映画と夜と音楽と...[578]零落の女──ヴィヴィアン・リー/十河 進

投稿:  著者:  読了時間:14分(本文:約6,800文字)


〈美女ありき/風と共に去りぬ/哀愁/欲望という名の電車〉

●シワだらけの老醜を作り込んだ絶世の美女

フランスのある港町の夜、ショールを頭からかぶり顔を隠した女がフラフラと現れる。警官がふたり、通り過ぎていく女を見送って訳ありげにうなずく。警官たちは、女の跡を尾ける。女は酒場に入っていく。入り口近くの棚に酒瓶が並んでいる。女はカウンターの亭主に声を掛け、亭主がよそを向いた瞬間、棚の酒瓶をショールの下に隠す。

酒を盗んだ女が酒場を出てくると、警官たちが待っている。女は常習なのだろう。以前から目を付けられていたに違いない。連行しようとした警官に女は抵抗する。野次馬たちが現れ、「イギリス人だ」と誰かが言う。女の顔が見える。「えっ」と僕は思い、もう一度、女の顔を見直した。老醜という言葉が浮かぶほど、その女優は美しい顔をシワだらけに作り込んでいた。だが、間違いなくヴィヴィアン・リーだった。

先日、WOWOWで以前から気になっていた「美女ありき」(1940年)を放映していたので、休日の朝、じっくりソファに腰を据えて見始めた途端、僕は軽いショックを受けた。その作品はローレンス・オリヴィエへの恋愛感情が最高潮に高まっていた頃のヴィヴィアン・リー主演だと思っていたからだ。タイトルだって「美女ありき」である。美しいヴィヴィアン・リーが登場すると期待していた。

ずいぶん昔に読んだ本だが、アン・エドワーズが書いた「ヴィヴィアン・リー」は本人の手紙を引用し、様々な関係者の証言を集め、よく調べ上げている伝記だった。アン・エドワーズはマーガレット・ミッチェルの伝記「タラへの道」も書いていて、このふたりの接点は「風と共に去りぬ」だけなのだけれど、何となく気になって両方を読んだ。

その結果、「風と共に去りぬ」があまりに売れてしまったため、その後、一作も書けなかったマーガレット・ミッチェルの悲劇と、サーの称号を得たオリヴィエと同じように女優として評価されたかったのに、「風と共に去りぬ」(1939年)のスカーレット・オハラのイメージが強すぎたために役が限定され、やがて神経を病んでいくヴィヴィアン・リーの悲劇が僕の記憶に刻み込まれた。




だから、ある意味では「美女ありき」を僕は彼女のバイオグラフィーを確認するような気分で見始めたのである。しかし、冒頭の無惨な老醜を晒すヴィヴィアン・リーを見て、「これは本気だな」と背筋を伸ばした。あれほど美しい女優が、これほどの醜さを見せるのは相当な覚悟だと僕は思った。老女は投獄され、彼女を助けようとして警官にくってかかり一緒に獄に入れられた若い街の女に昔話を語る。

ナポレオンがヨーロッパを席巻していた頃の話である。目を見張るほど美しいが貧しい娘だったエマは貴族の青年と知り合い、彼と結婚することを夢見る。しかし、その青年からナポリでイギリス大使を務める伯父を訪ねるように言われ、母親と共にナポリのイギリス大使館にやってくる。しかし、エマは自分が借金の肩代わりとして甥の青年からイギリス大使に売られたのだと知る。

イギリス大使は彫刻や絵画を収集する美術愛好家の貴族だが、彼女とは父親ほども歳が離れている。大使は、美しい彫刻を愛するようにエマの美しさに魅せられる。エマは大使との結婚を承諾し、レディ・ハミルトンになる。才色兼備のレディ・ハミルトンは無邪気で行動力があり、たちまちナポリ王国の王妃に愛され、社交界の中心的な存在になる。

ある日、イギリス海軍のネルソン提督が支援を求めてナポリに寄港する。大使とネルソンの話を聞いていたレディ・ハミルトンは、夫を差し置いてネルソンを王妃に紹介し、あっと言う間にネルソンの支援依頼を実現させる。その鮮やかな行動がネルソンに深い印象を残す。数年後、レディ・ハミルトンは戦闘で片目片腕を失ったネルソンと再会し、深く心を寄せ合うようになる。

