映画と夜と音楽と...[516]「待っていた」と言われる喜び/十河 進

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〈幸せの黄色いハンカチ/故郷/同胞/イエロー・ハンカチーフ〉

●どこか「感動しろ」と強制されている居心地の悪さ

先日、日本冒険小説協会30周年と内藤陳会長の誕生日を祝う会があり、僕も出席した。昨年までの会長の誕生パーティーは地味にやっていたので、今年もそんなに大規模にはならないのかなと思っていたが、30周年だから縁のある作家たちに案内状を送ったらしく、僕とかわなかのぶひろさんが座っていた席の向かいに、いきなり北方謙三さんが腰を降ろしたときには緊張した。おまけに、北方さんはかわなかさんと久しぶりだったらしく、「しばらくでした」と言いながらやってきて手を差し出す。

30年近く前、北方さんがハードボイルド作家としてデビューして間がない頃だったと思うが、かわなかさんに「北方謙三に『無頼』のテーマを教えてくれ、と言われて教えたことがあるよ」と聞いた。ゴールデン街のどこかの店のカウンターだ。日活映画「無頼」シリーズの主題歌は、「ヤクザを賛美している」という理由で発売禁止になったため、歌詞を知る人が少なかったのだ。しかし、僕もかわなかさんも好きで、酔うと口ずさんだ。

その後、大沢在昌さん、今野敏さん、辻真先さん、藤田宣永さん、樋口明雄さん、香納諒一さん、平山夢明さん、福田和代さんなど錚々たる顔ぶれが揃い、僕は少し慌ててしまった。もしかしたら大沢さんには会えるかなと思ってはいたのだが、大沢さんは北方さんと話し込んでいる。そのふたりの会話の隙を見て、僕は大沢さんに挨拶をし、お礼を述べた。大沢さんとは、4年半ぶりである。大沢さんに「少し痩せられましたね」と言われたのだが、僕はろくに返事もできなかった。

しばらくして作家挨拶があり、僕も以前に特別賞をもらった関係でマイクの前に立つことになった。「こんな錚々たる皆さんの前で...」と気後れし、早く終わらせたくてあらぬことを口走り、大沢さんに笑われて(もしかしたら受けた?)さらに緊張し、何を喋ったかあまり憶えていない。乾杯の音頭が北方さんだったから、作家挨拶のトリは大沢さんだった。大沢さんは、口跡のよさと話のうまさで会場を沸かした。

やがて、そこここで話が始まった。僕も日本冒険小説協会の古参会員である中田一久さん(僕と同い年で何かと仲良くしてもらっている)に紹介してもらった藤田宣永さんと、古いアメリカのテレビドラマの話やフランス映画の話で盛り上がり、また香納諒一さんには「愛読しております」などと話をしていたのだが、「ダイナー」で冒険小説協会大賞と大藪春彦賞を獲得した平山夢明さんがやってきて、「ソゴーさんの本でわかったんですが、『男はつらいよ』はあるときから説教臭くなりましたよね」と言う。



特異な作風(主にホラー系)で人気がある(数年前には「このミステリーが凄い」で一位になった)平山さんだが、元々は映画評論も書いていた人(デルモンテ平山というペンネームだったらしい)である。いや、大学時代から自主映画を制作し、自作の映像化も行う監督経験も豊富な作家だ。自ら映像制作をする京極夏彦さんとも親しく、ラジオ番組でコラボのようなこともしているらしい。

その平山さんの話は、僕の「映画がなければ生きていけない」第一巻に載っている「もうひとりの寅さん作家」についてのことだった。そこで、僕はかつて「吹けば飛ぶよな男だが」(1968年)までの山田洋次作品を愛したこと、また初期の「男はつらいよ」シリーズにあって、その後、失われてしまったものについて書いた。それは森崎東という脚本家であり助監督だったパートナーが、山田洋次監督の元から去ったことによるものではないか、と僕は分析した。

「これは、山田洋次の視点がフーテンの寅という、どうしようもないやくざなダメ男に対する共感を失い、大衆を啓蒙するような欺瞞性を持ち始めたからではないかと僕は思う」と書いているが、平山さんはそのことを受けてか「ある時期から、フーテンの寅は説教臭くなりますよね。最初の頃は怖い寅さんだったけど...」と言う。「そうなんです」と僕は意気込んで答え、「それは、山田洋次監督が持つ本質的な部分じゃないのかな」と僕は思った。

