映画と夜と音楽と...[522]成熟した女性の魅力がわかるとき/十河 進

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〈稲妻草紙/桃太郎侍/鳴門秘帖/宮本武蔵/赤い影法師/瞼の母/酔いどれ天使/青い山脈/雪婦人絵図/お茶漬けの味/千羽鶴〉

●純情な心を持つ鉄火肌の莫連女として有名な三人

WOWOWで阪東妻三郎特集をやっていて、稲垣浩監督の「稲妻草紙」(1951年)を見た。阪妻と稲垣浩のコンビでは、戦前の「無法松の一生」(1943年)が最高作と言われる。その「無法松の一生」も放映されたので、久しぶりに見た。「無法松の一生」には子供時代の長門裕之が沢村晃夫の名で出演しているが、長いキャリアを重ねた名優も先日亡くなった。

阪妻は、田村高廣、田村正和、田村亮の父親である。晩年の田村高廣が父親とそっくりになった。田村正和は父親より年上になり、とうに還暦を過ぎているけれど、未だに二枚目俳優として活躍している。驚異的である。彼の喋り方は独特の間があり、白塗りの時代劇をやれば殺陣のうまさなど惚れ惚れする。あれも父親譲りなのかもしれない。

「稲妻草紙」は僕が生まれた年の作品だから、もう60年も昔、朝鮮で悲惨な戦争があった頃に作られた。さすがに古くさく感じる部分はあったけれど、子供の頃、いっぱい時代劇を見て育ったから、懐かしい雰囲気が伝わってきて楽しめた。それに、木暮実千代がゾクッとするほどきれいで、一度見ればいいやと思って録画したのに消去できなくなった。

「稲妻草紙」のヒロインは田中絹代である。純情な娘役だ。彼女は3年前、言い交わした浪人者(三国連太郎)の仕官が叶い「一緒にきてくれ」と言うのを、道楽者の父親と病弱な弟を抱えた自分が重荷になると考えて断ったのだが、ある日、三国連太郎が戻ってきているのを、宿の女中(木暮実千代)に教えられる。三国はヤクザの用心棒になっている。

同じ頃、ある武士(阪東妻三郎)がその町にやってくる。仕官していた頃の三国と友人だったのだが、家老を殴って逐電した三国の討手を命じられたのだ。阪妻は田中絹代を好きになるのだが、田中絹代の心は今も三国にある。一方、阪妻には木暮実千代が惚れてしまう。まるでラシーヌやコルネイユの書くフランス古典悲劇のような設定である。




フランス古典悲劇では嫉妬から悲劇が起こるのだが、昭和20年代の時代劇ではそうはならず、田中絹代と木暮実千代はあくまで仲違いはしない。親も兄弟もいない木暮実千代は孤独をまぎらわすためか酔いつぶれるほど酒を飲み、べらんめぇ口調で威勢がいい。当時の時代劇にはよく登場した、純情な心を持つ鉄火肌の莫連女である。

大衆文学の世界で「純情な心を持つ鉄火肌の莫連女」として有名な3人がいる。丹下左膳の愛人である櫛巻きお藤、「桃太郎侍」の阪東小鈴、それに「鳴門秘帖」の見返りお綱である。木暮実千代は三隅研次監督・市川雷蔵主演の「桃太郎侍」(1957年)で阪東小鈴を演じ、鶴田浩二主演の「鳴門秘帖」(1961年)で見返りお綱を演じた。三大莫連女のうち2人まで演じている。

莫連女の代表のような木暮実千代だが、そのさみしそうな顔が「稲妻草紙」で刻み込まれた。田中絹代が出している屋台に、酔った阪妻がきて田中絹代に告白するところを後ろから見ているシーンだった。ふたりの芝居の間に、悲しみに充ちた木暮実千代のアップが挟まれる。好きな男の態度が、仕草が、言葉の端々が、田中絹代への慕情を顕わにしている。自分が恋をしているからこそ、よくわかるのだ。

モノクロームの陰翳の深い画面に木暮実千代の瞳が光り、せつない、さみしい、振り向いてほしい、自分を見つめてほしいと願っている表情が僕の脳裏に焼き付いた。彼女は無性にさみしいのだ。その木暮実千代が、ため息が出るほど美しかった。慕情を隠し耐え忍ぶ顔は、神々しく美しい。そのとき「昔、この女優さんが好きだったなあ」と不意に甦ってきたものがあった。