●夜の女にまで身を落とした「哀愁」のヒロイン

「美女ありき」は、冒頭で酒を盗むまで落ちぶれた老女を見せ、なぜそんなことになったのだろうという強い興味を抱かせる。その身の上話を聞きたいという欲求が見る者を最後まで惹きつける。そんな「美女ありき」を見ながら、「なぜ、ヴィヴィアン・リーは零落の女が似合うのだろう。彼女の実際の人生を連想させるからだろうか」と僕は思った。

しかし、それは僕が彼女の人生の結末を知っているからであり、彼女自身が好んで「零落の女」を演じたわけではない。それに「風と共に去りぬ」のスカーレットは「零落の女」ではないではないか、という反論もあるだろう。いやいや、気が強いヒロインを演じたから「零落した」印象はないかもしれないが、「風と共に去りぬ」こそ金持ちの女が零落する話ではないか。

スカーレット・オハラは南部の大地主の長女でお姫様のように育ったワガママ娘だ。やがて南北戦争に負け、家族は飢えに苦しむまで落ちぶれる。だから、第一部のラストシーンでタラの大地に立ち、「私たちは二度と飢えに泣かない」と決意するスカーレットの姿は感動的である。「風と共に去りぬ」を僕は中学生のときに原作を読み、高校生のときにリヴァイバル上映で見た。映画の方がわかりやすく、いたく感動したのを憶えている。

その気の強いスカーレット・オハラのイメージを抱いて見た、「哀愁」(1940年)のヴィヴィアン・リーは弱々しく、現実に負けて零落していく踊り子を演じていた。そのときも僕は「エッ」と思ったものだった。原題は「ウォータールー・ブリッジ」で、メロドラマの最高峰であるという評価は僕にも異存はない。この映画を見て、菊田一夫は「君の名は」を書いた。

「哀愁」が日本で公開されたのは、資料によると1949年3月のことだった。菊田一夫がこの映画にインスパイアされたのは間違いないだろう。ヴィヴィアン・リーとロバート・テイラーは、ロンドン空襲の夜にウォータールー橋で出会い恋に落ちる。この映画が哀愁に充ちているのは、回想形式で描かれているからだ。冒頭、ロバート・テイラーはウォータールー橋から水面を見下ろして、死んだ恋人を思い出す。

回想は、独特の雰囲気を醸し出す。愛した人はすでにこの世にいない、その哀切さを感じさせると同時に、なぜそうなったのかという物語に対する興味を掻きたてる。一種の謎解きなのである。それは、ヒロインの落ちぶれ果てた姿を冒頭で見せた「美女ありき」と同じである。なぜ、主人公はヒロインと幸せになれなかったのか、という謎の提出が「哀愁」の冒頭なのだ。

回想の中で踊り子マイラはエリート将校クローニンと愛し合うが、結婚する前にクローニンが出征し、ある日、彼の戦死の報(誤報なのだが)が入る。マイラは失望と生活苦から夜の女に身を落とす。まさに零落の女である。やがて帰国したクローニンと再会し結婚を申し込まれるが、彼女の心は千々に乱れる......という物語である。様々な誤解や行き違いで、どんどん不幸になっていくヒロインが哀れだった。

●零落の果てに神経を病んでしまうヒロインを演じた

ヴィヴィアン・リーと言えば、今では「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラで有名だが、1939年に作られたこの映画が日本で公開になったのは1952年の9月だった。制作から13年が経っていた。戦時中、シンガポールにいた小津安二郎が現地で接収されたフィルムとして「風と共に去りぬ」を見たらしいが、たぶん英語版である。あるいは、日本語の字幕を付けたのだろうか。

調べてみると、戦後、ヴィヴィアン・リーの主演作は1949年3月に「哀愁」が公開されている。戦前に数本、イギリス映画の出演作が公開されているけれど、おそらくブームを巻き起こしたのは「哀愁」だったのだろう。大ヒットした伝説のメロドラマである。メロドラマの骨法を菊田一夫に教えたわけである。

