映画と夜と音楽と...[634]音楽がなければ生きていけない/十河 進

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〈カルテット!人生のオペラハウス/アンコール!!/25年目の弦楽四重奏〉

●音楽と映像が映画を作り上げているのだから...

昨年、音楽と人生を絡ませた三本の映画が立て続けに公開された。「カルテット!人生のオペラハウス」(2012年)「アンコール!!」(2012年)「25年目の弦楽四重奏」(2012年)である。それぞれ味わいは異なるが、印象に残る映画だった。出てくるのがみんな老優たちなのも味わい深い。彼らの若い頃の映画も甦ってくる。

最も気楽に見られるのは、ダスティン・ホフマンが監督した「カルテット!人生のオペラハウス」だろう。よけいな日本語タイトルが付いているのが邪魔だけど、老いを笑いのネタにする定番ユーモアが散りばめられている。ダスティン・ホフマン自身が老人と呼ばれる年令になり、自身の老いを含め「やれやれ」と苦笑いしながら自虐的に描いている。

自然に囲まれた、音楽家専門の老人ホームがある。ヨーロッパの貴族の邸宅のような立派な建物だ。その邸宅の主が音楽家たちのために、屋敷をそんな施設にしたのである。コンサートが開けるホールがあり、広い庭や林がある。美しい女医がいて、看護スタッフたちがいる。老人たちは個室が与えられ、ゆったりした部屋でプライバシーが守られる。

彼らはヴィバルディの聖誕祭に向けて、発表会の練習をしている。その施設は資金不足で閉鎖しなければならなくなっているが、その聖誕祭の発表会で資金を集められれば閉鎖をまぬがれると、みんな期待している。ホームにはオーケストラの指揮者もいれば、各楽器の演奏者もいる。ピアニストがいて、オペラ歌手がいる。全員、かつては有名な音楽家として活躍していたのだ。




そんなホームに新顔がやってくる。世界的なオペラ歌手だったジーン(マギー・スミス)だ。プライドが高く、高慢でワガママな女である。彼女がくると知ったオペラ歌手のレジー(トム・コートネイ)は、責任者の女医にくってかかる。かつてジーンと結婚していたレジーは、彼女のことを「最悪の女だ」と吐き捨てるように言い、自分がここを出ていくことになるとあきらめ顔になる。

ホームにいるシシーは人のいい老女だが、ときどき現実認識が怪しくなる。いつも携帯プレイヤーで自分が歌ったオペラのCDを聴いている。彼女はジーンを歓迎するが、ジーンの反応は冷たい。ジーンは規則に従わず、自室で食事をし誰とも交わろうとしない。ホームにいる人たちを、悪し様に罵る。彼女は自分が老いて高音が出なくなり、昔のように歌えないことにいらだっている。

そんなとき、女好きの老人ウィルフを含め四人で歌わないかと舞台監督に提案される。レジーとシシーとウィルフはジーンを食事に連れ出し、酔ったところで話を切り出そうとするが失敗し、ジーンの強い拒絶に合う。老いることを従容と受け入れ、いつかくる死を迎えようとしている三人の元オペラ歌手と、過去の栄光を含め自分の全盛期にしがみつくジーンの違いが鮮明になる。

●60年代から活躍しているイギリスを代表する俳優たち

「カルテット!人生のオペラハウス」はダスティン・ホフマンが監督しているが、イギリス映画であり出演者はイギリス人である。トム・コートネイ、マギー・スミスはイギリスを代表する名優たちだし、僕は彼らの若いときから出演作を見てきた。トム・コートネイなら「長距離ランナーの孤独」(1962年)であり、マギー・スミスなら「予期せぬ出来事」(1963年)である。ふたりとも半世紀、映画に出演してきた。

彼らと同世代のイギリスの俳優に、テレンス・スタンプがいる。その名前を見ると、僕は「コレクター」(1965年)と「唇からナイフ」(1966年)を思い出す。僕より若い人は、「スーパーマン」(1978年)の悪役を思い浮かべるかもしれない。その役が強烈だったせいか、「スーパーマンII」(1981年)にも出た。

だが、彼も70半ばになり、ヴァネッサ・レッドグレーブとの夫婦役で出演したのが「アンコール!!」だった。そして、ヴァネッサを見ると、僕は「欲望」(1966年)を思い出す。床で身をくねらせるモデルに、カメラマンが馬乗りになって撮影しているシーンで有名な、ミケランジェロ・アントニオーニ監督作品だ。この映画を見てカメラマンになった人を、少なくとも僕はふたり知っている。