藤沢周平作品(貧しく逆境でもつつましく覚悟を持って生きる武士が主人公)を映像化したシリーズ(木村拓哉を使うところなどは商売上手だ)、あるいは「母べえ」(2007年)「おとうと」(2009年)などのヒューマニズムあふれる感動作(!)と、どれも映画そのものが観客に説教している気がしてならない。どこかの革新系の機関誌(「赤旗」とは限定しないけれど)を読んでいる気がする。

山田洋次監督作品に常に漂う説教臭さが、単純なモラリストである(あるいは、へそ曲がりかもしれない)僕は苦手だ。だから、誰もが泣くという「幸せの黄色いハンカチ」でも感動できず、どこか「感動しろ」と強制されている居心地の悪さを感じる。もっとも、そんな文句を言いながら僕は最近作も含めてすべて見ているわけで、それは説教臭さの大御所である、黒澤明の作品を無視できないのと同じことなのだ。山田洋次作品の評価の高さは認めつつ、「僕にはなじめないなあ」とつぶやくしかない。

●「幸せの黄色いリボン」を聴いたのは70年代前半だった

以前に書いたと思うけれど、山田洋次監督の「幸せの黄色いハンカチ」(1977年)という映画があまり好きではない。公開当時、高く評価されたし、見にいって泣いたという人も多かった。いや、ほとんどの人が絶賛だった。翌年の初頭に発表になったキネ旬ベストテンでは、邦画の一位になった。高倉健が初めて山田洋次監督と組んだ作品である。原作は「幸せの黄色いリボン」というピート・ハミルのコラムとされている。

「幸せの黄色いリボン」という歌を聴いたのは、70年代の前半だったと思う。僕は「幸せの黄色いハンカチ」は、その歌詞を発展させたものだとずっと思っていた。刑務所を出た男が妻に「自分の帰りを待っていてくれるのなら、庭の木にリボンを結んでおいてほしい」というハガキを出す。しかし、自宅が近付き、男はその結果を自分で見るのが怖い。だから誰か見てくれないか...、そんな歌詞だった。

「幸せの黄色いハンカチ」は、北海道を真っ赤なファミリア(マツダが制作協力したのだろう)で旅しながら、女の子をナンパすることしか考えていないダサイ若者の物語として始まる。当時はヘンな顔の芸能人代表で、胴長短足が目立った武田鉄矢が若者を演じた。彼は演技者としては素人だったが、山田洋次監督の目が確かだったのは、その後の武田鉄矢の活躍を見ればわかる。しかし、公開当時、僕は「武田鉄矢が映画に?」と思ったものだった。

武田鉄矢にナンパされる、やはり鈍くさくてあか抜けない女の子を演じたのは、当時すでに20代半ばを過ぎていた桃井かおりである。僕はデビューの頃から桃井かおりの喋り方が好きになれず、このキャスティングもあまり歓迎しなかった。「あらかじめ失われた恋人たちよ」(1971年)で、僕は初めて桃井かおりを見たが、その映画では服を着ていた桃井かおりの記憶がない。

その後、桃井かおりは藤田敏八監督や神代辰巳監督などに重用されるけれど、ロマンポルノとして公開された作品も多く、服を着た桃井かおりはほとんど憶えていない。その頃の出演作はすべて見ているけれど、「青春の蹉跌」(1974年)でのショーケンとのセックスシーンを見ながら、「高校生役にしては、ちょっとふてぶてしいよな」と思ったものだった。

鮮烈な印象だったのは、倉本聰が書いたテレビドラマ「前略おふくろ様」(1975年)の「恐怖の海ちゃん」役である。海ちゃんは親戚中で嫌われるトラブルメーカーで、本人がそれを自覚していないのが困りものという設定だった。桃井かおりの無神経で非常識な喋り方を生かし、初めて成功したキャラクターだと思った。それでも、僕は桃井かおりに積極的な好感は持てなかった。

そんなことで、「幸せの黄色いハンカチ」はキャスティングが最初から気に入らなかった。おまけに「新幹線大爆破」「君よ憤怒の河を渉れ」(1976年)と新しい役柄に挑み、絶好調だった高倉健が松竹で山田洋次監督と組んだことが、僕には変節に思えたのだ。僕はキネマ旬報の「幸せの黄色いハンカチ」特集に掲載されたシナリオを読みながら、形を変えてはいるが相変わらずの「労働者(プロレタリアート)賛歌」だな、と思った。

当時、「男はつらいよ」シリーズを盆と正月に公開するために、山田洋次はよく働いた。貢献度ナンバーワンの山田洋次監督に対する松竹経営陣の覚えはめでたく、普通なら企画さえ通らない映画を数年に一度、山田洋次監督は作れた。瀬戸内の島に住んでいた一家が新天地を求めて北海道まで旅をする「故郷」(1972年)、東北の農村の青年団の活動を描いた「同胞(はらから)」(1975年)である。そこで描かれるテーマは、日共的教条主義(貧しい者はすべて正しい)と紙一重だった。