●僕が同時代で見た木暮実千代は母親役が多かった

「稲妻草紙」当時、木暮実千代は33歳。生きていれば、90を過ぎている。僕の母親より年上だ。そんな女優さんをいつ好きになったのだろう。僕が映画を見始めた頃は、大年増の役ばかりだった。ヴァンプ女優と言われることが多かったように、妖艶な女優だった。顎のホクロも「艶ボクロ」などと言われた。

作品歴を見ると、テレビドラマ「阿部一族」(1959年)に出演していた。僕はなぜか、このドラマを見たことを憶えている。それが森鴎外の原作であることは後に知ったのだが、見たのは8歳の頃である。どんな内容だったか、誰が出ていたかまったく記憶にない。しかし、その一回限りのドラマを見たことだけはずっと憶えているのだ。だから、そのときに僕は木暮実千代を見ているはずである。

ただし、僕が木暮実千代という女優をきちんと認識したのは、内田吐夢監督の「宮本武蔵」(1961年)だった。まだ9歳である。強烈な映画体験だった。冒頭、関ヶ原の戦いで落ち武者になった武蔵と又八は、山中で暮らすお甲と朱美の母子に救われる。お甲を演じたのが木暮実千代だった。お甲は妙にイヤラシゲで、僕は不潔に感じたものだった。

ストーリーの必然として又八をお甲の愛欲に溺れさせなければならなかったから、彼女としては年増の色香を見せつけるように演じたのだろうけど、そんなことは9歳の少年にはわからない。今よりずっとそういう情報は少なかったし、又八の怪我をした太股にむしゃぶりつく木暮実千代を見て、僕はいけないものを見てしまったような、いたたまれない気持ちになった。

その頃に僕が見た木暮実千代は、母親役が多かった。一本は柴田連三郎の忍者小説を映画化した「赤い影法師」(1961年)で、大川橋蔵が演じる主人公の母親の女忍者(くノ一)を演じた。プロローグ、若き服部半蔵(近衛十四郎)が江戸城に忍び込んできた忍者を捉えると女とわかり、いきなり犯してしまう。そのシーンがひどく僕には乱暴に思えたものだが、その20数年後に物語が動き出す。

母影と呼ばれる木暮実千代は、半蔵に犯されて産んだ子を手練れの忍者に育て上げ、徳川家に敵対する。守りにまわるのは半蔵であり、実の親子と知らずに闘うことになる。しかし、母影は再会した半蔵に男を感じて(たったひとり肌を許した男なのだ)闘えない。今、上映したらフェミニストたちに批判され、ジェンダー意識のない作品として唾棄されるに違いない。

もう一本は、加藤泰監督の名作「瞼の母」(1962年)だった。番場の忠太郎(中村錦之助)が訪ねる再婚した母親おはまを演じた。「瞼の母」では、橋のたもとで番場の忠太郎に身の上話をする女乞食役の浪花千栄子の名演が印象に残っていたが、30年ほど前、加藤泰監督にインタビューするときに見直したら、木暮実千代のうまさに舌を巻いた。

最初、ヤクザ姿で訪ねてきた実の子を強請りと疑い「知らない」と突っぱねていたおはまは、忠太郎の掻き口説くような言葉に気持ちが揺らぎ始める。娘が大店の息子と祝言することになっており、娘の幸せを願って彼女は忠太郎を拒否し続けるのだが、途中からあふれ出そうになる情愛に身悶える。もちろん、大仰な演技ではない。表情と仕草だけで表現する。

もしかしたら、あのときから木暮実千代が好きになったのだろうか。「瞼の母」出演当時、彼女は43歳。僕は30を過ぎて、そんな年令の女性の魅力がわかるようになっていたのかもしれない。

●戦後の代表作で強い印象を残したヴァンプ女優

プロフィールや作品歴を調べてみると、木暮実千代は日大芸術学部在学中の1938年、20歳で松竹に入社している。昭和初期に女性で大学まで入ったのだから、恵まれた家庭に育ったのだろう。妖艶、あるいはヴァンプ女優と言われた人だが、どんな役を演じても品があったのは育ちの良さがあったからかもしれない。