「アンコール!!」でテレンス・スタンプが演じたのは、いつも苦虫を噛みつぶした顔をして、怒ったような口調でしかものを言えない偏屈な老人アーサーである。こういう役はクリント・イーストウッドが得意とするところで、僕は何度か混同しそうになった。ふたりの感じが、とてもよく似ているのだ。

アーサーはガン治療を続けている妻マリオンを、車椅子を押して近くの公民館まで送り迎えしている。マリオンが老人の仲間たちと、コーラスをやっているからだ。マリオンは明るく陽気で、人に優しく、誰にでも愛される性格だ。そんな女性だからこそ、口の悪い偏屈なアーサーを愛し、50年も連れ添ってきた。だが、彼女に死期が訪れる。

アーサーは「人前で歌うなど、恥を晒すだけだ」とにべもないが、妻に懇願され、コーラス大会に出る練習のために送り迎えをする。近所で自動車修理業をやっている息子とはうまくいっておらず、会うと強い口調でぶっきらぼうな会話を交わすだけだ。息子は8歳になるひとり娘を育てており、孫に対してだけアーサーは素直になる。しかし、その孫にも「パパを嫌いなの?」と訊かれる始末だ。

予選でソロを歌ったマリオンが、大会を前にして息を引き取る。アーサーは号泣し、息子には「ここには、もうこないでくれ」と口にする。父と子の断絶は深い。それは、アーサーが息子を拒否しているからだ。マリオンを喪ったアーサーの生活が荒れる。そんなアーサーを心配し、コーラスグループを指導している若い音楽教師エリザベスが訪ねてくる。

マリオンの思い出を語り合ったり、失恋したエリザベスを慰めたりするうちに、アーサーに変化が生まれる。ある日、車でアーサーを送ったエリザベスは、アーサーが口ずさむ歌を聴く。逡巡するアーサーだが、妻が愛した歌を自分も歌うことで、妻と通じ合えるのではないかと思い始める。あれほど拒否していたコーラスグループに彼は参加するのだろうか?

●ベートーベンの難曲をモチーフに三世代の人生が描かれる

人生の奥深さをクラシックの名曲と絡めて描く「25年目の弦楽四重奏」は、三世代を登場させたが故に、三本の音楽映画の中では最も深い印象を残す映画だった。ここには、老いだけではなく、これから人生の本番に立ち向かう若さも描かれるからだ。中年男の精神的な危機、長年連れ添った夫婦の危機も描かれ、深く共感する作品になっている。

おまけに、ベートーベンの弦楽四重奏第十四番「嬰ハ短調 作品131」がじっくりと楽しめる。ベートーベンが晩年に作曲した難曲である。最も長く、最も複雑で、ベートーベンはこれを途切れることなく演奏するように指示している。僕の持っているCDでは、通しで40分近くかかる。この映画を見た後、ユーチューブで検索してみたが、早い演奏でも37分だった。

映画の中でもひとつのヤマになっていたが、第七楽章に入った途端、テンポが変わり、力強い演奏になる。テーマはドラマチックで、第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが戦いを始めるように走り出す。それぞれの弓が弦の上を勢いよく押し出され、そして引かれる。美しい音が生まれる。

結成25周年を迎えた弦楽四重奏団がいる。かつて別の四重奏団を作っていたチェロ奏者であり音楽院で教えているピーター(クリストファー・ウォーケン)は、ヴィオラ奏者が亡くなったためにグループを解散していたが、教え子のヴァイオリン奏者ダニエル(マーク・イバニール)に誘われ、再びグループを組んだのだ。それから25年がたった。

ダニエルは第二ヴァイオリンにロバート(フィリップ・シーモア・ホフマン)を誘い、ヴィオラにジュリエット(キャスリーン・キーナー)が参加する。ジュリエットはピーターの最初のグループにいたヴィオラ奏者の娘で、母親が亡くなった後、ピーター夫妻の元で育った。若いロバートはジュリエットに恋をし、ふたりは結ばれ、今は娘のアレクサンドラが音楽院でヴァイオリンを習っている。

