映画と夜と音楽と...[592]映画がつながり合うとき/十河 進

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〈集団奉行所破り/十七人の忍者/柳生武芸帳 片目水月の剣/右京之介巡察記/紫右京之介 逆一文字斬り/ご金蔵破り/地下室のメロディー/オーシャンと十一人の仲間/オーシャンズ11〉

●3年間で6本の劇場公開作しか作らなかった監督

少し前、NHK-BSで「集団奉行所破り」(1964年)という時代劇を録画した。監督は長谷川安人という。集団抗争時代劇の傑作「十七人の忍者」(1963年)を撮った人だ。「十七人の忍者」は僕が小学6年生の夏に封切られた作品でずっと見たかったのだが、数年前、DVDを見付けてようやく念願がかなった。そのことは「映画がなければ生きていけない」第3巻の「儚くもろい美しさと凛とした強さ」という回で書いた。

長谷川監督は、戦前に満州映画協会(満映)で働いていたようだが、出征し、戦後に復員して東映に入社する。加藤泰監督などの助監督を務め、「柳生武芸帳」シリーズ「片目水月の剣」(1963年)でデビューする。僕は近衛十四郎(松方弘樹のお父さんです)が柳生十兵衛を演じた東映版「柳生武芸帳」シリーズが好きで、何とか全作品を見ることができた。中でも「片目水月の剣」は上出来の一本だ。

長谷川監督作品で僕がよく憶えているのは、「右京之介巡察記」(1963年)だ。封切りは昭和38年11月20日。僕は小学6年生で、父親と一緒に見た記憶がある。原作の南条範夫という作家の名前もその映画で憶えた。物語も鮮明に甦る。堅物の巡察官(大川橋蔵)がいる。調べられると都合の悪い悪人たちは、彼を籠絡しようと女を近づける。寝所に忍んだ女を拒んだために彼女は自害する。その女を北条きく子という女優が演じていた。




東映時代劇の女優陣は美空ひばりを別にすれば、ほとんど添えもの扱いだったけれど、僕には好きな人が何人かいた。北条きく子はそのひとりだった。他には千原しのぶ、丘さとみ、それに桜町弘子のファンだった。タイプの共通性はない。きれいなお姉さんは、みんな好きだった。北条きく子の記憶では、「右京之介巡察記」が鮮やかに残っている。雪の降り積もった屋敷の門前で自害している姿が今も甦る。真っ白な雪に真っ赤な鮮血が散っていた。

巡察官は悪人たちに陥れられ、我が子の前で切腹して果てる。「この父の無念を晴らせ」みたいなことを幼い子供に言い残し、その子供が成長して紫右京之介(大川橋蔵の二役)になる。翌年、続編の「紫右京之介 逆一文字斬り」(1964年)が公開されたが、こちらは封切りで見たかどうか曖昧だ。「あの映画の続きだな」と、通学の途中、看板の前で自転車を止めて見ていた記憶は残っているのだが......

「集団奉行所破り」は、長谷川監督が「紫右京之介 逆一文字斬り」に続いて作った作品だった。しかし、この後、山田風太郎原作の「忍法忠臣蔵」(1965年)を作り、長谷川監督の劇場公開作は絶える。監督デビューの年に3本、翌年に2本、三年目に1本を撮っただけで彼のフィルモグラフィーは終わってしまう。その6本はどれも出来のよい作品で、「集団奉行所破り」も面白くて何度も録画を見ている。

しかし、長谷川監督は消えてしまったわけではなかった。テレビ時代劇に転じて、大川橋蔵主演「銭形平次」シリーズは100話以上を演出している。さらに近衛十四郎主演「月影兵庫」「花山大吉」シリーズも手がけている。「大江戸捜査網」「必殺仕事人」シリーズなど、人気のあった時代劇を演出しているから、長谷川監督の仕事を見ている人は多いだろう。

しかし、テレビの仕事では名前は残らない。すぐれた職人監督だったのだろうが、僕としてはもっと劇場公開作品を残してほしかった。倒産した大映、ポルノ映画専門になった日活に属していた監督たち、たとえば池広一夫監督や長谷部安春監督はテレビ界に転じたが、テレビの仕事をしながら何本かは劇場公開作を監督している。安定した東映の監督だったのに、長谷川安人監督はなぜテレビに転じてしまったのだろう。

