映画と夜と音楽と...[566]ベッドを運ぶ二人の男/十河 進

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〈タンスと二人の男/ローズマリーの赤ちゃん/チャイナタウン/フランティック/ゴーストライター〉

●夜中の環七をベッドを抱えた二人の男が歩いていった

夜中にベッドを運んだことがある。40年以上も昔のことだ。友人のNが前になり後ろ手でベッドの頭の方を持ち、僕がベッドの足下の方を抱え上げていた。長さは2メートル近くある。二段ベッドの下側で、幅は1メートルもあっただろうか。組み立て式だったからバラして運ぶという方法も採れたが、一度ですむのでそのままの形で運んだ。

ベッドを運ぶ二人の男は、シャッターの降りた地下鉄丸ノ内線方南町駅の前を通り、環状七号線方南陸橋を渡った。環七沿いに少し大原交差点方向へ歩き、縮み麺が評判のラーメン屋の先を右に折れ、当時、フォーリーブスのおりも政夫が住んでいるというので夜中でもファンの少女たちが立っていたマンションの前を抜け、坂道を降りて僕の下宿の外階段を昇った。

廊下が広かったので、そのままベッドを運び、狭いドアのところはベッドを斜めにしてすり抜け、何とか四畳半の部屋に納めた。壁際にベッドを置くと、僕とNはそのままへたり込み、しばらく荒い息をしていた。下宿は東西に延びた廊下を挟んで、南北にそれぞれ三部屋あった。僕の部屋の対面は共同トイレで、隣はNの部屋だったから、物音に関してはそれほど気を遣わなくてもよかったのだ。




しばらくして、「何か食うか?」と僕が言い、Nが「そうだな」と答えた。僕は立ち上がり、小さな冷蔵庫の中を覗き込んだ。野菜と卵が少しあるだけだった。「例のオリジナルスープでいいか」と僕は返事を期待せずに訊き、小さな炊事場の前に立った。マッチを擦ってガスレンジのコックをひねった。噴き出したガスに火がつき、僕は水を入れた鍋をかけた。

──夜中にベッドなんか運ぶモンじゃないな。
──昼間だと人通りも多くて邪魔にされる。それに、もっと目立つ。
──でも、夜中じゃ他に何もないから余計に目立つぜ。
──でも、人目は少ない。
──しかし、まったくの無人じゃない。
──シズカさんのところからここまで、何人に会った?
──8人。
──数えたのか?
──陸橋を超えるまでに3人。おりも政夫のマンションの前で5人。
──そうだったっけ?
──そう。彼女らは思っただろう。「何で夜中にベッドを運んでいるの?」
  って。
──おりも政夫のファンは、そんなこと気にしない。
──そうかな。
──そうさ。

僕たちは、そんな会話を交わした。大学に入った年の秋、僕は赤羽線板橋駅から方南町に引っ越した。環七の外側だったから地名は杉並区和泉である。環七を挟んだ方南町側に、高校時代のガールフレンドのお姉さんが住んでいたのだ。上京以来、そのお姉さんにいろいろ世話になっていた僕は、引っ越し先を方南町に決めたのだ。お姉さんは妹に「ソゴーくんが私を慕って引っ越してきた」と自慢した。

もっとも、初めて訪ねたときからお姉さんの部屋にはボーイフレンドが四六時中いて、ほとんど同棲状態だった。彼女は大学を卒業したら、その人と結婚するのだろうと僕は思っていた。事実、卒業してしばらく経った頃、彼女と彼は結婚し、その新居にも僕はよく遊びにいったものだった。お姉さんには僕だけではなく、後に僕のカミサンになる人もずいぶん世話になった。もちろんNも......

方南町に住んでいた僕の部屋によくきていたNに「隣の部屋があいたよ」と何気なく言ったら、そのままNは大家さんのところにいき借りることにしてしまった。以前から顔なじみだったから話は早かったのと、僕が大家さんに信頼されていた(?)からである。そのNと一緒にお姉さんの部屋からベッドを運んだのである。ということは、彼女が大学を出て部屋を引き払うことになった頃だろうか。

●「タンスと二人の男」でもポランスキーの不可解さは伝わった

夜中にベッドを運んでいるとき、僕の頭の中には「タンスと二人の男」(1958年)という短編映画のシーンが浮かんでいた。若きロマン・ポランスキーが監督・脚本・出演をした実験映画である。世界から注目されるきっかけになった長編「水の中のナイフ」(1962年)を制作する4年も前の作品だ。ロマン・ポランスキーは、まだ20代半ばだった。

その短編は、海から大きな洋服タンスを抱えたふたりの男が現れるシーンから始まる。彼らは犬のように躯を振るわせて水を撥ね、タンスの前でダンスを踊る。そのままタンスを抱えて歩き出し、電車に乗ろうとして乗客たちに拒否され、レストランに入ろうとして追い出される。彼らは大きなタンスを抱えているというだけで、排斥されるのである。