25周年の記念公演のために練習していたとき、ピーターが不調を訴え、診察を受けるとパーキンソン病だと宣言される。彼は記念公演を最後に引退すると言い出す。ピーターは新しいチェロ奏者を指名し、音楽のためだけに生きている禁欲的で完全主義者のダニエルが賛同する。だが、メンバーが新しくなるなら...と、ロバートが「僕も第一ヴァイオリンをやりたい」と言い始める。

ダニエルとロバートの音楽に対する姿勢の違いもあるのだが、ずっと第二ヴァイオリンを担当してきたロバートに、鬱積してきたものが澱のようにたまっている。結婚前、ダニエルとジュリエットが愛し合っていたこともロバートは知っているようだ。一方、ロバートに頼まれ、アレクサンドラの個人教授をしているダニエルだが、あるきっかけからアレクサンドラと愛し合うようになり、音楽だけだった彼の人生が波立ち始める。

アレクサンドラは、母親が演奏旅行でほとんど身近にいない子供時代を過ごし、母親に対する恨みのようなものをため込んできた。ダニエルと愛し合ったのは、母親への復讐のような気持ちだったのかもしれない。彼女は「音楽をとるなら子供を堕ろすべきだった。私はその方がよかった」とまで口にし、母親をなじる。誰もが人生の岐路に立ち、途方に暮れている。

●音楽がいかに人の心を豊かにしてくれるか...身に沁みてわかる

それにしても、と僕は思う。これらの映画を見ると、音楽という要素がいかに人の心を豊かにしてくれるものか、身に沁みてわかる。「カルテット!人生のオペラハウス」の中で本筋とは関係なく、ジャズ・セッションをする黒人の老人たちのシーンがある。ピアノを軽快に弾き、ソファに座ったままの老人がミュートをつけたトランペットで、軽快にアドリブのフレーズを吹く。見事だった。

オペラにしろ、ジャズにしろ、クラシックにしろ、ロックにしろ、どんな音楽も人生には不可欠なのだと僕は思う。「カルテット!人生のオペラハウス」で、トム・コートネイは週に一度、若者たちを相手に音楽の授業を行う。生徒のひとりは、ヒップホップを信奉する黒人の青年だ。彼と音楽のジャンルについて話し合うシーンがある。音楽にジャンルはあっても、どちらが高級で、どちらが低俗かといったヒエラルキーはないし、自分の好きな音楽を楽しめばいいのだ。

先日、僕はいきつけのジャズ・レコードをかけてくれる酒場でジャズの話をし、公演が中止になったポール・マッカートニーの話からビートルズの曲の話になり、やがて高倉健の「時代遅れの酒場」を歌い、飲み友だちのIさんが「鶴田浩二が好きだ」と言うので、「傷だらけの人生」の冒頭のセリフを暗唱し、片方の耳を掌で押さえて「好きだった」を口ずさんだ。

そして、最後にベートーベンの弦楽四重奏第十四番がすばらしいと、オペラ好きのIさんは言った。Iさんは年季の入ったオペラファンである。僕は、「ぜひ『25年目の弦楽四重奏』を見るべきだ」と言い、「『カルテット!人生のオペラハウス』もいいですね」と続けた。「ラスト・クレジットを見ると、ホームにいる老人たちの役を演じたのが、みんな本物の音楽家だったのがわかります」と、酔っぱらい特有の大声をあげた。

そう、「カルテット!人生のオペラハウス」は、登場した人物のポートレートと若かった頃の写真を見せ、「××管弦楽団 ヴァイオリン奏者」といったクレジットが出る。映画の中で堂々たる「トスカ」を聴かせた太った老嬢は、そのシーンのカットと同時に若き日の舞台の写真が写り、有名なオペラ歌手だったのがわかる仕組みになっている。

誰もが年をとる。しかし、音楽と共に年を重ねたいものだ。そうであれば、「アンコール!!」のマリオンのように死を怖れなくてすむだろうし、アーサーのように愛妻を亡くした絶望感からも再生できる。「25年目の弦楽四重奏」のピーターのように満ち足りた引退ができるかもしれないし、アレクサンドラのように未来に向かう勇気が持てるだろう。音楽のない世界は...想像できない。

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週四日はほとんど自宅で過ごし、日々が淡々と過ぎていきます。まだ月火木の三日は出社しているので、旅行にもいきにくい。元来、仕事以外でどこかへいくことがない人間です。北海道も沖縄も東北も...すべて仕事がらみでしかいったことがない。そういえば、ディズニーランドも20年前にロケで一回いっただけでした。

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