1950年にはローレンス・オリヴィエと共演した「シーザーとクレオパトラ」(1945年)が公開されている。当時、クレオパトラを演じる絶世の美女を選ぶとしたら、ヴィヴィアン・リーだったのだ。さらに、1951年9月に公開になったのが「アンナ・カレニナ」(1948年)である。不倫の果てに鉄道自殺する、不幸の影を引きずる文学史上に名高いヒロインだった。

1952年には、立て続けに三本の主演作が日本公開になっている。エリア・カザン監督の最新作「欲望という名の電車」(1951年)が5月に公開になり、6月には12年前の作品「美女ありき」が公開になった。9月には13年前に作られたハリウッド大作「風と共に去りぬ」が公開になった。おそらく、彼女の人気が最高の時期だったのではないか。

それにしても、当時の観客は戸惑ったことだろう。「欲望という名の電車」のブランチは、どちらかと言えば「美女ありき」で老醜を作ったヴィヴィアン・リーに近い。もう若くはないのに、シワの増えた容貌を隠すために厚化粧をするような女だ。昔を美化し、偽の思い出を語る。貴婦人ぶっているが、娼婦まがいのことをして生きてきた女である。

どこにもいくところがないブランチ(ヴィヴィアン・リー)は、結婚している妹ステラ(キム・ハンター)の家に身を寄せる。ステラの夫スタンリー(マーロン・ブランド)は、マッチョな肉体を持つ粗野な労働者だ。若きマーロン・ブランドはランニングシャツ姿でセクシーさを振りまく。スタンリーの仕事仲間でブランチに惹かれるのが、鼻が特徴的なカール・マルデン演じるミッチェルだった。

これはテネシー・ウィリアムズの有名な戯曲の映画化だが、ヒットした舞台版のブランチの配役だけを変えてエリア・カザンが監督した。舞台版ブランチは42年後に80歳で「ドライビングMissデイジー」(1989年)によってアカデミー主演女優賞を獲得するジェシカ・タンディだった。客が呼べるのでヴィヴィアン・リーに変えたのだろうが、彼女の演技は素晴らしく二度目のオスカーを手にする。

ラストで精神を病むヒロインを演じた「欲望という名の電車」が最初に公開され、一月後には「美女ありき」である。冒頭の落ちぶれた老女こそ醜く作っているが、回想に入ってからのヴィヴィアン・リーの美しさには絶句する。この世の者とは思えない。まぶしいほどの美しさを見せる若い頃から、歳を重ねて成熟した美しさが輝き出す年代までを演じる。「美女ありき」と邦題を付けた気持ちはよくわかる。

「美女ありき」のレディ・ハミルトンとネルソン提督には、どちらにも家庭がある。そのふたりが深く愛し合い、やがてレディ・ハミルトンはネルソン提督の子供を産む。その既婚者同士の恋愛劇が、オリヴィエとヴィヴィアン・リーの実生活に重なってくる。実際のふたりが恋に落ちたとき、オリヴィエには女優の妻と息子がいた。ヴィヴィアン・リーにも夫と子供がいたのである。

●誰かがいなければ零落する不憫なヒロインたち

「風と共に去りぬ」は別にしても、「哀愁」「美女ありき」「欲望という名の電車」は、ヴィヴィアン・リーの人生の不幸と重なる印象が強い。1913年、インドで生まれたヴィヴィアン・メアリー・ハートリーは、幼少時にロンドンの寄宿舎に入れられ、18歳でハーバート・リー・ホルマンと出会い、1932年12月20日に結婚する。リーは、ケンブリッジを出た31歳のエリートだった。

翌年の秋に女の子が生まれる。しかし、ヴィヴィアンは以前から女優になりたくて、その機会を待っていたのだ。やがて夢を叶え、舞台での演技が認められ激賞される。そんな頃、ローレンス・オリヴィエと出会い、何本か映画に出た後、ヴィヴィアン・リーとローレンス・オリヴィエは、既婚者同士ながら愛人関係になる。そして、あの逸話が生まれることになった。

オリヴィエは、ウィリアム・ワイラーが監督する「嵐が丘」(1939年)でヒースクリフを演じるためにヴィヴィアン・リーを連れてハリウッドに赴く。一方、プロデューサーのセルズニックはヒロインが決まらぬまま「風と共に去りぬ」のタラ炎上シーンの撮影を始める。そのシーンをオリヴィエと見に来たヴィヴィアン・リーの炎に照らされた姿を見たセルズニックは叫んだ。

──ついにスカーレットを見付けた!