そこには、僕などにはわからない複雑な事情が存在するのかもしれない。だが、長谷川安人監督と同時期に活躍した倉田準二監督も10本足らずの劇場公開作を残し、テレビ時代劇に転じている。倉田監督は「柳生武芸帳」シリーズ最終作であり、かつ最高傑作の「十兵衛暗殺剣」(1964年)を監督し、60年代後半からは「仮面の忍者赤影」「斬り抜ける」「長七郎江戸日記」などのテレビシリーズを手がけた。

●奉行が不正に蓄財した大金を強奪する時代劇の犯罪映画

今頃になって、長谷川安人監督の「集団奉行所破り」が見られるとは思わなかった。僕は内容についてはまったく知らなかったので、集団で奉行所の牢を破る話だと思って見始めたのだけれど、それは見事に外された。始まってすぐに大阪の堂島が映り、「江戸はお侍の都、大阪は商人(あきんど)の都と言われてまんねん」と軽い調子のナレーションがかぶさったので予想が狂う。

それは遊び人の為七(市川小金吾)の語りである。大阪の権力は東町奉行所が握っていると説明し、上方の人間の特徴を面白おかしく紹介する。大店の番頭風の男がお賽銭を入れて拝んでいるところに、「死んでも命がありますように...と拝んでまんのやな」と茶化す。「死んでも命がありますように」というのは、江戸時代の大田蜀山人の狂歌が出典らしい。

すっかり忘れていたが、「死んでも命がありますように」というフレーズを、僕は子供の頃によく耳にした。上方漫才でボケ役が口にしていたように思う。何だか、自然と頬がゆるんでくる言葉だ。苦笑いが浮かぶ。人間の欲深さみたいなものを、おかしみを込めて表現している。いかにも上方の人間が言いそうだが、蜀山人は江戸の生まれだ。もっとも、大阪銅座に赴任したことがあるらしい。

為七の語りでテンポよく大阪が紹介され、為七の仲間たちが登場する。スリで天候の予想が得意な捨吉(神戸瓢介)、腕の立つ浪人の源太(大友柳太朗)、ニセ医者の道伯(内田良平)、色事師の丹次郎(里見浩太郎)、頭の弱い吉蔵(田中春男)たちである。最後に公事宿の主人である勘助(金子信雄)が登場する。勘助は仲間たちから「軍師」と呼ばれている。

彼らは、昔、海賊だった。海賊だったとき、役人に捕まりそうになったのを助けてくれたのが大阪の廻船問屋の河内屋である。しかし、河内屋の主人は抜け荷の罪を着せられ、罪人として処刑された。その河内屋への恩返しのために、主人の七回忌の法要を盛大に行いたいと、勘助が昔の仲間を呼び集めたのだ。勘助は奉行と廻船問屋仲間が河内屋を陥れ、その財産も奪ったのだと言う。

勘助の計画は、奉行が不正に蓄財した二千両を奪うものだった。そんな相談をしているところに、海賊仲間だった佐吉の妹のお駒(桜町弘子)という女が現れる。佐吉は佐渡送りの船の中で死んだという。お駒の正体を確かめるようと、道伯が「佐吉の妹なら仲間の呼び名を聞いているはずだ」と迫る。お駒はひとりひとりの呼び名を言うが、吉蔵の蔑称は「知らない」と言い張り、吉蔵はお駒に心を惹かれる。

強奪計画が動き出す。お駒は新顔の芸者として奉行の座敷に顔を出し、鼻の下を長くした奉行の妾におさまる。源太は奉行所を攪乱するため、辻斬りを装って同心たちを襲う。丹次郎は、「まむし」と怖れられている同心の金次郎(佐藤慶)の娘を誘惑する。捨吉は奉行所内の絵図面を作ろうとするがうまくいかず、勘助は金次郎を捕らえ力ずくで口を割らそうとする。

