映画と夜と音楽と...[608]耳に心地よい響きを.../十河 進

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〈暗くなるまで待って/セント・オブ・ウーマン 夢の香り〉

●小学生の頃はずっと耳鼻科へ通っていた

先日、髪を洗っているときにうっかり左の耳に水滴を入れてしまい、頭をふるたびに鼓膜がガサゴソして気持ちが悪かった。ひと晩寝てもなおらず、翌日の午後になってようやくおさまった。水分が蒸発したのだろうか。僕は水泳のときも耳栓が欠かせないのに、不用意に耳を濡らしてしまったことを後悔した。僕は昔から濡れ耳で、水滴が入らなくても耳の中はいつも湿っている。

水の入った左耳は、ひと月ほど前の定期検診で聴力の異常を指摘されたばかりだった。遮音された電話ボックスのような中で腰掛け、ヘッドフォンを耳に当てる。音が聞こえたら、手に持ったボタンを押す方式の聴力検査である。一度、検査したら看護師さんが「左がちょっとおかしいですね。もう一度やりましょう」と言った。二度めも同じ結果で、左耳の聴力の劣化が起こっているらしい。

父親は70前後から次第に耳が遠くなり、もう10数年前から補聴器をつけている。耳鼻科で調整して作った数10万もするカスタムの補聴器らしいのだが、人の声は聞きづらいようで、ここ10年以上、帰省してもまともに会話にならない。テレビも文字放送で見ているし、最近は僕も筆談することにしている。僕と違い、元々、無口な人なのに、耳が聞こえなくなってますます口を利かなくなった。




父親がそんな風だから、検査で聴力の劣化を指摘され、耳が聞こえなくなるかもしれないと気が重くなった。子供の頃から、僕は父に似ていると言われてきた。僕の声が大きいのは、もしかしたら耳が聞こえづらいからなのだろうか。子供の頃から、耳には自信がない。今もときどきチクチクと痛むことがある。難聴というほどではないけれど、左耳は気のせいかキーンという音がいつも聞こえている気がする。

子供の頃、中耳炎でずっと病院に通っていた。母親に連れられて、5〜6歳くらいから通っていた気がする。今は見なくなったが、耳の周囲に炎症を冷やす湿布をし、三角形のビニールカバーをかぶせヒモで固定する。鏡を見て、みっともない姿だと子供心にも思った。一度、たまった膿を吸い出すために鼓膜に穴をあけられた瞬間、痛みで耳鼻科の椅子に座ったまま失禁したことがある。

母親が付き添っていたのだけれど、椅子からおしっこが流れ、医者が「おっ、これ何だ?」と言ったという話を、ずっと後まで母は何かというと話のネタにした。その話をされるたびに僕の自尊心は傷ついたのだが、そういうことに気のつく母親ではない。母親はがさつな性格で、どちらかというと父親の方が繊細でやさしい気の使い方をする。そういうところも父に似ているかどうか、僕自身はわからない。

その中耳炎はたぶん完治したのだろうが、それから数年して小学校の高学年になったとき、また僕は耳鼻科へ通っていた。そのときはひとりで自転車に乗って病院にいっていたのだが、あのときの病名が何だったのかは憶えていない。たぶん外耳炎か、中耳炎である。それが完治したのかもわからない。そんな風だったので、水泳の授業ではいつも耳栓をした。

耳に対する不安は、いつもある。昔、水中写真家の中村征夫さんに取材で弟子入りしたとき、アクアラングを背負ったものの耳抜きができず、3メートル以上は潜れなかったし、飛行機に乗ると気圧の関係でひどく耳が痛くなることがある。しかし、病院嫌いの性格で、ときどき耳が痛んでも医者にいかないまま過ごしてきた。現実に耳が聞こえなくなる可能性が出てきて、先日からかなり落ち込んでいる。

●耳に残っている記憶だけで自伝を書いた開高健

開高健さんに「耳の物語」という自伝的な小説がある。昔は、新潮文庫から「破れた繭」「夜と陽炎」の二巻本で出ていた。僕はその文庫を持っていたのだが、3年前、イーストプレスの「文庫ぎんが堂」から一巻本として刊行され、編集担当のKさんが送ってくれた。Kさんは僕が水曜社から最初に出した「映画がなければ生きていけない」二巻の担当編集者で、イーストプレスに移り文庫編集長をやっている。

初期の「パニック」「巨人と玩具」「裸の王様」、あるいは「日本三文オペラ」「ロビンソンの末裔」などは自伝的要素のない作品群だが、中期以降、開高さんは自伝的な小説が多くなった。あるいは、自身の体験をコアにして醸成させる物語が増えた。「青い月曜日」やベトナム戦争の従軍体験を書いた「輝ける闇」などである。「耳の物語」も自伝的な小説だがかなり変わった作品である。