●オリジナルよりいいじゃないか、と目が離せなくなった

平山さんと話した翌日の日曜日、WOWOWで「幸せの黄色いハンカチ」と、それをハリウッドでリメイクした「イエロー・ハンカチーフ」(2008年)の放映があった。気が付いたのは、「幸せの黄色いハンカチ」のラスト近くで、テレビのスイッチを入れるとすでに健さんは自宅の近くまで帰ってきていて、車の後部座席で目を閉じている。武田鉄矢と桃井かおりが騒いでいてうるさかった。

そして、あのあざといとも言えるラストシーンになった。黄色いハンカチが見えて騒ぐふたり。健さんが車を降りる。高鳴る音楽。「男はつらいよ」の出だしの音とそっくりだ。風にたなびく数え切れないほどの黄色いハンカチ。その数が夫を待つ妻の想いを表現している。路地の隙間からチラリと見せた後は、ロングショットで全景を見せる。ここでウッとこない奴は冷血漢だ...と言われている気もしないではないが、今見るとそれほど押しつけがましくもない。

健さんが歩いていく。倍賞智恵子が家の中から洗濯物を持って出てくる。それを干そうとして、フッと振り向くと健さんが歩いてくるのに気付く。アップになったりはしない。ずっとロングショットだ。でも、やっぱりどこかあざといし、感動を強制されている気がする。カットが変わるとトラックの運転手が冷やかしの言葉を投げかけており、手前に武田鉄矢の車が停まっていて、桃井かおりとキスをして映画は終わった。

数分後、「イエロー・ハンカチーフ」の放映が始まり、まあ見てみるかという気分で僕はカウチに腰を降ろしたが、少し謎めいた回想シーンに「おっ」と身を乗り出し、やがて目が離せなくなった。10分ほど見たところで、これは...オリジナルよりいいじゃないか、と思った。主人公ブレットを演じたのは、ウィリアム・ハート。健さんとはまったく違うタイプで、その映画的キャリアから受けるイメージも異なる。60近いウィリアム・ハートが演じる、大人の抑えた悲しみが伝わってくる。

ウィリアム・ハートはアクション俳優ではないし、「蜘蛛女のキス」(1985年)は別にして、「愛は静けさの中に」(1986年)「偶然の旅行者」(1988年)の教師や旅行ライターなど、知的な役柄の多かった人である。「スモーク」(1995年)では、作家の役だった。その俳優が両腕にタトゥーを彫り込んだブルーカラーの男を演じている。僕は昔からウィリアム・ハートが好きだったが、「イエロー・ハンカチーフ」では彼の成熟した男の魅力がよく出ていた。

妻の役は、傑作「ヒストリー・オブ・バイオレンス」(2005年)で主人公の妻を演じたマリア・ベロ。歳を重ねた大人の女の役である。男で苦労してきて、ひとりで生きていく覚悟を決めた中年女メイの魅力が出ていた。セクシーなシーンもかなりあるが、体の線は崩れておらず、主人公が惹かれていく気持ちがよく理解できた。「今までろくな男に会わなかった」と強い口調で言うとき、バクレン女(アバズレ女ではない)の気風が漂う。

先住民だと名乗る青年ゴーディは、サイコ顔の俳優(エディ・レッドメイン)を選んだのだろう。異常者っぽい雰囲気だ。ボーイフレンドと喧嘩し、当てつけのようにゴーディの車に乗るのは、繊細そうな印象の美少女マーティーン(クリステン・スチュワート)。少し病的で悲しそうな雰囲気が、この役によく合っている。桃井かおりが演じた役より若く設定(15歳)し、思春期のメランコリーを醸し出していた。儚さが漂うのは、鋭角的な顔と悲哀を湛えた瞳の効果だろう。

物語は、オリジナルを踏襲する。6年服役していたブレットがミシシッピ川の渡し場近くの食堂で青年と少女に出会い、三人で車に乗ってニューオーリンズを目指す。途中、ゴーディが車を接触させた若い夫婦とトラブルになり、それを助け出し車を運転することになったブレットが逮捕され、免許失効の理由を問われて「刑務所にいた」と答える。しかし、人情派の警部(オリジナルで渥美清が演じた役)のおかげで解放され、警察署の前で待っていたふたりに身の上話をすることになる。