70年前後、そんな実験的な短編映画が草月ホールなどでよく上映されたものだった。若く好奇心にあふれていた僕は、そんな実験映画もよく追いかけて見た。サルバトール・ダリが脚本に協力し出演した、ルイス・ブニュエル監督の「アンダルシアの犬」(1928年)も、そんな時期に見た一本だった。たった17分の短編映画が、映画史に残る名作になったのである。

「タンスと二人の男」は、「水の中のナイフ」で名をあげたロマン・ポランスキーの初期の短編として1970年に上映された。「水の中のナイフ」の後、ポランスキーは「反撥」(1964年)でカトリーヌ・ドヌーヴを使い、「袋小路」(1965年)でフランソワーズ・ドルレアックを使っている。フランスの美人女優姉妹をポーランドの監督が撮ったイギリス映画だった。

やがて「吸血鬼」(1967年)でヒロインを演じたシャロン・テートと結婚したロマン・ポランスキーは、アイラ・レヴィンのベストセラーを映画化した「ローズマリーの赤ちゃん」(1968年)のヒットで売れっ子監督になる。しかし、翌年、最大の悲劇に襲われる。カルト教祖チャールズ・マンソンと信奉者によって、妊娠8か月の妻シャロン・テートが惨殺されたのだ。

そのニュースは、僕もよく憶えている。ロマン・ポランスキーは不在だったが、彼の屋敷を襲ったカルト集団マンソン・ファミリーは、シャロン・テートと一緒にいた4人も惨殺した。まるで、ホラー映画のような惨状だったという。ある死体は天井から吊されていたと報道された。シャロン・テートは「胎児がいるから」と命乞いしたが、20か所ちかくも刺されて死んだ。

「ローズマリーの赤ちゃん」は、現代のニューヨークを舞台にした悪魔憑きの話である。そのこととシャロン・テートら5人の猟奇的な惨殺事件は関連付けられて語られることが多かった。それに真相が判明する前には、ポランスキー自身が疑われたこともあった。そんな事件に巻き込まれたせいか、ロマン・ポランスキーにはミステリアスな監督のイメージがつきまとう。少なくとも僕は、彼の作品を見るたびに奇妙な不可解さを感じる。

●言葉が通じない世界で行方不明の妻を捜す不安感

ミステリアスなオーラに包まれたロマン・ポランスキーは、作る映画もミステリアスで独特の雰囲気を醸し出す。映画を見ながら落ち着かない不安感に包まれたのは、「フランティック」(1988年)を見たときだった。主人公と一緒に、言葉の通じない世界で妻を誘拐され、焦りながら戸惑う気分を体感させる映画だった。不可解さ、心細さ、不安、戸惑い、焦燥...、そんな言葉で表現される、いわく言い難い気分を味わったものだ。

「フランティック」では、もう若くはなくなったハリソン・フォードが曖昧な表情で言葉の通じないパリを走りまわっていた。彼は妻を同伴して、学会にやってきた学者だ。フランス語はまったくダメで、ワンダーランドにいる気分である。そんなとき、妻が行方不明になるが警察にも事情が伝わらず、焦燥感に駆られてひとりで妻を捜そうとする。彼に協力することになる美女は、この映画の後、ポランスキーと結婚するエマニュエル・セニエである。彼女が演じた謎の美女が、さらにミステリアスなムードを醸し出した。

考えてみると、ロマン・ポランスキーはずっとディスコミュニケーションをテーマに映画を作っているような気がする。人間同士はコミュニケーションできない、そう思っているのではないだろうか。「水の中のナイフ」は、シンプルに言えば夫婦だって何もわかり合っていなかったのだという映画だった。「ローズマリーの赤ちゃん」も、同じテーマだったと言える。

「フランティック」のテーマは、周囲には大勢の人間がいるにもかかわらず、何も通じないことの心細さや不安を描くことだった。それを明確にするために、英語しかわからない男をフランス語の世界に放り込み、コミュニケーションが成立しない状況を作りだしたのだけど、結局のところ、言葉が通じたとしても同じことなのではないか。そんなことを連想させる映画だった。

ちなみに大沢在昌さんは、東京で生まれ育ったサラリーマンが出張で大阪にいってトラブルに巻き込まれる「走らなあかん、夜明けまで」の着想を「フランティック」から得たそうである。江戸っ子サラリーマンにとって、大阪はまったくの異文化の世界であり、言葉さえまともに通じない場所という発想なのだ。その後、サラリーマン坂田シリーズは、「涙はふくな、凍るまで」「語り続けろ、届くまで」と続く。

●引退した英国首相の自伝を書くことになったゴーストライター

話題になった「ゴーストライター」(2010年)の不可解なプロローグの映像の意味がわかるのは、映画の後半になってからである。その意味がわかってからフェリーに一台だけ残った車のプロローグシーンを思い出すと、改めて背中がゾクリとする。ああ、そういうことだったのか、と思うのだが、そこから恐怖感が湧き上がってくる。心理的なトリックである。絶好調の頃のヒッチコック映画に近い感覚だ。