──人間五十になると誰しも生涯を振り返りたくなる、自伝を書きたくなるという名言があるんですけれども、ここらでひとつ書いてみましょうと思って、こないだ書いたんです。だけれども、セックスの記憶で自伝を書くとか半生記を書くというのは森鴎外以後氾濫しちゃってるんで、耳の中に残っている音や声や音楽の記憶だけで書いてみたんです。

これは文庫の「あとがきにかえて」に入っている講演の中から引用した文章だ。タイトルは「足で考え、耳で書く」となっている。耳の記憶だけで自伝をつづるのは、開高さんも言っているように「誰もやっていない」ことだ。しかし、耳の記憶だけで書くといっても、視覚による描写もある。「耳の物語」を読んでいて思い出したのは、香納諒一さんのハードボイルド・ミステリ「梟の拳」だった。

18年前、「梟の拳」が講談社から出たときは、相当に話題になった。主人公が網膜剥離で両目が見えなくなった元ボクサーだったからだ。その後、講談社文庫で出ていたが、昨年3月に徳間文庫から改めて刊行された。香納さんに指名されて、僕は文庫解説を書かせてもらったので、詳細はそちらを読んでいただきたいが、「梟の拳」では視覚描写をいっさいしない(できない)小説のすごさが実感できる。

これは、書き手にとっては大変につらいことで、まあ、文庫で600頁を越える大作をよく書いたものだと感心する。主人公は一人称で語る(ハードボイルドの王道です)から、聴覚、触覚、嗅覚、味覚でしか物事を描写できないのだ。人間が視覚にどれだけ多くのことを頼っているか、少し目を閉じてみるだけでわかる。視覚が使えなければ、聴覚を最大限に使うしかない。

●盲目のオードリーは聴覚を研ぎ澄ませて闘った

岩下志麻は盲目役の撮影前、ずっと目を閉じて生活していたら、その他の感覚が鋭くなったと言っていた。目が見えないと、耳の感覚は特に鋭くなる気がする。視覚がダメなら、やはり聴覚が大事になるからだ。チャップリンの「街の灯」(1931年)では、盲目の花売り娘を助けた浮浪者のチャップリンを、目が見えるようになった娘が耳の記憶で認識する。

盲目で聴覚だけで闘うヒロインと言えば、僕は「暗くなるまで待って」(1967年)のオードリー・ヘップバーンを思い出す。よくできたサスペンス映画だったし、この映画を最後にヘップバーンはスクリーンから去った。永遠に会えないと思っていたオードリーがスクリーンに復帰したのは、9年後、ショーン・コネリーと共演した「ロビンとマリアン」(1976年)だった。

「暗くなるまで待って」は英語の原題をうまく訳しているし、映画の内容を的確に表している。原作は舞台劇。ヒロインのアパートの部屋だけで物語が進行する。映画はさすがにそれ以外のシーンも加えているが、アパートの部屋が中心なのは変わらない。半地下の部屋で、窓の外を通る人は足しか見えない。同じ原作を秋吉久美子が2時間ドラマでやったことがあるが、このときも半地下の部屋にしていた。

カメラマンの夫が、空港で荷物を取り違えて持ち帰る。そこに人形が入っている。人形には麻薬が隠されているのだ。夫が出かけ、ひとりっきりになった盲目の若妻の暮らすアパートに、悪党たちが麻薬を探しにやってくる。相手の目が見えないことを知った悪党たちは、彼女をだまして人形を探そうとする。しかし、人形は同じアパートの別の部屋に住む少女が勝手に持ち出していた。

この映画で忘れられないのは、悪党を演じたふたりの俳優だ。ひとりは、後年、ジョン・ランボーの上官になるリチャード・クレンナ、もうひとりは冷酷で残忍な根っからの悪党を演じたアラン・アーキンだ。今年のアカデミー作品賞受賞作「アルゴ」(2012年)を見ていたら、完全に禿げ上がったアラン・アーキンが映画プロデューサー役で登場し、相変わらずダーティーワーズを喋りまくっていた。

リチャード・クレンナはオードリー演じる盲目の若妻に好意を持つ役で、そのためアラン・アーキンに刺し殺されるのではなかったかな。二枚目で、この映画の後、ジャン=ピエール・メルヴィル監督に乞われてフランス映画「リスボン特急」に出演する。アラン・ドロン演じる警視の友人のナイトクラブ経営者だが、裏で銀行強盗や麻薬の横取りをしたりする犯罪者役だった。