戦前は1938年から1943年まで出演作があるのに、その後しばらく空白があるのは1944年に結婚し、夫の仕事の関係で満州に渡ったからだろう。満州映画協会(満映)での出演作もある。「間諜未だ死せず」(1942年)や「開戦の前夜」(1943年)といったタイトルに時代を感じる。敗戦後、満州から苦労して帰国し、1947年、映画界に復帰する。

手元に「ノーサイド」(1994年10月号)という雑誌がある。「戦後が似合う映画女優特集」の「帰ってきた豊饒」というコーナーで、戦後復帰した女優たちが紹介されている。その代表的なひとりが木暮実千代だ。主題歌「夜霧のブルース」を初めて聴いて印象深かったのか、僕の母親がよく口にする「地獄の顔」(1947年)にも出演した。ユーチューブで検索したら、キャバレー・シーンで肩を顕わにしたドレスを身に着けて出ていた。

──戦後の女性解放に軌をあわせ開花した。その最初の強烈な印象が「酔いどれ天使」(黒澤明1948年)の情婦で若いヤクザ三船敏郎を子供扱いし、「青い山脈」(今井正1949年)では美人中年増芸者と民主的に友情をもつという全男性のあこがれの状況をつくり、「帰郷」(大庭秀雄1950年)では美貌辣腕で軍部にとり入るハードボイルドな美しさをみせた。(ノーサイド1994年10月号)

僕が見た最も古い木暮実千代出演作は、「酔いどれ天使」である。名画座巡りをしていた20歳前後の頃、銀座並木座で出会った。その中でも木暮実千代はドレス姿でキャバレーに出没するヤクザの情婦役だった。派手な化粧、派手なドレス、けばけばしさを強調するような役作りだった。その頃の僕が好きになるようなタイプではなかった。

「青い山脈」の芸者は、知的で清楚な女教師(原節子)と対照的な役柄である。これは鉄火女の系譜に連なるものだが、権力を持つ男たちの酒席での醜態を知っていることを武器にして、校長や教頭、PTA会長といった連中をやりこめる得な役だった。気っぷがよく、男勝りで、それでいて女性としての純情な心を垣間見せる。以降、そんな役が増え、2年後の「稲妻草紙」でも純情な心を持つ鉄火肌の莫連女を演じた。

●日本映画全盛期の巨匠たちに愛された息の長い女優

木暮実千代は1918年に生まれ、1990年に72歳で亡くなった。生涯に350本以上の映画に出演したという。戦後、30近くになって復帰し、コンスタントに出演作を増やし続けた。21歳でデビューしているが、僕が見たのは30になってからの姿だ。同時代的に見たときは、40を過ぎていた。だとしたら、一体、いつ僕は木暮実千代という女優を好きになったのだろう。

主演作が多い人ではないが、溝口健二監督の「雪婦人絵図」(1950年)ではヒロインの雪を演じた。原作は舟橋聖一。戦後間もない昭和23年(1948年)1月から「小説新潮」に連載され、単行本はその年の暮れに発行された。性的なことが題材だからベストセラーになり、すぐに映画化されたのだ。

ヒロインに木暮実千代を...とキャスティングした狙いは、大変わかりやすい。露骨な性的描写はないけれど、寝室のシーンが多い作品である。監督が女の業を描いてやたらに粘る巨匠、溝口健二だから、その組み合わせだけで観客が呼べるだろう。もっとも、僕がこの作品を見ることができたのは最近のこと。改めて木暮実千代の美しさを認識したが、この作品で好きになったわけではない。

この後、木暮実千代は「祇園囃子」(1953年)「新・平家物語」(1955年)「赤線地帯」(1956年)などの溝口健二監督作品に出ている。「祇園囃子」は若き若尾文子(最近、ソフトバンクのCMで松田翔太と結婚したお祖母さんの役をやってます)を鍛える海千山千の芸者役だった。本当に芸者役の多い人である「赤線地帯」は売春防止法が成立した頃の作品で、タイトル通り赤線の女を演じた。