アメリカ東海岸の島に渡るフェリーが着岸する。車が次々に降りてゆく。雨が降っている。その中で、一台だけ車が残る。アウトドアタイプの車だ。車だけが残るということは、運転者がいなくなったからだ。フェリーボートで運転者がいなくなったとすれば、その人物はどうなったのか。一台だけ残った車に、カメラがゆっくりゆっくりズームする。その思わせぶりでミステリアスなオープニングは、やはりロマン・ポランスキー監督の世界だった。

プロローグが終わると、主人公(ユアン・マクレガー)が自分のエージェントと一緒に、出版社で交渉をしているシーンになる。彼はゴーストライター。有名人の話を聞いて、自伝を代筆するのが仕事だ。英国首相だったアダム・ラング(ピアース・ブロスナン)の自伝のゴーストライターとして、採用されるかどうかの話が進行している。エージェントは積極的に売り込んでいるが、彼自身はあまり乗り気ではない様子だ。

それにしても、ピアース・ブロスナンが演じているアダム・ラングという首相は、見事なまでにブレア首相を連想させる。ブッシュに同調しイラク戦争に全面協力したブレアに対して、なぜあれほどアメリカに迎合的だったかという疑問が「ゴーストライター」の発想の源にある。原作の小説はベストセラーになったらしいが、明らかにその疑問を発展させ驚愕の結末に到ったのだろう。

「ゴーストライター」で印象的なのは、引退した元首相が暮らす小さな島である。住民は少なく、首相の暮らす邸宅は近代的な設備で守られている。あんなところで引退して暮らしたいなと、映画を見ている間ずっと思っていた。少し寒々しいのが気になったが、いつでも海岸を散歩できるのはうらやましい。交通機関はフェリーしかないけれど......。

物語は主人公の一人称的描写で進むから、首相の経歴で不可解なことに気付き、その謎を調べ始めると次第に迷路に入っていく感じがダイレクトに伝わってくる。一体、どういうことなのだ、と主人公と一緒になって謎を解明したい気分になる。やがて、首相の過去に驚くべき疑惑が浮かび上がり、まさかと思いながらも確かめずにはいられなくなる。同時に、身の危険を実感する。

しかし、ミステリアスな物語だから一筋縄ではいかない。最後の最後で大きなどんでん返しがあり、ラストシーンは思わせぶりに終わる。このラストシーンは、想像力のない人には理解できないかもしれない。ストレートにその場面を見せないとわからない人は多いから、「ゴーストライター」のラストシーンを見て「あれ、どういうことなの?」と尋ねる人はいるだろう。

しかし、僕は思わせぶりなプロローグと「ストレートに見せない」ラストシーンこそがロマン・ポランスキー的だと思う。僕は主人公がフレームアウトした後、奥から走ってきたセダンが急にスピードアップしたときに予感した。最初は単なる背景として映っていたセダンが、突然、画面の中で主役になった。スピードを上げてフレームアウトする。人々がひとつの方向を見て、足早に集まり始める......。

「タンスと二人の男」も不可解な映画だった。彼らは差別され、排斥され、拒絶され、最後は再びタンスを抱えたまま海の中に戻っていく。あれは、ユダヤ系だった両親が収容所で亡くなった、ポランスキーのある想いを象徴しているのではないか。人々は大きなタンスを抱えているというだけで、二人の男を排斥した。しかし、それは具体的な見えやすいものに託しただけで、タンスが象徴するものは明かだ。

ところで、夜中にベッドを運んだ数年後、真っ昼間に僕はタンスを運んだことがある。阿佐ヶ谷の中杉通りから茜舎という喫茶店の横の道を産業館方向に折れ、数100メートル。数分の距離だった。結婚するので方南町から阿佐ヶ谷四丁目に引っ越した僕のアパートに、カミサンは嫁入り道具を高松から大型トラックで運んできたのだ。それは、初めて娘を嫁に出す両親の想いの発露だったのだろうが、入りきれないほどの立派な家具だった。

巨大な洋服ダンスと和ダンス、揃いの鏡台、ダイニングテーブルに椅子が4脚、ベッドになるソファなどを積んで高松を出発した大型トラックが、休日の午前中に阿佐ヶ谷に到着した。しかし、狭い道に入れず、中杉通りに駐車するしかなかった。そこから数100メートル、僕は重く大きい家具を運ぶことになった。タンスの引き出しはひとつずつ抜いて何度も往復した。周辺の人々が物珍しそうに見つめていた。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

「映画がなければ生きていけない」4巻目の帯に大沢在昌さんの言葉をもらえることになりました。もちろん、大沢さんの名前で読者の手に取らせようという魂胆です。虎の威を借るキツネですね。僕の顔はどちらかと言えば狸顔ですけど...

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