金次郎は河内屋の番頭だったが奉行と通じ、今は奉行の懐刀として怖れられていた。しかし、捕らえた金次郎に勘助が「娘がどうなってもいいのか」と脅しをかけると、金次郎の顔色が変わる。そこに、金次郎の娘を誘惑するはずが本気で惚れてしまった丹次郎が現れ、意外な事実を告げる。金次郎を加えた9人の仲間たちは、奉行所襲撃の最終段階に入る。

●江戸城のご金蔵から何万両も強奪する犯罪映画の快作

「集団奉行所破り」というタイトルを見たとき、僕は「ご金蔵破り」(1964年)という映画を思い出した。「ご金蔵破り」というタイトルは内容を端的に表しているが、「集団奉行所破り」というタイトルでは内容の予想はつかない。もしかしたら「ご金蔵破り」がヒットしたので、東映がゲンを担いでつけたタイトルなのだろうか、と僕は気になった。

昔、東映社長だった岡田茂の「悔いなきわが映画人生」というぶ厚い自慢話の本を買ったことがある。巻末に東映の封切り映画のリストが載っていたからだ。現在ならネットで調べれば封切りの年月日はすぐに調べられるが、昔はそういうわけにはいかなかった。そのリストで調べてみると、「ご金蔵破り」は1964年8月13日に公開になっていた。

東京オリンピックの年である。8月13日公開とすると、お盆映画として東映が力を入れたプラグラムである。併映はマキノ雅弘監督の「日本侠客伝」だった。その2週間後の8月26日に切り替わった2本立てが「集団奉行所破り」と深作欣二監督の「狼と豚と人間」だった。「...破り」というタイトルが続けて封切られたのだ。これは、一体どういうことか?

先にタイトルが決まっていたのは、間違いなく「ご金蔵破り」だ。現代劇なら「金庫破り」となるだろうが、時代劇なのでこうなった。老練な盗賊(片岡千恵蔵)が若い遊び人(大川橋蔵)を仲間にして、江戸城のご金蔵から何万両も盗み出す話である。監督は後に「網走番外地」をヒットさせる石井輝男だった。石井監督作品らしくスカトロジー的シーンがあるものの、犯罪映画としての快作だった。

「ご金蔵破り」がヒットしたから、急遽タイトルを「集団奉行所破り」にしたのだろうか。いや、ポスターやパンフレット、事前に配布する新作ニュース、各映画館が作る次週公開作品を紹介するチラシなど、そんなにすぐには対応できないだろう。「ご金蔵破り」をお盆映画として封切ることが決まり、翌週、奉行所から大金を強奪する時代劇が続くのなら、似たタイトルでいこうとなったのかもしれない。

ひとつの映画は、別の映画に影響を与える。「ご金蔵破り」と「集団奉行所破り」はタイトルつながりだが、「ご金蔵破り」はフランス映画「地下室のメロディー」(1963年)に触発されて作られた映画だった。「地下室のメロディー」は、1963年8月に公開され話題になった。ジャズアレンジの主題曲もヒットし、ラジオから毎日のように流れた。つい最近、缶コーヒーのCMでも使われていた。

出所したばかりの老ギャング(ジャン・ギャバン)は、最後の大仕事としてカンヌのカジノの売上金強奪を計画する。チンピラ(アラン・ドロン)を金持ちのプレイボーイに仕立ててカジノのホテルに送り込み、通気口を使って金庫室に潜り込ませる。翌日、ドロンが大金の入ったバッグを持ってプールサイドにいるとき、警察が客を調べ始めプールに鞄を沈めて隠すが......。ラストシーンが今も語りぐさの犯罪映画の傑作だ。

そのジャン・ギャバンは片岡千恵蔵になり、アラン・ドロンは大川橋蔵になった。通気口を伝って入った金庫室は、お堀からおわい舟を使って大奥に潜り込む設定に変わった。時代劇に仕立てたので雰囲気はまるで違うが、「ご金蔵破り」も犯罪映画としてよくできている。換骨奪胎、あるいは翻案、かっこよく言えばインスパイアされた作品である。