木暮実千代は、日本映画全盛期の巨匠たちに愛された女優だ。黒澤明、溝口健二、小津安二郎、成瀬巳喜男、今井正、木下恵介、吉村公三郎、渋谷実、内田吐夢、田坂具隆...、それだけで日本映画史が語れる。山田洋次監督の「男はつらいよ 翔んでる寅次郎」(1979年)にさえ出ている。そのとき、木暮実千代のキャリアはすでに40年を越え、60歳を過ぎていた。

●やはり小津作品の木暮実千代を見て好きになったのか

小津安二郎監督の「お茶漬けの味」(1952年)を見たのは、いつのことだったろうか。30代だったはずだ。僕は戦後の小津作品はすべて見ようと決意していたが、なかなか踏破できずにいた頃、どこかの名画座にかかった。小津監督が「麦秋」(1951年)と「東京物語」(1953年)の間に作った愛すべき作品である。珍しく小津作品に木暮実千代が出たのだ。それも主演である。

これは夫婦の倦怠がわかるようになって見ると、なかなか味わい深い小品だ。木暮実千代が演じる山の手婦人は、地方出身の夫の田舎臭いところが気に入らない。たとえば、夫がご飯にみそ汁をかけて食べるのを、「みっともないから、およしなさい」と、つい強い口調で言ってしまう。都会的な洗練と、地方的な素朴の対立というわかりやすい現象を描きながら、その底にある夫婦の齟齬が描かれる。

撮影当時、木暮実千代は34歳。成熟した女性の魅力にあふれているが、夫を見つめる視線の冷たさにゾッとする場面もある。有閑マダムたちと旅行に出て、それぞれ夫の愚痴を言い合うのだけど、そのときのリアリティが身に迫ってくる。夫をクールに観察する妻の怖さがにじみ出る。うちのカミサンもこんなものかもしれないな、と思ったりする。

夫を演じたのは、佐分利信である。茫洋とした感じの俳優だ。どんな映画を見ても、無口で無表情な演技をしている。晩年になって「日本の首領」などを演じ、重厚感あふれる俳優として重宝された。しかし、「お茶漬けの味」では、その持ち味が逆に鈍感に見えてくる。早口でまくしたてる妻をじっと見て何も言わない。そんな演技が歯がゆい。

しかし、「お茶漬けの味」は最後には夫婦が理解し合う話である。要約すると、クールに夫を観察していた妻が夫への愛情に目覚める物語だ。妻は何かのきっかけで、夫を見直す。相手のクセやささいな仕草がイヤになったり、あるとき見直したり。現実の夫婦はそんなことの繰り返しだよな、と「お茶漬けの味」を見ながら僕は思ったものだった。

「お茶漬けの味」は妻が夫を見直し、夫婦で夜中にお茶漬けをたべることで和解して終わる。そのときの木暮実千代の愛情に充ちて夫を見つめる表情が、とても美しい。慕情を抱いて男を見つめる、その木暮実千代のやさしい表情が僕の記憶に残った。その頃、僕も夫婦の倦怠を感じていたのだろう。木暮実千代のような表情で見つめられたい、と思ったのかもしれない。

未見だが、彼女は吉村公三郎監督版「千羽鶴」(1953年)に出ている。主人公の死んだ父親の愛人だった婦人。彼女は主人公とも関係を持つ。僕が川端康成の原作を読んだのは10代の頃だったが、大人の世界の深淵を覗き見た気になったものだ。あの役を彼女はどんな風に演じているのだろう。

大人にならなければ、木暮実千代の魅力はわかるまい。成熟した女性の魅力がわかるには、歳を重ね、いろんなものが見えてくる必要があるのだろう。僕は彼女が演じた役柄では「純情な心を持つ鉄火肌の莫連女」が一番好きだが、それは実生活では戦災孤児への援助を行ったり、保護司として犯罪者の更正に尽力したり、ボランティアに熱心だった彼女の真摯さがどこかに感じられるからかもしれない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

とうとうシニア世代と括られるジャンルに加わってしまった。映画館は千円で入れるし、公共の美術館や博物館などにもシニア料金はある。といって、あんまりいかないだろうけど...。それに「シニア」って言いにくいですよね。

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