それまで、ブレットはことあるごとに回想をするが、いつも断片的で幻想的なイメージで、ひどく謎めいていた。最初に現れる磨りガラスの向こうでゆっくりうごめく女体のイメージは、6年間禁欲していたブレットの幻想のようにさえ思えるし、すれ違った女性を見てメイが放ったひと言を甦らせたりする。それが次第に現実のメイのイメージに形作られていく。しかし、ブレットとメイの関係、ふたりの過去、なぜブレットが刑務所に入ることになったのか、それらは謎のままである。

●なぜ「イエロー・ハンカチーフ」にあんなに反応したのか

夜の7時を過ぎ、放映の最後の方はリビングに家族四人が集まっての食事に重なったが、その間も僕はテレビ画面を食い入るように見つめた。カミサンがテーブルにちらし寿司を並べ、汁を出しているときも僕はカウチに座って涙を流していた。夕飯の準備をしながらチラチラと見ていたカミサンが「あの人、奥さんだったの?」と訊く声も無視し、息子と娘が食事を始めたのも気にせずティッシュで鼻をかみ涙を拭いた。

なぜ「イエロー・ハンカチーフ」に、僕はあんなに反応したのだろう。それは、登場人物たちが抱えるそれぞれのせつなさが僕の胸を打ったからだ。それは、強く強く響いてきた。共鳴し、打ち震えた。父親と暮らしてきた15歳のマーティーンの悲しみ、彼女はボーイフレンドの裏切りにも遭った。一方、町のみんなから気持ち悪がられ、のけ者にされ疎外されてきたゴーディの苦悩と屈辱、そしてブレットの人生の悔い、期待と怖れ...、そんなものが僕を捉えた。

そこには「貧しい者はいつも正しい」といったキレイゴトではない、本当に心を打つメッセージがあった。彼らはみんな社会的には取るに足らない存在であり、世間の底を這いずるように生きている。マーティーンの父親はトラックの運転手だし、ゴーディは先住民に育てられた。決して、恵まれてはいない。ブレットは少年の頃に起こした事件で少年院に入り、さらにドラッグ使用でも逮捕され、人を死なせて刑務所に入っていた男だ。前科者で将来もない。

ブレットは、海中油田の採掘場で働くブルーカラーだった。肉体労働に何10年も従事してきた、もう老いが現れ始めている男だ。そんな中年男が船の修理を頼まれたことがきっかけで、メイという女に惹かれていく。彼女はミシシッピ川に係留した船で暮らす女。どこから流れ着いたのかもわからない。男で苦労し、もうこりごりだと口にする。そんなどん底で生きるふたりが惹かれあい、結婚に二の足を踏んでいたメイも妊娠をきっかけに決断する。

しかし、メイは流産し、中絶した過去をブレットが知る。やけ酒を飲むブレットに、メイが言う。「私にあなたを愛させたのは、あなたよ」と。いろんなことがあった男女が流れ着いた果てに結びつき、それが流産をきっかけに壊れようとしている。流産の原因が過去の中絶経験にあったことが、ブレットのこだわりだ。「私の過去は承知の上だったんじゃないの」と、メイは叫ぶ。愛する男の離反がせつなく彼女を責める。彼女も自分の過去を悔いている。でも、今更どうにもなりゃしない...。

ラストシーン。風にたなびくイエロー・ハンカチーフを見付けて、我がことのように歓喜するゴーディとマーティーン。メイは、待っていたのだ。「待っていた」ことを、イエロー・ハンカチーフが表す。その想いの強さは、ハンカチーフの数で伝わる。それほどはっきり「こんなにも、あなたを待っていた」と言われてみたい、と僕は思った。そのとき、「イエロー・ハンカチーフ」がなぜ感動的なのか、理解した。大切な人に「待っていた」と言われる喜びが、ビジュアル(風をはらむイエロー・ハンカチーフ)として伝わるからだ。

メイの審判を待つブレット、彼より先にイエロー・ハンカチーフを見付けて喜ぶゴーディとマーティーン。彼らの喜びを、僕も共有した。心の底からブレットのために喜んだ。大切な人は待っていてくれる。生きていればそんなこともある、と希望が湧く。何枚ものイエロー・ハンカチーフが船の帆のようにたなびき、ブレットとメイが静かに近寄り、互いに抱き合う。そのブレットの背をきつく抱くメイの腕を見つめ、僕は幸福感に包まれた。世の中は棄てたもんじゃない、と思った。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

三連休で朝からテレビを見ていると、杉浦直樹さんが亡くなったニュースが入った。「岸辺のアルバム」「あ・うん」など山田太一、向田邦子ドラマでおなじみと紹介されていたが、僕にとっては日活映画や東映映画に出ていた頃が懐かしい。特に健さんと共演した「網走番外地・望郷篇」の人斬りジョーの役は忘れられない。

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