「暗くなるまで待って」のアラン・アーキンは、とにかく怖い。変な髪型で、ナイフで人を殺す。拳銃で殺すより、刃物を使う悪党の方がゾッとする。彼は仲間を殺し、オードリーを追い詰める。オードリーは、真っ暗闇にして逃げようとする。そのシーンにはアイデアが散りばめられ、映画的興奮を呼び起こす。初めて見た人は、必ず悲鳴を上げるだろう。サスペンス映画史に残る名作だ。

●盲目のパチーノは聴覚や嗅覚で女の香りを堪能した

盲目の主人公が登場する映画は他にもたくさんあるが、僕が忘れられないもう一本は「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」(1992年)だ。エリート学校の寄宿舎で暮らす青年(クリス・オドネル)は、帰省の旅費を稼ぐために盲目の退役軍人(アル・パチーノ)の世話係を引き受ける。アル・パチーノは偏屈で、意地悪で、辛辣で、周囲の人間たちは持て余している。彼は、青年の若さからくる甘さを徹底的に粉砕する。

戦場で目が見えなくなったせいなのか、アル・パチーノは人間嫌いになっている。日常生活も不自由だ。いつもきちんとした身なりをし、髪や髭もきれいに手入れしているが、彼自身に鏡は見えないし、ひとりで歩こうとすると何かにぶつかる。それが苛立たしいのだ。そんなアル・パチーノが素晴らしい。ガラガラ声でシニカルな話し方をし、大げさにならない身振りで感情を表現する。

しかし、孤独で気難しい男の心を、青年の優しさが溶かしていく。青年は戸惑いながらもアル・パチーノを気遣い、彼の要求を実現する。大型のオープンカーでドライブに出たときの、アル・パチーノのはしゃぎっぷりが印象に残る。青年は、彼に言われるままスピードを上げる。盲目だからといって、部屋に閉じこもる必要はないのだ。それに、経験豊かなアル・パチーノは青年に人生を教えてくれる。

僕は、この映画でしか憶えていないのだけれど、ガブリエル・アンウォーという若く美しい女優が素晴らしい。アル・パチーノは、青年を連れて旅に出る。アル・パチーノは女性の魅力を青年に説き、ニューヨークの高級クラブで若い女性を相手にタンゴを踊る。このダンスの相手を演じたのが、ガブリエル・アンウォーだった。このシーンだけで、彼女はハリウッドの映画史に残っている。

「夢の香り」と題されているけれど、原題は「女の香り」である。タンゴを踊るとき、若く美しい女性の香りをアル・パチーノは堪能している。生きる歓びのようなものが、彼の全身から匂い立つ。聴覚や触覚、嗅覚が研ぎ澄まされ、見えないが故にすべての感覚で「女の香り」を味わおうとする中年男の哀しみが漂う。瞳をまったく動かさずタンゴを踊るアル・パチーノに、アカデミー主演男優賞は当然だ。

目が見える人は、朝、目覚めたときから、夜、眠りにつくまで、何かを見ている。ときに目を閉じることはあっても、よほど意志的でないと長く目を閉じていることはできない。それでも、見たくないものがあれば、目を閉じればいい。僕はホラー映画、血が飛び散るスプラッター映画が苦手で、そのジャンルのものは敬遠しているが、たまに予期せずそんなシーンがあると目を閉じることがある。

しかし、聞きたくないことを聞かないために、耳を塞ぐことはほとんどない。それに、聞きたくないと思って耳を塞いでも、たいていの場合は手遅れだ。会話している相手の言葉は予想がつかない。イヤなことも耳に入ってくる。不快な、たとえばスリガラスを金属でひっかくような音も閉め出せない。聴覚は、寝ている間も働いている。夜中に騒音を立てて走りまわる暴走族がいれば、目が覚める。

聞きたくないものを聞かないですむのなら、耳が遠くなるのも許容できるかもしれない。しかし、美しい音楽、女性の甘い囁き(可能性はもうなくなったけれど)が聞こえなくなるかと思うと、やはり絶望的になる。映画やテレビは字幕や文字放送があるので何とかなりそうだが、BGMや効果音が聞こえないのでは作者の意図が伝わらない。やはり五感が揃ったままで年を取りたいものです。

【そごう・すすむ】sogo1951@gmail.com  < http://twitter.com/sogo1951 >

気がつけば本日は、10.21だった。「国際反戦デー」なんてわかるのは、60代の連中ばかりなのだろう。1968年10月21日にキミは何をしていた? もちろん「生まれてません」と言いそうな人には問いかけない。映画「風の歌を聴け」に、10.21らしきシーンがある。

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< http://forkn.jp/book/3701/ > 黄色い玩具の鳥
< http://forkn.jp/book/3702/ > 愚者の夜・賢者の朝
< http://forkn.jp/book/3707/ > 太陽が溶けてゆく海
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