●ラスベガスのカジノの売上金を強奪する新旧の犯罪映画

「集団奉行所破り」を見ていて、僕の脳裏に一本の映画が浮かび上がってきた。何とハリウッド制の犯罪映画「オーシャンと十一人の仲間」(1960年)である。シナトラ一家と呼ばれる歌手(ディーン・マーティン)、コメディアン(サミー・デイビス・ジュニア、俳優たちが総出演した愉快なドロボー映画だ。最近、「オーシャンズ11」(2001年)としてリメイクされてヒットした。

オーシャン(フランク・シナトラ)はカジノの売上金強奪を計画し、軍隊時代の仲間たちを呼び集める。ひとりひとりのエピソードがあり、仲間たちの信頼や友情が描かれ、意表を突く売上金強奪計画が展開され、予想外の出来事が計画を狂わせそうになり...といった今から見ればお約束的な話が進行するが、明るい犯罪映画として1960年のクリスマスイブに封切られ、正月の観客を集めた。

観客にドロボー側に感情移入させるためには、盗まれる方が悪役でなければならないし、大金を奪われても仕方がないと思わせなければならない。才人監督ソダーバーグがリメイクした「オーシャンズ11」は、オリジナル版以上にカジノのオーナー(アンディ・ガルシア)が憎たらしく、観客たちはみんなジョージ・クルーニーやブラッド・ピットが演じるドロボーたちを応援した。

もちろん「オーシャンと十一人の仲間」が面白くてヒットしたから40年後にリメイクされることになったのだが、最新式セキュリティシステムによって完全に防護されている金庫室から大金をどう奪うか、「オーシャンズ11」はスケールアップされたことで受けたのだろう、「オーシャンズ12」(2004年)「オーシャンズ13」(2007年)と続けて作られた。

確信はないけれど、「集団奉行所破り」は「オーシャンと十一人の仲間」に触発されて(かっこよく言えばインスパイアされて)作られた映画ではないだろうか。勘助がオーシャンだとすれば、軍隊時代の仲間の代わりに海賊仲間を呼び集めたのである。11人は多すぎて描ききれないと思ったのか、最初の人数はお駒を加えて8人、意外な形で金次郎が入って9人になる。

犯罪映画は、どうしても男たちが中心になる。そこで、彩りとしてセクシー系の女優をひとり加えるのが常道だ。「黄金の七人」のロッサナ・ポデスタが印象的だったが、「オーシャンと十一人の仲間」ではアンジー・ディッキンソンがそのパートを担当した。犯罪に絡む女の役は、アンジー・ディッキンソンの十八番である。「百万ドルの脚線美」と言われたセクシー女優だった。

「オーシャンズ11」では大口を開けて笑うジュリア・ロバーツが同じ役をやったけれど、アンジー・ディッキンソンの蓮っ葉な感じがなくてガッカリした。ジュリア・ロバーツは影がなく健全すぎた。セクシーさでも負けていた。「オーシャンと十一人の仲間」が「集団奉行所破り」を触発したという僕の推察が正しければ、桜町弘子はアンジー・ディッキンソンである。

高松市立桜町中学を出た身としては、桜町弘子はマドンナだ。加藤泰作品の桜町弘子も素晴らしいが、彼女が最も美しいのは「総長賭博」である。しかし、吉蔵に「あんたはんは観音さんや。あんたが奉行にオモチャにされるのは我慢できまへん」と告白され、「女がひとりで生きてきたんどす。何をしてきたか...言わさんといておくれやす」と恥じる桜町弘子を見られただけで値千金だった。

ひとつの映画は、それ以前のすべての映画的記憶から作られる。リュミエール兄弟が列車の到着を撮影して以来、様々な映画が影響しあって作られてきた。ドイツの表現主義はハリウッドに伝わり、ハリウッドの技術的な影響を日本映画は受けている。外国作品の翻案モノも多かった。物語や、その描き方も様々に伝わっている。まるで生命樹のように、無数の映画がつながりあっているのだ。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com < http://twitter.com/sogo1951 >

一度仕上げた原稿が完全に消滅した土曜の夜。バックアップもない。出力したものもない。こんなことは初めてだったが、一気に書き直したのが今回の原稿だ。最初の原稿とドンドン変わっていく。まあ、いいか。

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< http://forkn.jp/book/3701/ > 黄色い玩具の鳥
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