アン・エドワーズの「ヴィヴィアン・リー」によると事実はまったく違うのだが、映画の宣伝のために作られたとはいえドラマチックな方が伝説には相応しい。「風と共に去りぬ」は大成功し、ヴィヴィアン・リーはスカーレット・オハラとして有名になる。しかし、再びイギリスに帰り「哀愁」「美女ありき」に出演し、オリヴィエと正式に結婚する。そして、第二次世界大戦が始まる。

1951年に「欲望という名の電車」に主演し、アカデミー主演女優賞を得たヴィヴィアン・リーは二度目の頂点に立った。40歳を目前にして、彼女の演技力が認められ花開いたのだ。だが、結局、このときを境にヴィヴィアン・リーの人生は下降していく。粗野な義弟スタンリーに過去を暴かれ、虚飾をはがされ、罵倒され、精神に変調をきたしたブランチは、まるでヴィヴィアン・リーの後半生を予見していたかのようだ。

40歳を超えた頃から、ヴィヴィアン・リーは精神的な発作を起こすようになる。躁鬱症と言われ躁状態になるとヒステリーが止まらなくなった。彼女は、頻繁に発作を起こした。そんなヴィヴィアン・リーにローレンス・オリヴィエは疲れ、やがて若い愛人を作る。1960年、ふたりは離婚する。離婚したヴィヴィアン・リーが選んだ相手は、年下の俳優ジャック・メリヴェールだった。

しかし、彼女の躁鬱症は次第にひどくなり、アン・エドワーズの伝記によると最悪の状態になったときには「列車から飛び降りようとしたり、自分の服を引き裂こう」とした。ヴィヴィアン・リーの出演作は極端に少なくなる。「欲望という名の電車」以降は、1967年7月7日に亡くなるまでの16年間で三本を数えるだけである。それでも、絶世の美女は54年間の人生を生きたのだ。

「美女ありき」でフランス軍との海戦に勝利したネルソン提督が、敵の弾丸に背骨を砕かれ部下に囲まれて死んでいくとき、副官に「エマが...、レディ・ハミルトンが...、不憫だ」とつぶやく。自分がいなくなったら、あの女はどうやって生きていくのだろうと心残りだったのだ。その言葉を僕は、オリヴィエ自身がヴィヴィアン・リーに対して口にしたように感じた。

ロバート・テイラーは自分がいなかったばかりに夜の女に身を落とした恋人を不憫に思い、ネルソン提督は自分が死んだらどうなるかわからない彼女の儚さを不憫に思う。誰かがいなければ零落してしまう、そんな思いを抱かせるものが彼女にはあった。レット・バトラーに棄てられ、「明日泣こう」と強がるスカーレット・オハラでさえ、僕は生きるあやうさを感じて不安になる。零落する不憫な女...、それがヴィヴィアン・リーの本質ではないか。そう思えて仕方がない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

長編ミステリ三作が楽天のコボ版とアマゾンのキンドル版でアップになりました。さっそくキンドルを注文しましたが、現時点では届いていません。自分の電子書籍を買うのも何だかな......です。一作450円、高いか安いか?

●長編ミステリ三作が「キンドルストア」と「楽天電子書籍」でアップされましたAppストアは「グリフォン書店」/以下でPC版が出ています
< http://forkn.jp/book/3701/ > 黄色い玩具の鳥
< http://forkn.jp/book/3702/ > 愚者の夜・賢者の朝
< http://forkn.jp/book/3707/ > 太陽が溶けてゆく海

●第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」受賞 既刊4巻発売中
「映画がなければ生きていけない1999-2002」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2003-2006」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2007-2009」2,000円+税(水曜社)
「映画がなければ生きていけない2010-2012」2,000円+税(水曜社)
●電子書籍版「映画がなければ生きていけない」シリーズもアップ!!
「1999年版 天地創造編」100円+税
「2000年版 暗中模索編」から「2009年版 酔眼朦朧編」まで 各350円+税
※書籍版も電子書籍版もhonto.jpで購入できます
< http://honto.jp/netstore/search_10%E5%8D%81%E6%B2%B3%E9%80%B2.html?srchf=1 >