にあふれたいい映画だった。野村芳太郎作品としては、僕は「張り込み」と「昭和枯れすすき」が大好きだ。

主人公(高橋英樹)と妹(秋吉久美子)は、孤児同然の育ちをした。兄は、少し歳の離れた妹を親代わりに育ててきた。自分は刑事になり、妹は洋裁学校に通っているはずだった。ある日、同僚の刑事から妹がヤクザとつき合っていることを知らされる。妹を問い詰めると、学校もやめ水商売に入り、ヤクザを使って自分を棄てた金持ちの男に復讐しようとしていることを知る。

妹が堕ちていく。やがて、ヤクザが殺され、妹が容疑者として浮かぶ。主人公は妹を信じ、真犯人を捜そうとするが、すべての証拠や証言が妹が犯人であることを示している。主人公は苦悩する。職務の責任感と兄としての情の狭間でのたうつ。身が裂かれる。子供の頃から守ってきた妹だ。そのかばうべき存在に、自らの手でワッパをかけなければならないのか。彼の懊悩は深い。

33年前の秋吉久美子である。妙なニュアンスを醸し出す女優だった。刑事の妹でありながらヤクザとつき合い、兄の説教に反発する。兄を慕いながらも、憎まれ口を叩き反抗してしまう切なさが漂う。肉親を疎む気分と、親代わりの兄を愛する気持ちが交錯する。「貧しさに負けた。いいえ…世間に負けた」と切なく流れる「昭和枯れすすき」がピッタリはまる。

現在、我が家には27になろうとする息子と24の娘が住んでいる。学年で3つ違う兄と妹だ。できれば賢兄賢妹であってほしいが、ひいき目に見ても普通の若者だ。ふたりが口を利いているのをほとんど見たことはないので、双方、相手をどう思っているのかはわからないが、今でも思い出すエピソードがある。

あれは、娘が小学3年生、息子が6年生のことだった。小さい頃から元気のよかった娘が、ある頃から学校へいきたがらなくなった。それでも、不登校になるほどではなく、毎朝、少し沈んだ顔をして出ていく。僕は、何かあるのだろうかと心配していた。そんなある夜、カミサンが息子の同級生の母親から聞いたという話を僕に報告した。

しばらく前から、娘が同じクラスの男子生徒にいじめられていたのだという。消しゴムや定規を隠されたり、何かを囃したてられたり、娘が沈んでいた原因はそれだった。男の子が女の子に子供っぽいいたずらをするのだから、もしかしたら好きということの裏返しだったのかもしれないが、そんな心理が伝わる年頃でもなかった。

それを息子が耳にした。ある日、息子は相手の男子生徒をつかまえて「妹をいじめたら承知しないぞ」とすごんだ。3年生が6年生に脅されたのだ。相当に応えたらしい。男子生徒の妹へのちょっかいはおさまったという。その話が息子の同級生から母親に入り、その母親からカミサンに伝わった。

──ねっ、ちょっといい話でしょ。

カミサンはそう言った。ヤクザのように脅すのはどうかと思う人もいるだろうが、僕にはカミサンの言いたかったニュアンスがわかった。息子を誇らしく感じ、辛いことを隠して学校に通っていた娘を不憫に思った。何より、息子が娘のことを思っていたのだと、妹を守ろうとしたのだと、そのことに何とも言えない気持ちになった。心が温まるような何かに包まれた。

僕とカミサンがいなくなっても、きっと兄が妹を守る…、そんなことを確信したのかもしれない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
企業社会で生きていると、突然の大不況が身に迫ってきます。トヨタを始めとする自動車会社、キヤノンやソニーなど日本を代表する大企業の減産・人員整理のニュースが飛び交っていますが、当然、広告費は最初に削られます。それが、新聞出版業界に大きな影響を与えます。最近、某新聞に掲載される広告主や広告内容に変化を感じているのは、僕だけではないでしょうね。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/1400yomim/1429ei1999.html >
受賞風景
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm >
< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html >

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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12-23
おすすめ平均 star
starちびちび、の愉悦!
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 恋ひとすじに(ユニバーサル・セレクション2008年第11弾)【初DVD化】【初回生産限定】 愛人関係 (ユニバーサル・セレクション2008年第10弾) 【初DVD化】【初回生産限定】 アメリカ映画風雲録 金魚屋古書店 7 (7) (IKKI COMIX)

by G-Tools , 2008/12/19